十章 ~31話 フィーナに
龍神皇国
シグノイア独立自治行政区
丘の上の海の見える公園
ここは俺とフィーナがシグノイアに住んでいた場所の近くで、俺達のお気に入りの場所だった
「天気がいいね」
「そうだな」
俺達は、近くの喫茶店からテイクアウトした紅茶を飲む
ぽかぽかとして、少し暑く感じるくらいの陽気だ
家族連れの姿が見える
この公園の周囲は、すでに大崩壊の影響は感じられない
復興が進んでいて、公園に来ている住人も幸せそうだ
「…」
フィーナが、静かに海を見ている
高台から眺める南方の海に太陽が輝いていている
俺も大学時代から何度となく眺めた、大好きな景色だ
ちょっと歩いただけで、景色のいいこの公園に来られる
そう考えると、贅沢な場所に住んでいたような気がしてくる
「…フィーナ、気にするなよ?」
「え? うん、大丈夫だよ。こうなることは分かっていたから…、覚悟してたし」
「そっか…」
クレハナでのデモ
それは、フィーナ姫の政権からの退陣を要求するもの
ウルラの名に泥を塗ったとして、ウルラ領民の中からも参加者がいた
もちろん、フィーナを擁護する意見もある
それでも、ウルラのために戦って来たフィーナにとって、このデモ騒動はショックだろう
ドースさんの退陣と手配
シーベルの逮捕
これによる内戦の沈静化、そしてクレハナの龍神皇国への組み入れ
結果的に、セフィ姉の絵図の通りに事が進んだ
その結果、龍神皇国の貴族達は、過去の龍神皇帝国への復活が現実味を帯びたとして大いに盛り上がっている
さすがセフィ姉だと称賛され、今後も更なる期待を背負うことになる
…だが、戦場を走って来た俺達から見れば、本当にギリギリの実現だったことが分かる
一歩間違えれば、ウルラが負けていたと場面も多々あった
そして、内戦が終わった今も、戦友を無くした俺、名誉を失ったフィーナ
戦争の傷跡を抱えている者は多い
「…私、後悔はしてない。内戦状態のクレハナの生活は酷かった。それが、やっと改善されていくんだから」
「うん、そうだな」
戦争の被害者は力無き者
子供や女性、老人が理不尽に虐げられて死んでいく、そんな国をフィーナは変えたかった
そして、内戦が終わったことで、ようやく変わることができる
国としての機能を取り戻すことが出来るのだ
「ラーズ…、私…」
「何?」
フィーナが、目を伏せながらも言う
「これから、世間の目に晒されることになると思う。それでも、私はクレハナを離れられないの」
「…」
フィーナは、これからも国政に関わっていく
ツェルの政権にウルラの協力を得るためだ
更に、フィーナはこれからナウカ領にて鬼憑きの術を修行することにもなっている
ウルラの姫であるフィーナがナウカから教えを乞うという姿勢を見せることで、クレハナが一つになったことをアピールするのだ
鬼憑きの術は、本来は巫女の神降ろしの術
霊能力を使った召喚術の一種で、本来は交霊対象との絆を作り、正規に契約を行った上で時間をかけて身につける術だ
それを歪め、短期的に戦闘力を上げる鬼憑きの術としてナウカ軍が利用していたのだ
これからのフィーナの役目は、ウルラ・ナウカ・コクルのそれぞれを回って、三つの領民をクレハナの国民として一つにする
その象徴としての役割を担っていくのだ
「だから…。多分、ラーズに迷惑をかけちゃうと思う。民衆の悪意は、とても大きな力となるから」
「…」
フィーナが、意を決したように続ける
「だから、私とは別れた方が…」
「俺さ、カイザードラゴンの…、ピンクの心臓をもうすぐ移植するだろ?」
「え…、う、うん。ピンクとの契りのころだよね?」
「そう。つまり、俺はカイザードラゴンの力とやらを手に入れて、もうドラゴンになっちゃうわけだ」
「…そう簡単には行かない気がするけど」
セフィ姉やピンクが持つ、龍神王やカイザードラゴンの力
それは、生まれながらに持つ竜の力
それは人にドラゴンの力を人が持つということ
人を越えた存在になるということ
実際に、セフィ姉やピンクの能力は人を超越している
「さて、ここで問題だ。ドラゴンの仕事って、一体なんでしょうか?」
「急に何の話?」
「いいから。大事な話なんだよ」
「…火を吐いて、財宝を守って、とか?」
「財宝は惜しいな。ドラゴンには大事なお仕事があるだろ」
「分かんない。何?」
