十章 ~20話 公園で
用語説明w
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
フィーナ:B+ランクの実力を持ち、漆黒の戦姫と呼ばれるウルラ最高戦力。仙人として覚醒、宇宙戦艦宵闇の城をオーバーラップ、更に複合遁術を習得した大魔導士。ラーズとの別れを選んだ
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存されていた
郊外の公園
ミィとスサノヲが買い物に行った
俺はベンチに座って、一人でゆっくりと時間を潰す
そう言えば、こうやって公園でのんびりしてたら、突然マサカドに襲われたんだったな…
あの時は本当に死んだと思った
マサカドは強かった
B+ランクは隙を突いても倒せない
考えてみたら、フィーナもそのB+ランクなんだよな
しかも、あのマサカドに正面から打ち勝っている
そして、クレハナの姫でもある
気持ちを伝えたい
感謝を伝えたい
何でもいいから話したい
でも、それって俺の独りよがりじゃないんだろうか?
フィーナに迷惑がかかる気がする
どうするか…
その時、俺のPITにメッセージが届く
何も言わずに、データが仮想モニターに表示してくれる
うむ、さすがメイドカスタムのAIだな
『うまくやりなさいよ』
メッセージはミィから
どういう意味だ?
「あれ、ラーズ?」
「え?」
振り向くと、そこにはフィーナが立っていた
「ミィ姉が、お茶しようって誘ってくれて、この公園で待ち合わせって言われたんだけど」
「そ、そっか…」
ミィのやつ…、また変な気を使いやがったのか
昔からこういう所あるんだよな
フィーナが俺の隣に座る
「…」「…」
二人で、しばらくは日向ぼっこ
公園では、小さい子供連れが何人か散歩をしている
内戦中には見られない光景
平和な、小さな子供が安全に遊べる環境だ
「内戦、終わって良かったな」
「うん、本当に。まだまだ、やることは山積みだけどね」
フィーナがため息をつきながらも、少しだけ微笑む
「びっくりしたよ。龍神皇国に取り込まれるなんて」
「セフィ姉は最初から考えていたみたい。ウルラ・ナウカ・コクルで少しでも遺恨を残さず、立場の強弱をつけない方法は、新しい課題を強制的に突き付けること。クレハナ国民が協力しないといけなくなるから」
「セフィ姉、凄いな。どこまで考えているんだろ」
「でも、この先どうなるかは分からない。もしかしたら、クレハナにとっては利益を損なう結果になる可能性もある。そもそも、クレハナの独立は龍神皇帝国の貴族階級への反発が理由だったから」
百年前の旧龍神皇帝国の分裂は、貴族階級への反発と民族紛争が原因だった
これによって、現龍神皇国と六つの国に分裂したのだ
「大丈夫なのかな?」
「セフィ姉がいる限り、クレハナの自治は守られると思う。でも、クレハナは独自で龍神皇国との関係を考えていく必要があるから…」
「フィーナ、王女様にはならないのか?」
「…うん。ドース父さんのこともあるし、ウルラの私が政権を取らないことに意味あるから。これからのクレハナは、ツェルとその次の世代に任せるよ」
「ふーん…」
フィーナは淡々と話している
ドースさんの件はショックだろうが、思ったよりは引きずってないようだ
事前にドースさんの疑惑を知っていたことが心の準備に繋がったのかもしれない
「俺、フィーナ姫のために頑張ろうと思ってクレハナにやって来たんだけど、あまり意味が無かったよな」
「え、何で?」
「だって、フィーナは姫を辞めちゃうんだろ?」
「それはそうだけど、私が王家から離れられるのはラーズのおかげだよ? 内戦を終わらせられたからなんだから」
「そうかな?」
「うん。それに、私こそ意味が無かったよ」
「何のこと?」
「…ラーズに戦いから離れてほしいから別れるって言ったのに。ラーズは戦い続けていて、ウルラを救ってくれて、マサカドまで封印までしてみせた。結局助けられちゃったから」
「助けられたのは俺だよ。フィーナが俺のことを考えてくれていたことに気が付けただけで、俺は救われたんだから」
「…なんだか、私達って行き違いばっかりだね」
「そうだなぁ…」
俺達は、顔を見合わせて少しだけ笑う
心地い時間
大崩壊前には当たり前だった、何でもない、幸せな時間だ
「私達の行き違いって、賢者の贈り物みたいだね」
「賢者の贈り物って、あの絵本の?」
「うん」
賢者の贈り物
ある貧しく仲睦まじい夫妻がいた
夫は父から受け継いだ金の懐中時計を、妻は美しい髪を大切にしていた
そして、あるクリスマスに、お互いがプレゼントを買うためにお金を工面する
妻は金時計を吊るす金の鎖を買うために、美しい髪をバッサリ切り落として売ってしまう
一方、夫は妻が欲しがっていた鼈甲の櫛を買うために、自慢の懐中時計を質に入れてしまっていた
この行き違いは、一見愚かな行為ではある
しかし、この夫婦こそ最も賢い贈り物をしのだと物語は結ばれている
お互いを思ってすれ違う
でも、何も残らないわけではない
相手の自分を思う優しさ、想い合う愛情が伝わる
物が残らずとも、幸せな記憶という宝物が残る…、これは俺の感想だ
「フィーナは、これからどうするんだ?」
「え?」
「いや、女王にはならずに王家を出るんだろ?」
「うん、まだ何も…。すぐにはクレハナから出られるわけじゃないから」
「そうなのか?」
「まだ復興も終わってないし、私は龍神皇国のパイプ役としての役割がある。ドース父さんのこともあるし、逃げるなんてできないよ」
「そっか…」
「でも、もう戦争をするわけじゃないから。セフィ姉がいるし、復興のスピードは上がる。いつかは私も騎士に戻りたいから、クレハナで修行をしながらでもいいかなって思ってるの」
「いいじゃないか」
「ラーズはどうするの?」
「俺も、何も考えてないよ。でも、少しのんびりするのもいいかなって」
「そう言えば、チャクラ封印練が解けるのもそろそろじゃない?」
「あぁ、そう言えばそうかも」
「…」
「…」
ふと、沈黙が流れる
なんか、心地いいな
フィーナと、こんな感じで話すのが気持ちいい
ずっとこんな時間が続けばいいのに
「はぁ…」
「どうしたの?」
急にため息をついた俺を、フィーナが見る
フィーナとの、この心地いい関係を壊したくない
そんな、チキンな考えに陥った自分が嫌になる
俺は…、フィーナに気持ちを伝える
見返りなんて求めない
勇気を出せ、さっさと言え!
