十章 ~32話 隊舎
しばらく泣きじゃくった後、フィーナがやっと落ち着いた
「…」
「…」
少しだけ目が合い、なんか恥ずかしくて、愛想笑いをし合う
フィーナは、これからクレハナを裏切ったドースの娘として辛い目に遭うあろう
それを俺が支えたい
俺が支えられたように、俺がフィーナの居場所になりたい
「私のこと好き?」
「うん」
「…私も好き」
恥ずかしそうに言うフィーナ
可愛くて、たまらなくなって、唇を近づける
すると、フィーナが目を閉じてくれた
ゆっくりと重ねる
そして、一度離す
「…」
「…」
フィーナを抱きしめながら、もう一度
「ん…」
「フィーナ…」
何か、いろいろ我慢できなくなってくる
フィーナもスイッチが入って来たのか、積極的だ
「ラーズ…」
フィーナが囁くように俺を呼ぶ
「フィーナ、本当に俺でいいのか…?」
「え…?」
ふと湧き上がる、浅ましい疑問
それを口にしてしまう
「ジライヤとかさ、貴族とかさ、フィーナの周りには将来有望な男なんてたくさんいただろ? それを、俺なんか…んん…っ!?」
そんな俺の言葉を、フィーナが指で塞いでくる
「他の人のことなんかいいの。ラーズがいい。ラーズだけが私を見てくれた」
「俺だけって?」
「私をお城から奪いに来てくれた。私、もう少しで自由になれる」
「それ、例えで言っただけだぞ?」
お姫様の誘拐事件とか、国が本気を出して殺しに来る大事件だ
過去の伝説のドラゴンだって、国を相手にすれば討伐されてきた
本気を出した国を相手に戦えると思うほど、俺は傲慢じゃない
「…私、姫なんて向いてないし、ずっと辞めたいって思ってた。でも、ジライヤも、他の貴族の人も、みんなが私に王族として期待をする。…ラーズは違う、私を王族として見ない。私自身を見てくれるから」
「ジライヤもそうなのか?」
「ジライヤはウルラと忍者の里の安全のことを最優先に考えていた。でも、私は姫で居続けるつもりはないから。私とジライヤは目的が違うんだよ」
「そっか…」
「私はラーズが好き。ずっと一緒にいたい。王族じゃなくなっても、ずっと…」
「うん…」
・・・・・・
しばらくフィーナと、ベンチでたわいもない話をする
お互いに、立場も国も関係ない
そんなおしゃべりが出来ることが嬉しかった
だが、そろそろ時間だ
俺はゆっくりと立ち上がる
これから、行くところがあるからだ
「ラーズ、本当に一人で大丈夫なの?」
「ああ…。俺が一人で行かないと意味が無いからさ」
そう言うと、俺は倉デバイスから装備を取り出す
ホバーブーツを履き、絆の腕輪や流星錘アーム、そしてヴァヴェルを着こむ
「全部着て行くの?」
「ただのこだわりだよ。今の俺の正装でみんなに会いに行きたいんだ」
「そぅ…。私も行こうか? 魔法の箒だってあるし」
「いや、いいんだ。ゆっくり歩いて行きたいから」
「…あまり無理しないでね?」
別に戦いに行くわけじゃない
これから、俺がずっと踏み入れられなかった場所
…1991小隊の隊舎へと向かうのだ
ようやく、踏ん切りが着いた
みんなに、あれからのことを報告しに行く
そして、俺はまだ生きていることを伝えに行く
その決心が出来たのだ
「ここから少し距離があるから、先にホテルに戻っていていいよ」
「ううん、待ってる」
「時間かかるかもしれないぞ?」
「いいよ、大丈夫。ゆっくり挨拶してきて」
「…分かった、行ってくるよ」
俺は公園からの坂を降りて、隊舎の方向へと向かった
「…」
フィーナは、公園のベンチに腰を下ろす
女の子は、誰でもお姫様に憧れる
だけど、本当に憧れていることは、お姫様になることじゃない
王子様や勇者様に慕われて、迎えに来てもらうことに憧れているのだ
政治の中心であり、権力争いの坩堝であるお城
ドース父さんはいつも仕事、お母さんもいなかったため、フィーナにとっては寂しい思い出の場所
でも、ラーズに迎えに来てもあらえるためと思えば…、姫という立場も嬉しく感じる
…ドース父さんは優しく、フィーナはドース父さん好きだった
もっと話したかった
もっと自分から接していれば、ドース父さんの変化に気が付けたのかもしれない
ドース父さんを探し出す
そして、もう一度ちゃんと話をする
大崩壊の真実を
なぜ、ドース父さんが大崩壊に関わってしまったのかを
私はもう、守られるだけの子供じゃない
自分で考え、自分でクレハナに向き合って来た、その自信もある
そして、国とは関係なく、自分で男を見つけた
この人と一緒に歩いて行く、そう決めた
それをちゃんとドース父さんに伝えたい
「………!」
フィーナは自分の考えに恥ずかしくなり、一人で悶絶するのであった
