十章 ~5話 救い
用語説明w
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
フィーナ:B+ランクの実力を持ち、漆黒の戦姫と呼ばれるウルラ最高戦力。仙人として覚醒、宇宙戦艦宵闇の城をオーバーラップ、更に複合遁術を習得した大魔導士。ラーズとの別れを選んだ
…フィーナはラーズの様子を観察する
サクラちゃんがラーズの前で泣きじゃくっている
サクラちゃんは、あの大崩壊の時のことを覚えている
そう、メイルさんが言っていた
大崩壊の時、まだサクラちゃんは三歳くらいだった
よく覚えているものだ
…それだけ、あの時の経験が強かったということだ
エマがフィーナに伝えた、サバイバーズギルトへの対処方法は二つ
一つ目が、生き残ったことに対する罪悪感の軽減
亡くなった者の死は、生き残った者とは何ら関係がない
生き残ったことに罪はなく、生きることに対して罰する必要がないことを理解させる
二つ目が、生きていることへの価値を見出だすこと
具体的には、誰かの役に立ち、人助けをすることによって感謝され、生きることの価値を見出す
これらを繰り返し伝えることで、必要のない疑問や後悔を軽減していく
そのためには、サクラちゃん、メイル、オズマという大崩壊の生き残りが適任だと考えたのだ
特に、サクラちゃんにとってラーズは恩人
自分を助けに来てくれたヒーローだ
これ以上の感謝などそうはないはずだ
しばらくすると、やっとサクラちゃんが落ち着いた
「サクラ、そろそろホテルに帰りましょう」
メイルがサクラちゃんの顔をハンカチで拭いてあげる
「うん…」
「ラーズ、大崩壊のことであまり悩むな。俺達家族は、お前がいなければ全員が死んでいた。俺達が生き証人だ」
オズマが言う
「…」
「大崩壊も、1991小隊のことも、お前は何も悪くない。必死に戦って来たじゃないか」
「でも、結局…」
「今という現実を見てくれ。あの絶望的な状況でも、ラーズは俺達を救ってくれた。奇跡を起こしたんだ」
「…」
「ラーズ、今度は私達の家に遊びに来てよ。私達は、あなたのおかげで前を向いて進んでいけた。それを見せてあげるわ」
メイルが笑いながら言う
「え…」
「過去を振り向いてばかりいたら、1991小隊のみんなに背中を蹴とばされるわよ? いつまでくよくよしてるんだ! ってね」
「………」
…メイル達家族が帰って行った
今は龍神皇国にあるホワイト村という所に住んでいるらしい
「今度、遊びに来てね! 絶対ね!」
「う、うん…」
別れ際、俺はサクラちゃんから住所を教わった
そして、遊びに行くことを約束させられてしまった
俺とフィーナは、海が見える丘の上の公園に戻る
日が傾き、まもなく夕日で海が黄金に染まる時間帯だ
「懐かしかったんじゃない?」
フィーナが言う
「…元気そうで良かった」
「メイルさんも、オズマさんも、サクラちゃんも、大崩壊が終わってから苦労したの」
「苦労?」
「あの人たちも身内が無くなった。そして、ムタオロチ家の残党や教団から狙われる可能性があるから名前を伏せて暮らして来たの。セフィ姉の支援があったとはいえ大変だったと思うよ」
「…」
「でも、あの人たちはラーズと1991小隊にずっと感謝している。そして、助かった命で前向きに進んで来た」
「そうか…」
フィーナが俺に向き直る
「ラーズ。大崩壊はラーズのせいじゃない。1991小隊のみんなが亡くなったのもあなたのせいじゃない。ラーズに罪なんか無いよ」
「…」
「ラーズは悪くない。仕方がなかっ…」
「お前に何がわかるんだ?」
「え…」
俺は、フィーナの言葉を遮る
「俺は、あの隊舎でみんなの死に顔を見ているんだ。メイル以外、誰も守れなかったんだぞ?」
「ラーズ…」
「お前は大崩壊で何を失ったんだ? …何も失ってないだろ」
「…」
「何も失わずに目的を果たした! クレハナでだってそうだ! そんなお前に何が分かるって言うんだ!」
辛い、そして、激しくイライラする
みんなして俺の罪悪感を否定する
こんなに苦しいのに
こんなに哀しいのに
この罪悪感が、嘘なわけがないのに!
