十章 ~12話 ブルトニア家の処遇
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ピンク:カイザードラゴンの血を引く龍神皇国の貴族で、騎士見習い。カイザードラゴンのブレスを纏った特技スキルの威力は凄まじい
「ラーズ君、どうしたの?」
俺の言葉に、キリエさんが振り返った
「キリエさん。龍神皇国の法は、ブルトニア家が多少の金を払ったら敵前逃亡の罪を許すというんですか?」
「…龍神皇国貴族法典における懲戒処分として、法に則っとることになる。ブルトニア家にとって、決して軽くない処分が下るわ」
「軽くない処分? こいつらはピンピンして、また貴族として生きていくんですよね。グロウスのせいで、必死に戦った戦友達が死んだ。更に、抗議した非戦闘員は口封じに殺されたんだ。…そんなもので、ウルラ軍の兵士達が納得するわけがない」
「…」「…」
キリエさんとセフィ姉が、静かにブルトニア家の親子を見る
「お、お前に人の心がないのか…! 我らは貴族界での立場を失い、今後は…」
「貴族界とか、そういう話じゃない。お前達は俺の戦友達の命を奪った。お前達も同じリスクを負えと言っている」
「…っ!?」
「…キリエさん、ピンク。もし、騎士団がブルトニア家を適正に処分しないのなら、俺は契りってやつは受けられない。拒否させてもらいますよ」
「え…!?」
ピンクが目を見開く
「ラーズ君、落ち着いて。ピンクはカイザードラゴンの力を持つ者の中でもトップクラスの素質を持っている。あなたにとっても大きなチャンスなのよ?」
キリエさんが言う
「俺は完成変異体です。この力は戦場で育て上げて来たもの。はっきり言って、カイザードラゴンの力より希少性が高いと思っています」
「…」
「もし必要なら、カイザードラゴンの力はどこかで手に入るでしょう。金に頼ってもいいし、不法な方法でも可能かもしれない。カエサリル家の令嬢であるピンクが、俺という貴重な完成変異体を手に入れるよりは簡単なはずです。なぜなら、ピンクにそこら辺の変異体を取り込ませるわけにはいかないしょうから」
変異体と一口に言っても、完成度にはばらつきがある
それは、あの施設出身の変異体達を見れば分かる
強制進化という措置を行ったとしても、完成変異体としての形質を獲得したとしても、その完成度は人それぞれ
実際に、検査を行いながら経過を観察するしかない
そして俺は、ナノマシン群と呪印を取り込んだことで、変異体として更に一段階バージョンアップしている
俺ほど、完成変異体としての完成度に信頼が持てる存在はなかなかいないだろう
「ラー兄ぃ…」
ピンクが悲しそうな顔をする
「ピンク、お前が嫌なんじゃない。だけど、これは譲れない。グロウスのために死んだ仲間は俺の家族だった。絶対に許せないんだ」
俺は、チラッとマキ組長を見る
マキ組長は無表情…、だが、少しだけ嬉しそうに見えた
「お前達のせいで、カエサリル家のご令嬢は俺という貴重な完成変異体の力を得るチャンスを失った。…重罪だな」
俺はブルトニア家を見据える
「お、お前、何を言って…」
「キリエさんとピンクに大きな迷惑をかけたってことだ。頑張って、貴族法典とやらの規定で償うんだな」
「うぐぐ…」
「それじゃあな」
俺は踵を返してセフィ姉とフィーナ、マキ組長の所に戻る
「ま、待ってくれ!」
ガレウスが必死な声で俺を呼ぶ
「…?」
「す、すまなかった! グロウスのことは謝罪する。カエサリル家との契りだけは…」
「お前の謝罪で誰かが得するのか? 死んだ人間は戻って来ない」
「ま、待って! 反省する、改心もする! だから…!」
「俺の望みは断罪だ。口だけの謝罪なんて何の意味もない。よく、そんな偉そうに謝罪出来るな」
「わ、悪かった…です。ゆるして…く、下さい……」
ガレウスが、顔を歪め、歯を喰いしばりながらも謝罪を口にする
それだけ、貴族ランク一位のカエサリル家に損をさせることは危険だということか
おいおい、謝罪くらいで大仕事した気になってんじゃねーぞ?