「仕方がないな…。答えは、お姫様を攫うことだ」
「…ゲームとかの話?」
「元ネタはそうかもしれないけど。俺が今からそれをするってことだよ」
「え?」
フィーナは俺に迷惑をかけたくない
だから、別れた方がいいと言った
フィーナは、俺のことを考えて言ってくれているんだ
「フィーナは、まだ俺のことを分かってくれていないよ」
「何が?」
「俺の望みはフィーナといること。そう言っただろ? 考えることは、どれだけストレスなくフィーナといられるのか。それだけだよ」
「ラーズ…」
フィーナの目が少しだけウルッと来ている
民衆のデモに晒されたことが、予想以上にフィーナのメンタルにダメージを与えているのかもしれない
「フィーナ、好きなんだ。フィーナとずっと一緒にいたい。俺のわがままのために、一緒にいてくれ」
内戦でいろいろあった
フィーナに振られて、泣いて、負けて、死に損ねて…
でも、今は胸がすっとしている
大崩壊で空いた心の穴を塞ごうと、躍起になっていた
でも、穴が空いているなら、別にそれでもいいって思えた
空いた穴は、俺があの人達と生きた証だ
何もなかったよりは、いいと思える
それに気が付かせてくれたのはフィーナだった
「私も好きだよ。でも、私のことでラーズを…」
フィーナが口ごもる
男は決断力
決断して、その結果に責任を持てってことだ
こういう時は強気に
それが、フィーナを救うためだと信じているから
俺はフィーナと一緒にいる
「いいんだって、フィーナ。俺と一緒になろう」
「え?」
「…結婚しよう」
「…」
「…」
「…えぇっ!?」
「……ダメか?」
「ううん! 違うの」
「じゃ、何?」
「そ、そこまで決断するとは思わなかったから…」
「え、俺、もしかして恥ずかしい奴?」
「…ううん、かっこよかった」
フィーナが俯く
そして、もじもじと指を動かした後…
少し心配そうに顔を上げた
「でも、ラーズ…」
「何?」
「ドース父さんのこと…」
「…」
「私…、大崩壊の…、娘なんだよ?」
フィーナが言いたいことは分かる
だが、俺の答えは決まっている
「フィーナは関係ない。フィーナだって1991小隊とも仲が良かっただろ? サイモン分隊長やカヤノとも、さ。ドースさんのことは、別にフィーナが背負うことじゃないよ」
「…」
「フィーナ、俺はフィーナと一緒にいたいだけなんだ」
「………お願いがあるの」
フィーナが、悩みながらも口を開く
「うん、何?」
「理不尽なお願いなのは分かってる。でも…、ドース父さんを…殺さないで欲しいの」
「…」
フィーナにとってはドースさん、いや、ドースは実の父親だ
そして、行き過ぎた愛情はあれど、あの人は娘のことを愛していた
それは事実だろう
「ラーズ…」
フィーナの目には、涙が溜まっている
「…分かった。いざとなったら分からないけど。俺から殺したりはしない、約束するよ」
「うん…ありがとう……」
「でも、その代わり復讐はさせてもらう」
「復讐って…」
「フィーナを俺が幸せにする。そして、たくさん抱いて、ざまぁって言ってやる」
「…なんか嫌」
「えぇっ!?」
「復讐に女を使うの? 好きだからじゃなくて?」
「いや、そういう訳じゃ…」
「復讐とかじゃなくて、ちゃんとプロポーズしてほしい」
「そ、そうだな、その、つい…。、じゃ、ちゃんと言うから聞いてよ」
「う、うん…」
俺は、静かに深呼吸する
あ、改めて言うとなるとめちゃくちゃ緊張するぞ
勢いの大切さを感じる
だが、男の見せ所だ!
勇気だ! 俺は勇者になるんだ!
「…フィーナ、好きです。俺と一緒になって下さい」
「…」
「…フィーナ?」
「う…うぅぅーーー…!」
フィーナが、突然号泣を始める
「え? おい?」
「すき…好きです…!」
「あ…」
「結婚するぅーーうー……」
「え、あ、うん、そう? うん…よかった…」
フィーナが引っ付いて泣きじゃくる
姫として国を動かして来たフィーナには、こんなにかわいい所がある
そして、それを知っているのは俺だけ
幸せだ
優越感に浸る、浸って何が悪い
勢いでプロポーズ
フィーナが俺のことを本当に好きかどうか、正直不安だった
人はなかなか分かり合えない
でも、それでもいい
言葉を交わして分かり合った瞬間
一生忘れないほどの幸福感と達成感に浸れるんだから
神降ろしの術 閑話8 クサナギ家