・・・・・・
…やっとのことで、1991小隊の隊舎が見えて来た
もう昼過ぎだ
距離もあったが、時間がかかったのはそれだけではない
俺の足が思うように前に進まなかったからだ
あの場所に行くのが怖い
足が自然と遅くなってしまった
だが、ようやく隊舎が見えて来た
このエリアは居住区が少なかったため、復興が後回しになっている
1991小隊の隊舎も、あの時のまま放置されているようだ
上階が吹き飛ばされた隊舎
骨組みだけが残ったハンガー
銃弾、爆発の痕跡
…全てがあの時のままだ
大崩壊を引き起こした龍神皇国の貴族ムタオロチ家、そして、神らしきものの教団が作り上げた通称バックアップ組織
この残存勢力によって、大崩壊直後に1991小隊は壊滅した
あの時の戦闘の痕が生々しく残っている
だが、さすがに敵兵の亡骸や破壊された戦車、MEBなどは無くなっていた
「…」
俺は、隊舎の門をくぐる
とは言っても、隊舎を囲む塀は壊れていてどこからでも入れる
正門から入ったのは、単に気分の問題だ
…あの時の光景がフラッシュバックする
「ヒャーン…」
「ああ…、大丈夫だよ、リィ」
後ろを飛んでいたリィが、俺を気遣うように鳴く
俺はリィに頷き、ゆっくりと隊舎を見回す
静寂
いつも、隊員が忙しそうに歩き回り、笑い合い、緊急出動の警報が鳴り響いていた
その喧騒が噓のようだ
1991小隊は終わってしまった
無くなってしまった
その事実を突きつけられているようで辛い
「…」
俺は、静かに隊舎の敷地を進む
破壊された隊舎を眺め、その先にあるハンガーを眺める
ハンガーは骨組みだけが残っていて、放置された数年間で蔦のような植物が絡まり、緑のドームみたいになっている
ガサ…
「…?」
急に、ハンガーの方で何か葉のこすれる音がした
…動物でも入り込んだのか?
俺は、ゆっくりと近づいていく
「…!?」
「ご主人! 霊視カメラに反応があるよ!」
データが報告
確かに、何かを感じる
こんな廃墟となった隊舎に、一体何が?
「……ぁ…………」
小さく、何かの声のようなものが聞こえた
…一つじゃない
ハンガーの中は、葉っぱと蔦によって日の光が遮られて薄暗くなっていた
ひんやりとした空気が満ちている
「ガウ…」
「フォウル、上で待機していてくれ」
俺はフォウルを天井に上がらせて警戒する
ここまで近づけば分かる
動いている者は、二足歩行の人型の何かだ
だが、人間ではない
動きが、人とは違う感じがする
モンスターが入り込んだのか
俺は倉デバイスから陸戦銃を取り出す
正装のつもりで装備を持って来ていてよかった
お前にとっては運がないが、俺の古巣を荒らしやがったことは許さない
このまま討伐してやる
俺は、蔦と植物に覆われたハンガーに入る
「……ぁ………ぁ………」
そこには、何体かの人骨が歩き回っている姿があった
…アンデッドか
俺は、陸戦銃を下ろして霊札を用意する
霊札の方が、アンデッドには有効だ
これ以上、隊舎の中を破壊したくもない
「…」
俺は、隙を見て飛び込むために様子を窺う
全てが骸骨、スケルトンと呼ばれるアンデッドで全部で七体
何か目的があるわけではないようで、ただ歩き回っているだけだ
何でこんなところに自然発生したんだ?
「…?」
俺は、よく目を凝らす
ほとんどのアンデッドはボロボロの布を纏っている
大きさも子供から大柄と様々だ
…だが、何体かのスケルトンに、服の切れ端のようなものが付いている
一番服が残っているのは、子供のスケルトン
その服は雨風に晒されて汚れている
その服装が、俺に嫌なことを気づかせる
「ま、まさか…」
その服は、当時のシグノイア防衛軍の制服
そして、腹部に穴が空いてくろずんでいる
おそらくは銃創と血痕
…MEB操縦の達人、リロ
十歳くらいの見た目で、腹部を撃たれていた
軍服を着た十歳くらいの子供はそうそういない
しかも、腹を撃たれているという共通点
…あの時、この隊舎で死んだのは七人
いや、シリントゥ整備長の遺体は見つからなかった
あの大柄のスケルトン、まさかサイモン分隊長のものか?
サイモン分隊長は、この隊舎で亡くなってはいない
だが、現実を見れば、このハンガー内のスケルトンは1991小隊のみんなの可能性が高い
俺の陸戦銃を持つ手が震える
…なんで、アンデッド化なんてことが起こるんだ?
「…っ!?」
突然、リィとフォウルの警戒を示す思念
…何かが、この隊舎に現れた
ここから十章クライマックス
完結に向けて突貫します!
十章の後、終章を数話投稿していよいよ完結となります
お付き合いよろしくお願いします♪