まだ、当たり前のことをしただけだ
「…俺が望むのは抑止力だ」
「よ、抑止力?」
ガレウスは俺が謝罪に応じると思ったのか、少しだけホッとした顔をする
「他の貴族共が同じバカをやらないように、礎になれ」
「な、何をしたらいいんだ?」
「一般兵を使い捨てた、その責任を取れ。クレハナの復興、兵士達の家族への補償、全部をやれ。お前が主導して、お前ら自身が成果を上げろ。嫌なら、カエサリル家との取引は応じない」
「ば、バカな! そんなこと、一貴族で出来ることじゃ…!」
「やるんだよ。ここにウルラ王家の人間がいるんだぞ? 死ぬほど金を出し、その金を無駄にしないために案を出せ。それが出来なければ過失のないカエサリル家が損をするだけだ。…俺ほどの完成変異体は貴重だ、そう簡単に代わりが見つかると思うなよ」
「…」
「…俺はさ、いや、俺達は怒ってるんだ。やる気もない野郎が戦場で指揮を執る。平気で一般兵を使い捨てにする。俺達も戦闘のプロだ、そこに必要性があればまだ納得できる」
「う…」
「俺達は使命のために自分の命を使いたいだけ。そんな当たり前の命のやり取りをしたいだけ。無駄死にしたくないだけなんだ。お前達のようなクズを派遣する龍神皇国の貴族もどうかしてる。騎士団の質も疑うしかない」
「な、なんてことを…」
「俺達は失わなくていい仲間を失った。お前も大切なものを失ってみればいい。そうしたら、俺もすぐに忘れてやる。忘れられる被害者の気持ちを知ってみるべきだ」
俺は怒りを込めてガレウスを見据える
「ひっ…」
尻餅をつくガレウスとキャリー
思わず、呪印が発動してしまいそうになるほどの殺気が漏れ出す
クレハナの未来のため
ドミオール院の子供達のため
明るい未来のために戦って来たコウとヤエは、こいつらに殺された
せめて、ブルトニア家の力をクレハナに使わせる
「セフィ姉、キリエさん、ダメかな?」
「ブルトニア家が了解して、自分から行うなら問題はないわ」
セフィ姉が言う
「ラーズ君が望むなら、私達がブルトニア家が指導監督をすることもできる。ウルラ家や今後発足する正式なクレハナ政府にも話は通せるから」
キリエさんも頷く
「今後、同様のことが起こった時の前例作りです。よろしくお願いします」
この制裁は、貴族や騎士に対する見せしめ
義務を怠れば、当たり前に不利益を被らせる
組織としての自浄作用を働かせるための措置だ
権力を持った者が義務を果たさない
そんなことは絶対に許さないし、不正は見過ごさない
その当たり前の実現は難しく、当たり前の定義も時代によって変わっていく
それでも、今の当たり前のために、コウとヤエの死を無駄にしない
それが、俺達マキ組の望みだ
おそらく、ブルトニア家は財産のほぼ全てを手放す
そして、貴族として活動を続けるのであれば拠点をクレハナに移すことになる
ブルトニア家の実質の龍神皇国からの追放
それによって、ギリギリ貴族としての権限を維持することになる
「………」
今後の不透明さに、ガレウスとキャリー親子は放心している
だが、忘れるな
お前達は貴族の権限と立場、資産という利用価値があったから命を繋いだだけ
本来なら、お前らなんてヘッドショットで終わりだ
お前らが死んだところでコウもヤエも得しない
だからこそ、ここを落としどころにしたのだ
「…それで、ラーズ君。ピンクとの契りを交わしてくれる?」
キリエさんが言う
「俺はただの一般兵です。貴族と釣り合うとは思えません。…少し考えさせてください」
「ブルトニア家のことは私にも非があるの。熱意を買ってブルトニア家を選んだのは私だから」
「そうだったんですか…」
「私とピンクはラーズ君の凄さを理解している。完成変異体という稀有の存在、マサカドを相手に生き残った戦闘能力、武の呼吸と達人の領域に踏み込んだ技術を、ね」
「…」
「ピンクの契りの相手はラーズ君意外に考えられない。これは、カエサリル家にとっても、ピンクの気持ちにとっても重要なことよ」
「ピンクの気持ち?」
「相手の心臓を取り込むのよ? 尊敬でき、好感が持てる人の方がいいに決まってるでしょ」
「あぁ…」
ピンクが、恥ずかしそうに俺を上目遣いで見ていた
まさか、俺が貴族に求められる日が来るとは…
「ちょっと時間を下さい…」
情報量が多すぎる
俺は、少しだけ考えるの止めたくなった




