閑話29 アイオーン
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
龍神皇国騎士団
副団長室
「ラーズ…」
セフィリアの表情は浮かない
その理由は、トリッガードラゴンのラーズの状態が芳しくないから
あの施設、宙の恵みから生還し、立ち直った
だからこそ安心してしまっていた
ラーズは、宙の恵みに運ばれる前から壊れてしまっていたのだ
セフィリアも、フィーナも、ラーズの両親も、誰も気が付かなかった
おそらくラーズ自身も気が付いていなかった、精神の綻び
復讐は、その綻びを正当化するための名目だったのだ
立ち直って欲しい
そして、私と一緒に歩いてほしい
クレハナの内戦は、あくまでも通過点
セフィリアの目的は、まだ先にある
その一つがアイオーン・プロジェクト
対神らしきものの教団プロジェクトであり組織名でもある
アイオーンはケイオスとクロノスから成る
アイオーンとは、「人生という期間」
ケイオスとは、「人に訪れる機会」
クロノスとは、「人に与えられている時間」
…それぞれ、異なる時間の概念を神格化した神だ
ケイオスとはアイオーンの実働部隊
戦闘部隊であるケイオス・コマンダー
後方支援部隊であるケイオス・アルケミスト
教団の規模に対抗するために、これから徐々に規模を大きくしていく
ラーズも、最初はこのケイオスに所属させるつもりだった
そして、クロノス
アイオーンの指揮系統であり決戦時の最高戦力でもある
今までセフィリアは、アイオーンの肝であるこのクロノスを揃えることを優先して来た
クロノスを優秀な選ばれし人材で構成しなければ、アイオーン・プロジェクト全体が頓挫してしまうからだ
時計の時刻と同じ数字を振り、人材を割り振る
金髪の龍神王セフィリアを代表として、
1 風龍を駆るソル
2 サイバービーナスのオリハ
3 天叢雲カンナ
4 クレジットクィーンのミィ
5 死の乙女ヒルデ
6
7
8 五遁のジライヤ
9 鉄腕のヴァイツ
10
11 炎の魔女ベル
12
今の所これだけだが、もう一人目星を付けている
強力な聖属性の使い手だが、普通に頼んでも同意するとは思えない
そのため、向こうが動くのを待つ必要があるのだ
炎の魔女は、大崩壊前のラーズの戦友だ
まだ伏せているが、ラーズと顔を合わせたらどんな顔をするだろうか
クロノスの偶数は後方支援型、奇数が戦闘特化型のメンバー
大仲介プロジェクトは、表向きは龍神皇国の発展とセフィリアの昇進が目的だった
だが、セフィリアはクロノスに値する人材の確保も目的としていた
その結果、ヒルデとヴァイツという強力な戦闘員を確保することが出来たのだ
この二人は、ラーズが関わったおかげで獲得することが出来たといっていい
…だが、まだまだ人材が足りない
チャクラ封印練を終え、これから成長して行けば…
ラーズが、このクロノスに入るだけの実力を付けられれば…
ラーズにはまだちゃんと言っていないのだが、ピンクとの契りによって、ラーズは化ける可能性がある
ある素質を手に入れられる可能性があるのだ
セフィリアは、それをラーズに期待していた
このクロノスのメンバーを見れば分かるが、クロノスは癖が強すぎる
そして、これ以降に加入していくメンバーは更に癖が強くなっていくはずだ
だからこそ、ラーズという信頼できるパートナーをセフィリアは欲しているのだ
「…ノックくらいできないの?」
セフィリアがため息をつく
「アポがなかったものでな」
そう言って、いつの間にか部屋に入っていたジライヤがセフィリアの対面に座る
「…ウルラはどう?」
「おかげ様でな、目途が立った」
「忍者衆は?」
「引継ぎも終わり、わしは晴れて引退だ」
「そう…、ようやくアイオーンに集中してくれるという訳ね」
「ああ、約束は守ろう」
ジライヤは、アイオーンに参加することを条件に忍者衆の保護をセフィリアに依頼していた
ウルラがナウカに負ければ、皆殺しにされていた可能性があったからだ