「フィーナ、俺さ」
「うん、何?」
「王族でもなければ騎士でもない。結局、フィーナを救うこともできなかった、助けになることもできなかった情けない男なんだけどさ…」
「急に何言ってるの? 私は別に、ラーズに助けてなんて言わないよ?」
「…」
おいおい、この女
いきなり人の話の腰を折るんじゃねーよ
「私は、ラーズを助けようと思って失敗したから…。私はあなたを救わない。そして、私はあなたに救われない」
「あぁ…、いや、俺はただ、フィーナと…」
「私はラーズに、ただ一緒にいて欲しいだけ。それ以上は望まないよ」
「…っ!?」
こ、こいつ!
俺が言いたかったことを先に言いやがった!!
え、あれ!?
男の俺が女に言わせただと!
だめだ、カウンターだ! これで終わらせねぇ!
打ち終わりを狙うんだ!!
「フィーナさ、クレハナを出ることになったら、俺の所に来いよ」
「…どこに?」
「…」
「…」
…いやっまったぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!
え、何で!
何で伝わらないの!?
俺の所に来いって、決め文句じゃないの!?
くっ、恥ずかしすぎて死にそうだ
いっそ殺してくれ!
だが、これで引くな
被弾しながらでも、強引に行け!
心を折るな!!!
「…単刀直入に結論だけ言うとだな」
「え? うん…」
「好きだ」
「…っ!?」
「もう一度、俺と付き合って欲しい」
「…」
「おい?」
「…」
「…」
「ど、どうした!?」
「…嘘だ」
フリーズしていたフィーナが、ようやく言葉を絞り出す
「…俺が好きだと言ってるのに、何で嘘になるんだ」
「…私、わがままだし、ラーズの思い通りにもならないよ? 今でも、戦ってほしくないって思ってるし」
「思い通りにならないからこそ面白いんだろ。それに、俺もフィーナと一緒にいたいだけだ。言うことを聞けだなんて思ってない」
「あぅ…」
フィーナは心の中で思う
こいつ、意味の分からないことを言い始めたと思ったら…
突然、私が言って欲しかった言葉を言ってきた
そう、私はただ一緒にいて欲しかった
そしてたまに、よく頑張ったなって褒めて…
頭を撫でて、ギュってして欲しかった
シグノイアにいた頃のように、気軽に話したい
本当にただそれだけだった
・・・・・・
公園の木陰で、覗いている人影
「…タルヤ、声かけなくて良かったの?」
「声をかけたら、覗き見してたのバレちゃうわ」
女性はフードを降ろす
タルヤは、ゆっくりと立ち上がる
「もう帰るわ。ミィさん、ありがとう」
「タルヤ、ラーズのこと…。いいの?」
「ええ、いいの。ラーズにはフィーナさんの方が相応しいって思い知らされたわ」
「どういうこと?」
そんなミィの言葉には答えず、タルヤはミィに手を振って公園を出て行く
…私はラーズを英雄扱いしてしまった
でも、ラーズが求めていたのは、ただ側にいてくれる女性
そこにある幸せを見つけ出し、一緒に喜べる人
「…」
いつからか、私はラーズに憧れを押し付けていたのかもしれない
ラーズは英雄じゃない
いつも、目の前の仕事に打ち込む仕事人
そして、それが社会のためになっていれば幸せを感じられる人
身を引くなら、フィーナ姫がどんな人かを見極めたかった
…充分だった
ラーズに相応しい人
王家とは思えない、ささやかな幸せを楽しめる人
「………」
タルヤは、自然と溢れる涙を拭う
ラーズには穏やかにすごして欲しい
フィーナ姫なら、それが出来る
そう思える人だった
マサカドの襲撃 九章 ~19話 マサカドの実力
龍神皇帝国 閑話16 セフィリアの後悔
チャクラ封印練 二章~30話 チャクラ封印練