十章 ~11話 契り
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ピンク:カイザードラゴンの血を引く龍神皇国の貴族で、騎士見習い。カイザードラゴンのブレスを纏った特技スキルの威力は凄まじい
倒れたガレウスに、俺は追撃を仕掛ける
闘氣があろうが、攻撃を受けて硬直すれば隙が出来るってもんだ
だが…
「ラーズ、終わりよ。やめなさい」
セフィ姉が俺の前に立つ
「セフィ姉、これは決闘だ。そして、決闘を申し込んだのはこいつ。止めないでくれ」
「いい加減にしなさい。あなたのやりたいことは済んでいるのだから」
「…っ!」
そうか、セフィ姉は知っている
俺達マキ組の復讐のことは調べたということか
「ごふっ…、な、何なんだ、お前は…、ど、どうやって闘氣を……」
ガレウスが、セフィ姉の陰から言う
「俺は、お前とは見て来た世界が違う。それなりに引き出しくらい持ってるさ」
「ぐ…、只の一般兵ごときが…、調子に乗るな…!」
「闘氣を持てば終わり、闘氣に頼ってきただけのお前とは違うんだよ」
心も技も体も鍛えていない
ただ、チート能力を持っただけ
…そんな奴に何を解説しても無駄だ
「ガレウス!」
母親のキャリーがガレウスに駆け寄る
「…こ、ここまでやるなんて、なんて野蛮なんだ! これだから雑兵に関わるのは嫌なんだ、おぉ…ガレウス…!」
おいおい、俺は闘氣を纏ったレイピアで攻撃されてたんだぞ?
闘氣は銃弾や魔法の何倍も危険な兵器だ
貴族とか関係なく、狂った価値観の人間ってのはいるもんだな…
「ガレウスさんの治療を」
「はい」
控えていた衛兵に指示を出し、キリエさんが立ち上がる
「ラーズ君。呪印の力があるとはいえ、Bランクを簡単に叩きのめすなんてさすがねぇ」
「いえいえ、俺なんか全然です。まだまだ、俺なんかより凄い人はたくさんいますから」
マキ組長にセフィ姉、ヘルマンやデモトス先生…、達人の世界の山は、未だに山頂を拝むことすらできていない
「うんうん、謙虚な姿勢もいいわね。ラーズ君、カエサリル家の私兵としてあなたを雇いたいの。どうかしら?」
「はい!?」
キリエさんが、柔らかく、それでいて有無を言わせない雰囲気で言う
「今なら、ピンクと割り切った関係も許すわ。それに、私とも…」
更に、大人の色香でとんでもないことを言いながら俺の肩に手をかける
いや、何の話!?
怖いけど、断るのも怖いんだけど!
「…キリエさん、それはダメですよ。ラーズは私のものです」
セフィ姉が静かに言う
「お母さん! 何言ってるの!?」
ピンクも慌てて割って入る
「…」
「…」
静かに見つめ合うキリエさんとセフィ姉
少しすると、キリエさんがため息をついて首を振った
「残念ね。ラーズ君ほど才能を尖らせた男の子、いないのに」
「ラーズの成長を見て来たのは私ですから。ラーズを育てるのも私ですよ」
セフィ姉が言う
うん、だから何の話?
