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十章 ~16話 狂気

用語説明w

神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍


大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た


ドース:クレハナのウルラ領の領主で、第二位の王位継承権を持つ。フィーナの実父


ドース・ウルラは、聡明であり、意欲的であり、そして献身的な男であった


そんなドースが全てを捧げた妻は、ついにドースを振り向くことなく、この世から去った


その数日後、植物状態であった男性が急死する

生命維持装置に不具合が出たためだった


…その前日、男性の元をドースが訪れていたのは、ただの偶然だったのか



ドースはフィーナを愛した

そして、フィーナに全てを捧げる決意をした


母親を失ってしまったフィーナ

そんなフィーナに自分が与えられるものは何か


…それは祖国

このクレハナをフィーナに捧げる


ドースの目には決意と狂気が宿った




「…ドースさん。あなたも壊れていたんですね」


俺はドースさんに語りかける


「何を言っているのかね?」

ドースさんが無表情で答える


「あなたの目、知ってますよ。…マサカドと同じ。そして、おそらく俺とも同じ目です」


「…」


「あなたは、本当は楽になりたがっている。この戦いの舞台から降りたがっている。勝ったって、王になったって、フィーナに国を譲ったって、あなたは満足なんかできない。…そんなことをしたって、あなたの心に空いた穴は埋まりませんから」


「…ずいぶんと、知ったような口を利くようになったものだ。では、私はどうしたらよかったのかね?」


「多分ですが、諦めればよかったんです。俺の経験談ですけど」


「何だと?」


「俺も同じです。死んだ人間のために何かが出来ると思い込んでいた。答えがあると思い込んで探し続けた。そして、だんだんと探すことで罪悪感を紛らわせることが目的となってしまった。…違いますか?」


「…」


「死んだ人間のために出来ることなんか、最初から無かった。諦めて、悲しいと叫んで、引きこもって…、そして、気が済むまで泣き続けるしかなかったんですよ」


「…」


「そうしたら、俺もマサカドも、そして、あなたも。…側にいてくれる大切な人に気が付くことが出来たんだ」


「…ふっ……」


少しだけ、ドースさんが口を歪める


「…?」


「くっ…くくっ……」


ドースさんが、こらえきれなくなったのか、ついに笑い出す


「…」


「私はね、君の矮小さを評価していたのだ」


「は?」


「君は人間的に小さかった。騎士になる、セフィリア殿と一緒に戦うなどと、望みだけは大きいことを言うくせに実力が追い付いてこない。…口だけの男だと思っていた。そして、人の本質とは変わらないものだと思っていた」

ドースさんが、俺を正面から見つめる


「…」


「まさか、そんな大それた、妄想に近い推測を私に押し付けてくるとはね」


「これは確かに持論です。ですが、当たっていると確信しています。身を持って経験していますので」


「………君は、私の予想よりも早く大人になってしまったようだ。何が君をそこまで変えたのか知りたいものだな。大崩壊か? それとも、(そら)の恵みのおかげかね?」


「…っ!?」


ドースさんの目つきが変わる

ギラついた、血走った、狂気の表情


人の表情とは、ここまで豹変するものなのか



「ラーズ君。君は、大きな罪を犯した」


「罪ですか?」


「私の大切な者を、君は汚したのだ」


「それって…、フィーナのことですか?」


「………フィーナは、私が幸せにしなければいけなかった」


「…」


「……フィーナは、穢れの無い宝石だ」


「…」


「…それを、一般兵ごときが。一般兵ごときが。一般兵ごときが。一般兵ごときが」



「お、お父さん…!?」


ドースさんの様子が変わり、フィーナが心配そうに呼びかける


「…フィーナはぁぁぁぁ! わ、わ、私のぉぉぉっ!! た、た、た、宝だぁぁぁぁぁっ!!」


「なっ…!?」


激昂して叫び始めるドースさんに、俺は思わず後ずさる



「信じられなかった。あれは五年前か…、しばらくぶりに戻って来たフィーナの様子が違っていた…」


「え?」


虚ろな表情となったドースさんに、フィーナが聞き返す

五年前とは、大崩壊前の話か


「フィーナは、ブロッサムと龍神皇国との取引について尋ねた。なぜ、そんなことを聞くのかと聞いたら、ラーズ君の名前が出て来た」


「…」


ブロッサムの資金がムタオロチ家に利用されていた話か

シグノイアでブロッサムの関与の可能性が浮上した際、確かめるためにフィーナにクレハナに行ってもらったことがあった


「その時、私は気が付いた。フィーナがラーズ君のことを話す時の様子がおかしいことに」


「お、おかしいって…?」

フィーナが言う


「おかしかった。まるで、夢を見るかのような。こんなフィーナは初めてだった。まるで…」


「まるで?」


「…お前の母親が、あの男を見ている目だ」


「…っ!?」



ドースは悟った

フィーナの表情で全てが分かってしまった


フィーナは本気でラーズに惚れている

つまり、あの小僧は約束を破ったということだ



「それから、忍びを使ってフィーナとラーズ君の様子を探らせた。その後、ラーズ君が禁を破ったことが分かったのだ」

ドースさんの目が俺に向けられる


「き、禁…?」


何の話?