セフィリアがフィーナとジライヤに秘匿依頼した調査の内の一つ
ジライヤは、フィーナと共にクレハナの前王パヴェルの死の調査を行って来た
その結果、ウルラの勝利で内戦が終り、ジライヤの目的は果たされたのだ
セフィリアとジライヤの契約
それは、ウルラが勝利した際にジライヤがクロノスに加入することだ
「…あの女、やはり動き出したぞ」
「やっとね」
「監視だけでいいのか?」
「ええ。それと、ラーズがクレハナに戻る日程を決めたらリークしておいて」
「確保はどうするのだ?」
「私も含めて、クロノスを何人か向かわせるわ」
「ほぉ…。お主も怖い女じゃの」
「有能な人材確保は、どんな組織だって躍起になるものよ」
セフィリアは紅茶を、ジライヤは持参の緑茶を無言で飲む
それは、クレハナの内戦終結という偉業を成し遂げた、静かな祝杯だった
「しかし、龍神皇国の重鎮ともなるお主が、わざわざアイオーンなどという組織を立ち上げるなど何の意味があるのだ?」
ジライヤが、束の間の静寂を破る
「…簡単よ。クロノスは単純に人材を求める。例えば、日陰に生きるような者も」
「国が大っぴらに雇えない人材ということか。そこまでして、お主が神らしきものの教団を潰す狙いとは何だ?」
「…」
セフィリは一呼吸置いた後、静かに口を開く
「単純に、人間社会のためよ」
「どういうことだ?」
「…あの大崩壊は、かなりの規模の組織が動いていた」
あの大崩壊
人為的に起こされた未曽有の大災害は、国土級魔法陣によって引き起こされた
しかし、実はあの大災害は想定された被害の五十パーセントにも満たない規模に留まっていたのだ
その理由は、何らかの方法によって、国土級魔法陣の暴走によって発生した魔力が大量に持ち去られていたから
そして、その膨大な魔力を持ち去ったというのが神らしきものの教団
その魔力を使って何を狙っているのか、どこに持ち去ったのかを調査する必要がある
国土級魔法陣は、この膨大な魔力を持ち去るために構築された可能性がある
そんなことは、一教団の力だけでは出来るはずがない
大きな背景、複数の力が存在しているのは間違いないはずだ
その対抗策のために、セフィリアが独自に自由に動かせるアイオーンの創設を急いでいるのだ
「ふーむ…」
「それに、それだけじゃない。大崩壊を画策したムタオロチ家は、貴族の規模としても大きかった。そのムタオロチ家が神らしきものの教団と関わっていたということは…」
「他にも、関係する貴族がいるということか」
「ええ。そして、おそらくは龍神皇国だけじゃない。各国にも関係する者がいるでしょうね」
「…」
「そして、ミィ達が発掘した真実の眼の遺跡。これも教団が狙っていたものよ。やることは山積みでしょう?」
「また、大きな戦いが起こりそうだの。あの小僧を、アイオーンに引き入れても本当にいいのか?」
「ふふっ、ラーズの実力は、あなた自身が認めたでしょう? 一般兵が、あのマサカドを足止めして相打ちにまで持って行ったのだから」
「…だが、今度は死ぬかもしれんぞ?」
「ラーズは私達と違ってできないことも多い。でも、ラーズにしかできないこともある。私達戦闘員を刃物に例えてみるなら、ナイフと槍って所かしら」
「ナイフと槍?」
「ナイフは携帯に便利だし、包丁にもなるし枝も切れる。戦うことだってできる。でも、槍ほど戦いには向いていない」
「…」
「槍は戦うことしかできない。ほかのことをしようとしても長すぎて不便だわ。まるで、不器用なラーズのよう」
「たしかに、あの小僧の生き方は不器用だ」
「でも、一対一という条件下においてなら槍という兵器は強力よ。ラーズは誰にも負けない、そういう成長を遂げる可能性がある」
「ずいぶんな評価だな」
「確実な勝利というものは代わりの無い切り札よ。クレハナの内戦で分かったでしょう?」
「…」
セフィリアは、窓の外を見る
ラーズ…
セフィリアはラーズの復活を信じている
いつか、自分のパートナーに
そして、対螺旋になれると信じているからだ
ジライヤの目的 閑話12 内戦と密会