「ラーズ君、それじゃあピンクとの契りだけはやっちゃいましょ?」
「あの、結局、契りって何なんですか?」
いかがわしい響きにしか聞こえないんだけど
「ラー兄。あのね、契りって言うのは…」
ピンクが恥ずかしそうに説明する
「うん、結局何なの?」
「変異体や仙人となった者、竜化や龍化能力を持つ血統の者、特殊な能力を持った者との心臓の交換手術のことなの」
「し、心臓の交換!?」
血統的な特殊能力、突然変異で得た特殊能力、人体強化術による変異は、本来は本人しか持ちえない能力だ
だが、限定された条件の下でならば、その能力を他者が取り込むことが出来る
例えば、その能力が血液、眼球、内臓、四肢等の部位に依存するならば、その部分を移植することが出来れば理論上はその能力を使うことが出来る
人体強化術の一つである完成変異体も、その肉を取り込むことで他者が変異体因子の発現を誘発させる
あの施設でのお肉の出荷がその理由だ
そして、カエサリル家等のカイザードラゴンが持つ竜化能力、ドルグネル家等の龍神王の血統が持つ龍化能力は、その血統の子供が生まれながらに持つ能力
特に、竜化能力は変異体の強化された身体能力と相性が良く、変異体となった場合はすさまじい能力を得ることが知られている
「カイザードラゴンの持つ竜化と…、変異体の相性がいいだって?」
「そうなの。カイザードラゴンの血統の者は、ドラゴンの能力ランクでいえば竜王ランクくらいまでは強くなれる。でも、変異体因子の発現があれば神龍ランクまで上がれるんだって」
「神龍ランクって、伝説級のドラゴンじゃん!」
「そうなの、凄いよね」
当の本人であるピンクがのほほんと言う
うむ、ピンクは貴族っぽくなくて癒されるな
「それで、契りってのは?」
「あ、うん…」
契り
変異体因子の発現で手っ取り早いのは、完成変異体の肉体から抽出した因子を取り込むこと
しかし、その場合は貴重な完成変異体を殺してしまうことになる
そこで考えられたのが契りというシステムだ
カイザードラゴンと完成変異体であるならば、お互いの心臓を特殊な霊的、医学的処理を行った後に交換して移植する
そうすることで、それぞれの力を交換、カイザードラゴンと変異体の力を持った能力者を二人誕生させることが出来る
もちろん、他者を殺して因子を喰らった方が、より早く強くなれるが、この方法ならお互いの命を守りながら強化できるのだ
当然、自分の心臓を提供して他者の心臓を取り込むので、お互いに適応するまでは体の不調や弱体化は発生する
「…そ、そんな方法が……。え、それって、俺がカイザードラゴンの力を貰えるってこと!?」
「うん、私の力とラー兄の力の交換だから。…後は、ラー兄が契りの相手が私でいいかどうかなんだけど?」
ピンクがちょっとだけ不安そうに聞いてくる
あれ、なんか告白でもされている気分になって来るぞ?
だが、それよりも…
「…」
俺には才能が無かった
魔力、輪力、闘力が低く、だからこそチャクラ封印練を行ったのだ
だが、そんな俺に、まさかカイザードラゴンの力を得られる可能性が出てくるとは
騎士学園時代、五歳下のピンクのステータスは俺を越えていた
セフィ姉は、龍神王の力と仙人の力を併せ持つ
俺が変異体とカイザードラゴンの力を持つことが出来れば、セフィ姉と同じ場所に立つことが出来るということなのか?
そ、そんなことが…
「…さて、そろそろ茶番は終わらせましょうか。大事な話がしたいから」
キリエさんが言う
「カ、カエサリル様…」
キャリーが恐々とキリエさんを見る
「一般兵であるマキ組がナウカ兵のBランクからグロウス・ブルトニアを助けることは不可能。撤退してウルラ軍に応援を要請したことは適正であると判断します」
「なっ…!」
「Bランクでありながら一般兵に負けたブルトニア家、一般兵でありながらBランクの騎士を倒したラーズ君。どちらの命が優先されるかは明白でしょう?」
「うぅ…」
「そして、ラーズ君の罪を審議院で認めさせ、それを取り消す代わりにドース様にブルトニア家の内戦参加拒否の撤回を求めようとしたあなた達の目論見は外れたということかしら?」
「…っ!? ま、待ってください、なんとか再考を!」
ガレウスが必死に言う
「無駄ね。全面戦争で被害を被ったドース様が、ブルトニア家の拒否を撤回する理由は無い。ラーズ君を助けるという理由があったらまた別かもしれないけどね」
「く…」
そうか…
ブルトニア家は俺の罪を審議院で認めさせて死刑にでもするつもりだった
そして、俺を抱えているウルラ王家のために、俺の死刑を取りやめるという恩を着せる
その代わりにブルトニア家の拒否を撤回させたかったのか
ブルトニア家はクレハナの内戦から実質追放された
それは、龍神皇国騎士団の看板に泥を塗ったということ
…これを撤回しなければ、貴族とはいえとんでもない責任を取らされるのだろう
「では、予定通りに、ブルトニア家の財産は凍結。賠償金と貴族の序列降格の処分を…」
キリエさんがブルトニア家への処分を言い渡す
どうやら、財産や権限をかなり削られるようだ
…だが、財産だと?
ふざけてるのか?
コウやヤエは命を落としているんだぞ?
「………全然足りねーよ」
俺は、思わず口を挟んでしまった
お肉 一章~14話 お肉