俺は我慢できずに、フィーナに言葉をぶつけてしまう
「…確かに分からない。ラーズの気持ちは分からないよ。でも、辛いのは分かる」
「だから、お前に何が…!」
「あれだけ傷ついて、自分を傷つけて、それでも止まれない。そんなラーズを見て、分からないわけないでしょ!」
フィーナも声が大きくなる
「…!」
「私はラーズを助けたい。1991小隊の皆が望んだことを果たしたいだけ」
「望んだこと?」
「私がラーズに求めていることと同じだよ! ただ、幸せに、前向きに生きて欲しい! それだけだよ!」
「な、何を言って…」
「あの施設…、宙の恵みから戻って来て、ラーズは何で私の手を取ったの? どうして抱き締めたの?」
「え…?」
「助けて欲しかったから、救われたかったからでしょ!? どうして救いを求めることを悪いことだと思うのよ!」
「…っ!?」
「ラーズは1991小隊のために戦った。クレハナのために戦った」
「…」
「救えなくて、後悔して、心に穴が開いた。傷だらけになっても止まれない、もっともっと自分を罰し続けた。…もう、いいでしょ? ラーズは、あの封印で自分を殺した。次はラーズが救われる番だよ」
「…俺は、救われちゃ……」
「私を頼りなよ!」
「え…」
「一人で救われなくていい。次は、私が助ける番」
「フィーナ…」
「ラーズのせいじゃない。苦しかったら頼って欲しい」
「…」
「ラーズはやって来たよ。死んじゃったみんなよりも、たくさんたくさん傷ついた。守りたい人たちのために、ずっとずっと頑張って来た。クレハナでだってそうでしょ?」
「俺は…」
「ラーズは責任感が強すぎるんだよ。何でも自分で出来るだなんて思わないで」
「…」
「出来ないこともある、それは当たり前のこと。そろそろ、自分を許してあげて」
「…」
「ラーズは、自分を憎むのに慣れていない。ううん、自分を憎み続けられる人なんていないんだから」
サバイバーズ・ギルトは、心的外傷の一種であり、責任感があり誠実な性格の者ほどなりやすい
また、失った者が大切な者であれば更にその罪悪感を増すこととなる
「ラーズ、見て?」
「あ…」
いつの間にか、夕日が黄金色になっていた
海が黄昏色に染まっている
シグノイアにいた頃に何度となく見て来た景色
久しぶりのその景色が特別な色に見える
「この景色も、1991小隊のみんなが守ったものだね」
「…」
「後悔よりも、1991小隊が成し遂げたことを評価してあげてよ。後ろばかり見ないで、前を向くためにみんなのことを思い出してよ」
「前に…」
「1991小隊は前向きだった。みんなして目標に向かって行くチームだったんでしょ?」
「うん…」
「みんなの思い出と、みんなが守ったこの風景で、ラーズの後悔を塗りつぶして。また、前向きに歩けるように」
「…」
「…私、前向きに頑張っていたラーズを好きになったんだから」
「フィーナ…」
目の前の、黄金色の風景
久しぶりに見たからか、勝手に涙が流れ落ちる
それは、嫌な涙じゃない
確かに、俺はいつの間にか、1991小隊の思い出で苦しんでいた
だが、その思い出は輝かしく温かいものだったはずだ
思い出せば幸せになれる、そんな居場所だったのだ
いつから、後悔しかできなくなったんだろう?
あの施設で忘れかけて後悔した
それなのに、また繰り返してしまっていた
こんなに美しい風景を守った、自慢の小隊だったのに
「ぁ……」
喉の奥から、嗚咽がこぼれる
…俺は泣いているのか?
ずっと、苦しんでいた
哀しかったから、悲しかったから
でも、今まで泣けることはなかった
「ラーズ、来て…」
「…」
フィーナが優しく俺を抱きしめる
フィーナの暖かさが伝わってくrう
込み上げる感情が、勝手に口から零れ落ちて来る
「お、俺、何もできなかったん…、みんな…、みんなが大好きだったのに…、全部終わってて…」
「うん…」
「肝心な時にいられなくて…、みんなのために戦えなくて…。何をしても、後悔しかできなくて……」
「ぐすっ…、うん…」
「う…あぁ…、みんなを…助け…かった……」
「うぅ………!」
フィーナが、俺と一緒に泣いてくれた
まるで、昨日のことのように思い出される後悔
俺はみんなを助けたかった
でも、それが出来なかった
それが悔しくて、悲しくて、どうしようもなくて
だから、言葉にして吐き出して、フィーナに聞いてもらう
そうか、これが助けてもらうってことなのかもしれない
自分の弱さを認めること
自分にできないことも認めること
…言葉にすれば、それが出来る
言葉にしなければ出来ないこと
「う…ぁ……ぁ………」
「…」
フィーナに抱きしめられて、フィーナと一緒に泣く
そうか、俺が望んでいたのはこの感情
死にたかったんじゃない
ただ、聞いてほしかっただけ
そして、声を出して泣きたかっただけなのかもしれない
………
……
…
「………」
ひとしきり泣いた
泣き続けた
「ラーズ…?」
フィーナが俺を呼ぶ
「うん…」
泣いた、ただそれだけで、気分が軽くなった気がする
日が陰り、薄暗くなっていく海
沖の方で、まだかろうじて残る黄金色
1991小隊のみんな…
みんながいないのに、この国は美しい
みんなが守った国だからかな
みんながいない、それが寂しいし哀しい
「フィーナ、ありがとう…」
「ん?」
寄り添ってくれた
それが嬉しかった
ただ、抱きしめてもらい泣いただけ
それだけで、世界が少しだけ変わって見える
泣くこと
それだけのことが、俺はずっと出来ていなかった
俺もマサカドも大切な者を失った
そして、泣いて悲しむことが出来ずに苦しんで来た
泣くこと、吐き出すこと
それは一人では出来ないことなのかもしれない
明けない夜は無い
止まない雨は無い
哀しみを受け入れるための準備がようやく始まった
…少しだけ、そう思えた
次は閑話です