「フィーナの純潔を奪ったということだ…!」


「…っ!?」



凄まじい視線が俺を貫く

殺気とは違う、ドロドロとした歪な視線



「それからは早かった。秘密裏に作成した原子爆弾をシグノイアへの贈答品に紛れ込まさせて持ち込み、神らしきものの教団に渡した。ラーズ君の全てを壊すために協力したのだ」


「な、何だと…?」


「だが、君は生き残った。そこで、(そら)の恵みの情報を渡したところ、目論見通り運ば込まれた」


「…」


「しかし、またしても君は生き残った。しかも、(そら)の恵みの壊滅というおまけつきだ」


「…」


「だが、その代わりにフィーナがウルラ家に戻って来てくれた。そして、クレハナの内戦に尽力してくれるようになった。私の努力を、天は見てくれていたのだ」


「な、何を言って…?」

フィーナが戸惑う


こんな錯乱したかのようなドースさんは、今まで見たことがない



「フィーナ、お前はあの女とは違う。私を置いて、こんな男の所に行ったりはしない」


「お、お父さん…?」


ドースさんの目が、凄まじい速さでフィーナに向く


「お前はあの女とは違う…。負け犬などに縋るような、あの愚かな女とは…。こんな一般兵の、何もかもを失った、ただの死にぞこないの所になんか、行くわけがないっっっ!!!!」


ドースさんは、正気を失いかけているかのように叫ぶ


「な、何を言っているの!?」


「なぁ、フィーナ…。私は、お前のために…」


「い、いい加減にして!」

フィーナがたまらずに大きい声を出す


「フィーナ?」


「私はラーズが好き。諦めずに、出来ることを常に探し続けて来た。私は、ラーズのルサンチマンを前向きに使う強さを尊敬しているから」


「…っ!!」


「…私は、ラーズが好き。ずっと、ずっと、ぞれは変わってない。いいえ、やっと、また、ラーズを好きになれたんだから」


「フィ、フィーナ…!」


フィーナの言葉に、ドースさんの顔が歪む



ルサンチマン


心理学用語であり、弱者が強者に対して抱く恨みや嫉妬、復讐心のこと

それは、コンプレックスとなったり、向上心となったりと、人をよくも悪くも動かしていく



ラーズは腐らなかった

地道に、方針を決めて努力し続けた


時に泣き、歯を喰いしばり、そして、誰かのために、社会のために頑張って来た

そんなラーズをフィーナは尊敬し、そして愛している


才能がなくても言い訳にしない

人生の何かを得るために、諦めずに考え、挑戦する、その姿に勇気を貰ってきた



「私はラーズについて行く。もう離れない。そう決めたから」


「…」


ドースさんが、呆けたようにフィーナを見る


「でもね、お父さん。私は別にお父さんから…」



「あぁ…あああ……あぁああぁぁあああぁぁ…………!!」


「…っ!?」



ドースさんが頭を搔きむしりながら叫ぶ

そして、突然糸が切れた人形のように脱力すると、俺に向き直った



「……ラーズ君」


「…何でしょう?」


「君がフィーナに手を出したせいで、君の仲間は死んだ。そして、君の国は壊れた」


「…」


「あの大崩壊は、君が…そして、フィーナとの恋愛が引き起こしたということだ」

ドースさんが無表情で言う


「……」


な、何を言っていやがるんだ?



「ラ、ラーズ…」

フィーナが、心配そうに俺を見る


まさか、俺が殴りかかるとでも思ったのか?

大丈夫だ、ギリギリ耐えている


「…俺は、悪いことはしていません。俺はフィーナが好きです。あの時の恋愛が否定されるわけがない」


「…っ!?」


「大崩壊は、起こした奴が悪い。当たり前の話でしょう? 俺のせいじゃない。俺とフィーナの恋愛のせいなんかじゃない」


そんなこと、当たり前の話だ


「君がフィーナに手を出さなければ…」


「しつこいですね。俺はフィーナと付き合えた自分に誇りを持っている。こんないい女と付き合えた、そんな自信を持てたんだ。いいですか? 大崩壊は起こした奴が悪い、そして、その悪い奴の一人はあなたです」


「ここまで、人のせいに出来るとは大したものだな」

ドースさんが歪んだ笑顔を向ける


こ、このクソ野郎…!



信じられない


ドースさんが、大崩壊に関与していた

そして、その理由がフィーナと付き合ったからだと?


ドースさんは家族という存在に依存している

その依存…、縋るという行為が俺には理解できる


………だが、事実なら許せない



俺が動こうとした時、先に動いたのフィーナだった





次は閑話です

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― 新着の感想 ―
[一言] 第一部で頭おかしいやつと思ってたら、ようやく本性を表したか 強いのかな
[一言] ヒェェェェ‼︎‼︎⁉︎ 話が通じない人になっちゃったーー‼︎
感想一覧
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