十章 ~18話 激動のクレハナ
用語説明w
マキ組長:フウマの里マキ組の上忍、ノーマンの女性。二丁鎌を使う忍びで、武の呼吸を身につけている
ルイ:マキ組の下忍、赤髪の獣人男性。スナイパー技能に長けている
ジョゼ:黒髪のエルフ男性。情報担当と事務を行う非戦闘員、整備などもこなす
ゲイル:マキ組に移籍してきたフウマの里所属の下忍。対人暗殺の専門家で、隠れ、騙し、忍ぶ、忍者らしいスタイル
ドースさんが姿を消してから一週間が経った
突然、大きなニュースが世界中に流れる
『クレハナを制し、国王となることが確実視されていたドース卿に大崩壊への関与疑惑! 全世界に指名手配!』
姿を眩ませたドースさんの行方は杳として知れない
様々な噂が錯綜する中で、クレハナ暫定政府がついに公表に踏み切ったのだ
国王候補となったドースさんが不在となった今、クレハナは不穏な空気に包まれている
まさか次の政権を取るために、また内戦が…
そんな不安に包まれているのだ
コクルのツェルは実質的に王位継承権を放棄
ナウカのシーベルは拘束され、王位継承権を剥奪されている
ドースさんに次ぐ王位継承権を持っているのはフィーナ姫だけだ
しかし、フィーナの決断は早かった
まるで、こうなることを予想しいたかのように、大きな決断をして見せたのだ
「父であるドースの責任は重く、ウルラ王家がクレハナの国王となることはできません。私は身を引きます」
そう、宣言してフィーナは王政から引退
そして、次の王として、コクルのツェルを指名したのだ
ツェルは、ウルラ王家の支持を表明をしはしたが、王位継承権自体は所持している
フィーナの他には、王位継承権を持つ者はツェルしかいないのだ
そして、ツェルの王位継承を指示したのは意外な人物
ナウカ領主のシーベルだった
「クレハナの内戦は終わった。ナウカはウルラに大きな怨恨を持つ。そして、ウルラがナウカに対するものも同様だ。その大きな負の感情は、ナウカのシーベルとウルラのドースが引き受ける。これからはクレハナ国民として、過去の歴史を受け入れた上で未来に目を向けるべきだ」
との声明を発表
これは、ナウカ領民に向けてツェルに協力するように要請した言葉
ドースとシーベルのいずれもが王とならないことから、これからは恨みを捨てて一つの国となるように諭したのだ
クレハナ ウルラ領
マキ組の廃校
「…動きが早すぎないですか?」
俺はマキ組長に言う
「どうやら、セフィリア様は事前にシーベルと話を付けていたようですね」
「事前に?」
「ドース様が大崩壊の関与者であることは濃厚。それが明るみに出れば国王になどなれるはずがない。その場合は、コクルのツェルを国王に据えることでナウカの敗戦という色を薄める。その代わりに、ナウカ領民に対して新しいクレハナの政権に協力させる…、といった所でしょう」
「はぁ…。凄いですね、政治って。先読みしすぎていて、もう何が何だか」
「俺は現場の方が合ってるよ。自分の腕だけで勝負できる方が好きだな」
ルイが、スナイパーライフルの分解掃除をしながら言う
「ルイは職人気質だもんな」
いつものマキ組
いつもの会話
1991小隊だけじゃない
このマキ組も、いつの間にかこんなにも俺の居場所になっていた
それなのに、どこかで1991小隊と比べていたのかもしれない
どちらも大切、比べる必要なんてないのに
例えるなら、右手と左手どっちが大事? って聞いているようなものだ
いや、別に例えなくてもいいか
…フィーナの胸で死ぬほど泣いてから、少しだけ世界の見え方が変わった
そして、自分の記憶との立ち位置も変わった気がする
それと、フィーナの苦悩を目の当たりにしたことも理由かもしれない
「お、おい! 新しいニュースが流れたぞ!」
バタバタと駆け込んで来たのはジョゼ
メイドカスタムのPITが、かわいい声で速報のお知らせをしている
「何のニュース?」
「クレハナが龍神皇国に組み込まれるって!」
「…っ!?」
ニュースでは、新国王となることが決まったツェルが演説をしていた
「…内戦の悲劇を鑑みて、クレハナは第三者の監査を受け入れます。そのために龍神皇国の一員となり、クレハナ独立行政区として歩み出します」
この発表に対して、報道陣から野次が飛び交う
クレハナの独立を捨てる、これはクレハナ国民に対しての冒涜だ
だが、意味はある
一つは、クレハナの更なる内戦と政治の不安定さの抑止
領主を失ったナウカとウルラは、また一触即発の状態となっている
何かが起これば、また紛争の可能性が充分に残されているのだ
そして、もう一つは内戦の勝者を作らないこと
王位継承権を持つ四人
ウルラのドースが指名手配
その責任でフィーナは政権から退陣
ナウカのシーベルは内戦を巻き起こし、前王の殺害により死刑が確定
