十章 ~7話 審議員
用語説明w
マキ組長:フウマの里マキ組の上忍、ノーマンの女性。二丁鎌を使う忍びで、武の呼吸を身につけている
ピンク:カイザードラゴンの血を引く龍神皇国の貴族で、騎士見習い。カイザードラゴンのブレスを纏った特技スキルの威力は凄まじい
審議院
龍神皇国の貴族階級の者が訴えを起こすことにより開かれる、通常の訴訟手続きとは異なる特別な裁判
審議院に対する訴訟は貴族階級だけが持ち得る特権の一つだ
「…そんな特別な裁判をこれから受けるの?」
俺はセフィ姉に聞く
「ええ、そうよ。貴族であるブルトニア家がマキ組を訴えたから」
「ラーズ。この裁判で負ければ、マキ組はどんな制裁を受けるか分かりません。しっかりと無実を主張していきましょう」
マキ組長が振り向く
「は、はい…」
「本当はキリエさんがラーズを呼んでいたのに、変なことになっちゃったね」
フィーナがセフィ姉に言う
え、キリエさん?
貴族の序列トップのカエサリル家の当主で、ピンクのお母さん…、そんな人が何で俺を?
「仕方ないわ。ブルトニア家は、クレハナでの次男グロウスの戦死にずっと納得していなかったから」
セフィ姉がため息をつく
「…戦場で戦死することに納得しないとは、龍神皇国の貴族はかなりのぬるま湯につかっているようですね」
マキ組長が冷たく言う
「ええ、その通りよ、マキ。だから、それを変えるために審議員を使うつもり」
騎士団本部にある審議院という大きな看板がかけられた扉
セフィ姉、マキ組長、そして俺とフィーナがこの扉を開けて中に入る
中は広い部屋があり、豪華な長机が三つ置かれている
正面の一つ、そこには偉い貴族であろう人たちが座っている
おそらく、この人たちが審議を担当する審議官役の貴族たちなのだろう
そう思うのは、その机の端にカエサリル家のキリエさんが座っていたからだ
他にも、ひげを蓄えた男性や、メガネの女性など五人がいる
そして、右側に縦に置かれた長机には女性と男性、そしてお付きの者と思われる男性
おそらく、これがブルトニア家だろう
グロウスと雰囲気が良く似ている
グロウスは次男と言っていたから、あの男性がおそらく長男ではないだろうか?
そして、女性の方は年齢的に母親のように見える
長男と共に、俺を憎しみを込めて睨みつけてくる
その後ろにはいくつか椅子が用意されており、二、三人が座っていた
その内の一つにピンクの姿がある
傍聴席ということなのだろうが、珍しい配置だ
審議者の後ろに作られた傍聴席か
普通は裁判を受ける被告人の背面に置かれるはずだ
あくまでも、貴族側の立場で審議を見物するという配置なのだろう
「セフィリア様、お待ちしておりました。こちらの席へお願いします」
「はい」
セフィ姉は審議官用の長机の真ん中の席に座る
どうやら、この審議の議長を務めるようだ
さすが、セフィ姉だな
端っこに座ったキリエさんがひらひらと俺に手を振って来た
「ラーズ君、久しぶりね」
「あ、ご無沙汰しております」
「これが終わったら、少し時間があるかしら? 大事な話があるのよ」
「はぁ…、あの、俺なんかに何を?」
「前に言ったじゃない。ピンクと契りを…」
「お母さん!」
キリエさんの、歯に衣着せぬ物言いを慌てて止める声
正面の審議官用の長机の後ろ、傍聴席にいたピンクだった
「あら、ピンク。審議の最中に声を出しちゃダメよ?」
「まだ、審議は始まっていないでしょ! それと言い方!」
いや、だから契りって何よ?
「…ゴホン。えー、そろそろ審議を始めてもよろしいでしょうか?」
審議官席の一番左側の男性が、咳払いをしてから言う
「ああ、ごめんなさいね。どうぞ始めて下さい」
キリエさんが笑いながら言う
「では、フィーナ様とマキ様はこちらの席へ」
「はい」
ブルトニア家と対面するように置かれている、左側の長机
そこに二人が座る
そこが弁護席ということか?
