十章 ~9話 審議継続
用語説明w
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
フィーナが、全面戦争時の部隊行動の資料をモニターに表示させる
そこには、
・ブルトニア家が命令違反を行い撤退したこと
・その撤退によってウルラ軍に多大な被害が出たこと
・撤退を諫めた一般兵の女性を口封じに殺害したこと
が、説明されていた
「グロウス様によってウルラ軍が被った被害は、決して軽いものではありません。ですが、私はセフィリア団長心得の顔を立ててこの件の告訴を保留していたのです」
フィーナが続ける
「な…、だが、その後にこの戦域を制圧したのはブルトニア家ではないか!」
「はい、それは間違いありません。ですが問題は、グロウス様の部隊がまともに動いていれば、ここまで被害を出さずに全面戦争を勝利することが可能だったという事実です」
「…!」
「続けて、ラーズとグロウス様の価値の比較ですが…」
「き、騎士と一般兵を比較するだと!? バカにするにもほどが……!」
「ラーズはただの一般兵ではありません」
「何!?」
「あのムタオロチ家の証拠を集めて、セフィリア団長心得の制圧作戦の立役者となった英雄です。龍神皇国で、その話を知らない者はいないはずです」
「ま、まさか…、道化竜とかいう正体不明の一般兵のことだというのか!? この、トリッガードラゴンが!?」
「その通りです」
フィーナが頷く
「だ、だが、だからと言って貴族を見捨てていい訳がない! どうせ、たまたまムタオロチ家の証拠を掴んだだけだ! たかが一般兵がそんな情報を集められるわけないからな!」
「あなたは全然理解していないようですね。ラーズの部隊は全滅、非戦闘員までもが戦いながら、その最中にセフィリア様に情報を送った。誰も諦めずに最後まで戦ったからこそ、巨大なムタオロチ家を潰すことができたのです。あの情報は、ラーズとその部隊が長い時間をかけて集めたもの、貴族だろうが他では手に入れることは不可能です」
「うっ…!?」
「敵前逃亡して、味方の軍を見捨てたブルトニア家の部隊とはえらい違いですね」
フィーナが蔑んだ目をする
あいつ、あんな顔もできるんだな…
いつも、明るく話すタイプなのに
「な、何を…、たかが一つの戦いで撤退したくらいで! 我らは騎士、一般兵風情とは……」
その時、審議員である貴族達がため息をついた
それを見て、不思議そうに審議員の顔を見回すガレウス
俺は、残念な目をブルトニア家のボンボンに向ける
あんたは何も気が付いていない、そして調べてもいない
あの戦いが何を意味するのか
「…何で、あの全面戦争でフィーナとマサカドが最前線に出てぶつかったのか分かるか?」
俺はブルトニア家に対して口を挟む
「な、何だと!?」
「あんたを選んだ皇国の貴族は無能、もしくは人の見る目が無さそうだな」
「き、貴様! 貴族にまで侮蔑の…!」
「もう、そういうのいいよ。今更、あんたらの印象はよくならない」
「な、何!?」
「…勉強しない、人任せのアホに説明してやる。あの段階で、ウルラとナウカ・コクル連合の力は完全に拮抗していた。それなのに、全面戦争後にウルラが内戦を制したのはなぜだと思う?」
「それは、ウルラが龍神皇国の力を得ていたからに…」
「あんた、どうしようもないな。龍神皇国の援助を含めて、ウルラと連合軍は互角だったんだよ。さっきから、ウルラの王家がブルトニア家を切った理由を、あんた自身が裏付けてることに気がついてるか?」
「貴様!」
ガレウスが凄む
掴みかかるかのように身を乗り出してくる
この野郎、やんのか?