そして、コクルのツェルはクレハナの独立を捨てた大罪人として今後、後ろ指を指されることになる
ウルラ・ナウカ・コクルの全てが何らかの咎を負うことで、勝者無き結末を作り上げる
そして、一つのクレハナ国民として歩みだそうという方針なのだ
…もちろん、軋轢が完全に消え去ることなどはないのだろうが
クレハナは激変する
龍神皇国の独立行政区として、内戦からの復興に力を注ぐこととなる
シグノイアやハカルと同様、ツェルは龍神皇国の干渉と折り合いを付けながら舵取りをする必要がある
勝者無き結末
クレハナの龍神皇国への組み込み
これがセフィリアの考えていた落としどころだ
「クレハナの首都は、コクル領の萌黄城になるみたいだな」
ゲイルがコーヒーを飲みながら言う
「ウルラ領やナウカ領にすると、お互いの領民で軋轢が生まれます。それに、内戦以前はコクル領の主城が政治の中心でしたから妥当でしょうね」
マキ組長がテレビを見ながら言う
窓の外の校庭では、マキ組長の使役対象である鎌イタチがブンブンと跳び回っている
グーは人懐っこく、チョキは人見知り、パーは優しい性格をしている
妖怪にも性格ってあるんだなぁ…
「ヒャーン!」
鎌イタチ達と追いかけっこをしているのはリィ
風の速さに全然追いつけていないが、楽しそうだ
そう言えば、リィは式神だが明るい性格をしている
心があれば性格はあるってことかな
「…」
竜牙兵からの思念が送られてくる
「竜牙兵、水を運び終わったんだな。ありがとう」
街で買い込んで来た飲料水や食料を倉庫に運んでもらていたのだ
「ラーズの使役対象は、本当に優秀だな」
ルイが言う
「…私のグーチョキパーも優秀ですよ?」
口を尖らせるマキ組長
「分かってますよ。得手不得手って奴じゃないですか」
ジョゼが笑いながら言う
マキ組長は、結構子供っぽい所がある
自分の使役対象がかわいいのは分かるけどね
「…クレハナの議会もかなり変わりそうだなぁ」
ゲイルはマイペースにニュースを調べている
王でも社長でも、トップが変われば、まず行われるのが人事だ
権力を握って来た今までの重鎮を排除して、空いたポストに自分の息のかかった者を据えて地盤を固める
ありきたりな行為であり、新しいトップに必要な行為でもある
「フィーナ姫はこれからどうするのですか?」
マキ組長が言う
「それが、まだ…。明日、久しぶりに会えるんで聞いてみようと思ってます」
ドースさんが消えてから数日、俺は正式に退院した
そして、昨日やっとクレハナに戻って来たのだ
フィーナは、あの後すぐにクレハナに戻って国政に専念
王女とはならず、ツェルに王の座を譲るなど、激動するクレハナに翻弄されていて忙しそうだった
…そのため、あれから一度も会えていない
プルルル…
「もしもし?」
突然の電話は意外な人からだった
「あ、ラーズ?」
「お久しぶりです、レイコ社長」
俺の大学時代のバイト先
クサナギ霊障警備のレイコ社長だ
マサカドの封印術を構成してくれた大霊能力者、天叢雲カンナ様を紹介してくれた人でもある
「ラーズ、大怪我したって聞いたけど大丈夫だったの?」
レイコ社長が、相変わらずのアニメ声で言う
「ええ、なんとか…。カンナ様のおかげで、ギリギリの戦いを生き残ることが出来ましたよ」
「聞いたわよー。カンナ様、普通はお金を積んでもなかなか動いてくれないの。それなのに、あの人に封印術を作らせるなんて何をやったの?」
「え? いや、お願いしたらすぐにやってくれたんで、別に特別なことは…」
「えー! 信じられないなぁ…、あの守銭奴で気分屋の暴君が、ただで動くなんて」
「はは…、そんなこと言っていていいんですか?」
「しかも、あのバルドル教の聖女に封印術を行う場所を浄化させたらしいじゃない」
「あ、はい。カンナ様が言ってましたね」
聖女とは、俺が右腕を吹き飛ばしてしまった時に、八百万ゴルドという大金で再生させたシスターだ
神の力を行使する、聖属性に特化した女性だった
「カンナ様が、ウルラ王家に聖女に払う超高額の依頼料を出させたらしいわよ。ラーズが戦った、凄い強い敵を倒せるなら安いもんだろうって」
「はー…」
「ま、私達クサナギ霊障警備も含めて、いろいろな人があなたを応援してるんだから。たまに顔を見せに来なさいよね」
「…はい、ありがとうございます」
「それと、仕事も手伝いなさい。バイト代は出すから」
「か、考えておきます…」
マキ組にクサナギ警備保障
…俺の居場所はまだあった
それに気が付いていなかった
俺は、人生に感謝を
そして、生きていることの幸運を噛みしめたのだった
セフィ姉のシーベルの説得 十章 ~1話 フィーナの後悔
セフィリアの落としどころ 閑話16 セフィリアの後悔
レイコ社長 四章 ~32話 クサナギ霊障警備
聖女 七章 ~14話 反復練習