「…ん? ちょっとおかしくないですか?」
「では、被告訴人であるラーズ・オーティル。印の所に立ちなさい」
審議官の男性が言う
ブルトニア家と弁護席の間に、四角く茶色のじゅうたんが置かれている
ここが被告訴人の立ち位置らしい
俺がそこに立つと…
「では、ブルトニア家が告訴しました件につきまして、審議院を開廷することをここに宣言いたします。被告訴人はラーズ。そして、その弁護としてクレハナの王家の一つ、ウルラ家の姫君であるフィーナ様。そしてラーズの雇用主であり、ブルトニア家の次男グロウス様が戦死した際に依頼を受けていた忍者衆、マキ組の組長マキ様が当たります」
「ちょ、ちょっと待ってください。告訴…、訴えられたのって俺だけなの!?」
俺は慌ててマキ組長を見る
「ブルトニア様はラーズ個人の責任を追及しているのです。そのことについての審議をするのですよ」
な、何で俺だけ!?
マキ組に対する告訴じゃなくて、俺個人に対してっておかしくない!?
「被告訴人、静粛に。私語は慎みなさい」
「あ、はい。すみません…」
全然納得はできない
だが、俺の弁護をフィーナとマキ組長がしてくれるのは嬉しい
…俺は淡々と事実を伝えるしかないか
「では、これより審議を開始します」
「審議官、その前によろしいでしょうか?」
「何でしょう、ガレウス様」
ブルトニア家の男性が手を挙げる
そうか、グロウスの兄貴はガレウスって名前なのか
「…失礼ですが、カエサリル様、そしてドルグネル様」
「何かしら?」
キリエさんが答える
「もしや、この被告訴人とお知り合いなのですか?」
「ええ、私はラーズ君のファンなの。ピンクとも体の相性が良さそうだからね」
「…お母さん!!」
後ろの傍聴席でピンクが思わず立ち上がるが、審議官に睨まれて慌てて座り直している
「わ、私は貴族として、正式に被告訴人に対して処罰を希望しております。どうぞ、公正な審議をお願いいたいします」
ガレウスが心配そうな顔をする
「ええ、もちろんよ。公正に、そして必要があれば厳正に対処することを約束するわ。ね、セフィリアさん?」
「ええ、審議官として当たり前のことです。安心してください、ガレウスさん」
「安心しました。よろしくお願いします」
ガレウスがホッと安心した顔をする
そして、今度は弁護席にいるフィーナを向く
「フィーナ姫様もよろしくお願いいたします」
「はい、ガレウス様。公正な審議のために真実を述べることを誓います」
フィーナが答える
凄いな、フィーナは臆することなく返している
姫として場慣れしたんだな…
「グロウスから、フィーナ姫様の美しさ、聡明さは聞いておりました。ですが、残念ですね」
「何がでしょうか?」
「平民の一般兵の弁護を、まさかフィーナ姫様が行うとは思いませんでした。失礼ながら、もう少し立場をお考えになった方がよろしいかと…」
「御心配には及びません。ラーズはクレハナの内戦の終結に大きく貢献した優秀な戦闘員。私個人は、クレハナの英雄の一人だと認識しております。そんな英雄を弁護する機会を頂き光栄だと思っています」
おぉ…、フィーンとガレウスの視線がバチバチとぶつかり合う
これが法廷バトルと言うものか…
「クレハナでのグロウスの死は、この一般兵の不作為で起こったもの。そこまで肩入れするということは、まさかフィーナ姫様が噛んでいるということはありませんな?」
「憶測でものをいうことはお控えください。ここは公正にして真実を追求する場所。グロウス様の死は、内戦の中の不幸な結果です」
「フィーナ姫様は、可憐な容姿とは裏腹に気の多い方のようですな?」
「どういう意味でしょうか」
「五遁のジライヤという忍びと懇意にして、何かをやっていらしたと聞いておりましたが…。まさか、一般兵ごときにまで手を出していらっしゃるとは思いませんでした」
「わ、私は何も…、ジライヤとは、ただ単に仕事を…!」
フィーナが明らかに動揺
そして、俺をチラッと見る
…フィーナ、やっぱりジライヤと何かあったのだろうか
いや、今更それはいい
俺はフィーナに救われた
フィーナが幸せなら別にいいんだ
俺は、フィーナに対して恩を返していければいい
俺はフィーナを安心させるように微笑む
「…っ!?」
それを見て、フィーナは更に動揺したように見えた
え、何で?
「かなり親密だったとグロウスから聞いておりました。男遊びもほどほどにしませんと…」
「ガレウス様。フィーナとジライヤには、私が極秘に下命した事項がありました。それ以上は、騎士団の機密に抵触することになります。その覚悟はお持ちですか?」
セフィ姉が静かに、しかし少しだけ威圧感を滲ませて口を開く
「え…! いえ、そんな…!」
今度はガレウスが動揺
「ゴホン! では、これより審議を開始します」
審議官が木槌を打ち鳴らした
契り 五章 ~2話 大仲介プロジェクト発足式
グロウスの死 閑話24 ブルトニア家の抗議