「…もう、そういうのはいいって。答えは風評、そして印象だ」
「い、印象?」
「あの戦いで、どちらの軍が強いのかが世間に印象付いた。そして、どちらの味方をしようか迷っていた勢力が一気にウルラに傾いたんだ。全面戦争はクレハナの世論の力を賭けた、まさに分水嶺の戦いだったんだよ」
「…!」
「ブルトニア家は、その大切な、負けられない戦いにおいて保身に走った。あの戦いで負けていれば、ウルラは内戦に負け、同時に皇国も負けていた。…本来、ブルトニア家は処分は免れなかったであろう重罪だ。あんたらブルトニア家は、たった今、怒りをぶつけているフィーナに救われていたってことだよ」
「…! だ、だが、しかし…」
「はぁ…、いいか? 騎士の敵前逃亡は、ただの騎士道精神の話だけじゃない。信用と印象という巨大な力を失う最大の悪手なんだよ。軍隊や警察が敵の軍や犯罪者から逃げ出す、そんなことは許されない。それは国の威信を失うということだからだ。ここまで言えば分かるか?」
「…」
「お前達ブルトニア家は龍神皇国の騎士団の信用に傷をつけ、龍神皇国という国の信頼感を損なわせた。民のために戦うという最低限の義務さえもを放棄した、皇国にとって害悪に他ならない存在ってことなんだ」
「くっ…こ、この…、言わせておけば…!」
グロウスが腰に付けたレイピアに手を伸ばす
マキ組長がチラリと俺を見た
…うん、意図が分かっちまった
やれってことね
この審議院の部屋は広く、審議のための長机のスペースから下がれば充分なスペースがある
1991小隊、ヘルマン、コウ、ヤエ…
自分の死が見えていても、誰も諦めなかった
自分の死を覚悟して、少しでも仲間のために戦い続けた
いつもは偉そうにふんぞり返っていた貴族でもある騎士、グロウス・ブルトニア
しかし、生死がかかった戦場では言い訳を述べながら必死に保身に走った
土壇場の状況では、立場、名誉、理念などが消え去り、その精神の本質が現れる
散って行った一般兵と、その一般兵を使い捨てにして逃げ散った貴族
いったいどちらが民のために必要な人材なのだろうか?
「…お貴族様のおぼっちゃんさ、吠えてばかりいないで証明してみたらどうだ?」
「何だと、小僧…!?」
ガレウスが青筋を立てる
「一般兵の俺と貴族であるブルトニア家…、覆したい価値があるんだろ? そして、俺はここにいる。やってみたらどうだ?」
「…!」
「グロウスはクソ野郎だった。だけど、望みのために行動したことだけは評価してやるよ。リスクを考えないアホだったけどな」
「言わせておけば……!」
ガレウスが立ち上がる
それを、キリエさんが興味津々で見ている
「ラーズ、マキ、やめなさい。ここは審議院、決闘や力比べの場所じゃないわ」
セフィ姉が止める
「ごめん、セフィ姉。俺は…」
「ラーズ、私の言うことが聞けないの?」
ゾワッッ……!
凄まじい殺気が俺を貫いた
あ、セフィ姉が怒っている
どうしよう、めっちゃ怖い…!
だが、俺は必死に言葉を続ける
死んだ仲間のために、コウやヤエのために、ここは引けないと思ったからだ
「セ、セフィ姉、俺は役に立つよ。これから、セフィ姉の役にだって立てるかもしれない」
「…」
「…だから、選んでほしいんだ。俺とこいつらの、どちらかを」
「…」
「もし俺を選んでくれるのなら…。お願いだ、こいつとやらせてくれ」
コヒュッ…
はぁー…はぁー…
や、やべぇぇぇぇ…!
息が続かねえ、とんでもないプレッシャーで、まるで海の中にいるみたいだ!
「セフィリア様、私からもお願いします! どうか、この一般兵と貴族である私との価値の違いを証明させてください!」
ガレウスが腰に付けたレイピアを抜いて俺の前に対峙する
その体には闘氣を纏っている
へー、こいつもBランクの騎士なのか
グロウス共々、騎士の兄弟とはな
だが、関係ない
…お前は銃弾の下を走ったことがあるのか?
爪や牙を裸で受けたことがあるか?
俺達は生き残って来た場所は、お貴族様たちの過ごした訓練所とは違う
お前達貴族が切り捨てて来た一般兵の中に、どれだけ価値を持つ兵がいたと思う?
…それを教えてやる
「セフィリアさん。私、話題のラーズ君の戦いを見るのは初めてなの。楽しみだわ」
キリエさんが目をキラキラさせてセフィ姉に話しかけている
「キリエさん、ここで戦いなんて…」
「いいじゃない。龍神皇国の名前を背負ってクレハナに行ったのに、一般兵のラーズ君よりも活躍できなかったのよ? そんな使えない騎士なんていらないもの」
「…っ!?」
キリエさんの言葉を聞いて、ガレウスの顔に焦りが浮かぶ
母親のキャリーも顔色が変わった
「だから、その実力を証明するチャンスくらいあげましょうよ?」
「もぅ…」
セフィ姉が諦めようにため息をついた
ブルトニア家の撤退 八章 ~8話 戦場の真実