十章 ~4話 シグノイア
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
魔法のじゅうたんが空を駆ける
龍神皇国に組み込まれ、現在は特別行政区となった地域、シグノイア
俺とフィーナが大学時代、そしてシグノイア防衛軍時代に過ごした国だ
「あそこが黒竜の山だよ」
「あれが…」
俺達のじゅうたんが東方向に飛んでいくと、北方向に山が見える
ヴァヴェルの名前の由来となった黒竜がいた山であり、大崩壊の際に大地震を起こした場所だ
「今は木々が生えて見えなくなっているけど、地震によって土砂崩れが起きて山肌が露出していたんだよ」
「そうか…」
俺が拉致されてから、一度も踏み入れていなかった土地
上空からだと、何も変わっていないように見える
しばらく進むと、フィーナがじゅうたんを降下させる
降り立った場所は、ある公園
南側に海が見える高台にある見晴らしのいい場所だ
「ここは…」
「私達の思い出の場所でしょ?」
「…」
この公園は、夕方に西側から夕日の光を受けて海が黄金染まる
その黄昏の景色が、俺は好きだった
俺とフィーナが学生時代から住んでいたアパートがここのすぐそばにあり、よく来ていたのだ
そして、俺がフィーナに告白した場所でもある
「さ、行きましょ」
「どこに行くんだ?」
「だから、ラーズが守ったものを見にだってば」
俺はフィーナに連れられて、公園から町に出る
「かなり復興したでしょ? ラーズが拉致されていた時から、ずっと工事が続いていたんだよ」
「あぁ…」
ここシグノイア、そして、北側のハカルは、大崩壊によって壊滅した
核爆発、五つの大災害、そして隕石という多重災害によって、百万人近い犠牲者が出たのだ
それを止めるために、俺はシグノイア防衛軍時代、1991小隊の一員として戦っていた
だが、力及ばずに大崩壊が引き起こされてしまった
そして、1991小隊は敵の部隊の集中攻撃を受けて壊滅してしまったのだ
「はい、チャイティーでいい? 好きだったもんね」
「あぁ…、ありがと」
俺達は、コンビニで飲み物を買って歩き飲みをする
「すごいでしょ? クレハナでは、内戦が続いてコンビニなんてなくなっちゃったんだから」
「そうだったな…」
大崩壊を経験したシグノイアの方が、内戦中だったクレハナよりも生活は豊かに見える
それだけ、復興が早かったということか
「復興が早かったのは、大崩壊直後に黒幕を特定できたおかげだよ。シグノイアとハカルは、そのおかげでここまで急激に復興したんだから」
「黒幕の特定で?」
大崩壊の元凶である、龍神皇国の貴族ムタオロチ家と神らしきものの教団
これらを特定したことで、龍神皇国騎士団によって壊滅させることに成功した
原因を突き止めて断罪することにより、生き残った国民、そして龍神皇国は勧善懲悪を成功したという構図となり、正義の名は復興への活力となった
元凶である二つの組織を魔王のごとき悪の根源と位置付けたことで、復興自体が弱きを助け犠牲者を救う正義の行動となった
そのため、とてつもない勢いでシグノイアとハカルは復興したのだ
「ラーズと1991小隊が戦い続け、情報を集めてセフィ姉に伝えてくれたからこそ、こんなに早く復興したってことだよ」
「…」
「そして、何より1991小隊のみんな、カヤノさんやサイモンさんがこの復興を望んでいた。1991小隊の活躍があったからこそ、被害者の数を最小限に止められたの」
「あぁ…」
復興を支援するため、シグノイアとハカルは龍神皇国に組み込まれた
現在は完全に立ち直り、それぞれが独立行政区として稼働している
みんなの力が少しでも復興の力になったのなら、それはとても嬉しいことだ
その死が無駄にならなかったということだから
…しばらく進むと、街の小さな公園のベンチに家族連れがいた
夫婦と女の子、そしてお母さんに抱っこされた赤ちゃんの四人だ
「シグノイアでも、赤ちゃんが生まれて育ってるんだな…」
シグノイアの大崩壊を見届けた俺としては、この光景は涙が出るほど嬉しい
「あ、お待たせー!」
「え?」
フィーナがその家族に手を挙げると、俺達の存在に気が付いたのかお母さんが手を振り返す
「ラーズ、みんなを覚えてる?」
「…ま、まさか……!!」
俺は、その家族の顔をよく見て固まってしまう
「ラ、ラーズ…!!」
赤ちゃんを抱いたお母さんの目に涙が溢れ出す
「やっと会えたな…」
そして、お父さんが顔を向ける
その手は女の子と繋いでいた
「オズマ…、メイルも…」
この二人は、共に大崩壊の生き残り
メイルは1991小隊の生き残り
生き残ったのは、俺とエマ、そしてメイルのたった三人だけだ
そして、オズマはシグノイア警察庁の公安に所属し、1991小隊と共に大崩壊の黒幕を捜査していた刑事
所属は違えど、間違いなく俺達の戦友だ
「ずっと心配していたの。大崩壊後にラーズが行方不明になったって…。やっと戻って来たと思ったら、また戦争に行っちゃったって聞いてたから」
メイルが言う
「メイルも無事でよかった。あの大崩壊の最中に別れたきりでしたもんね。…その赤ちゃんって?」
「ええ、私の二人目の子よ。名前はコウメ」
「コウメちゃん、女の子か…って、二人目!?」
「ええ、お姉ちゃんはそこにいるでしょ」
俺は、メイルが指す方向に目を向ける
すると、オズマと手を繋いでいる女の子が恥ずかしそうに俯いていた
「あ、お姉ちゃん…、ん? 今、何歳? 計算が…」
お姉ちゃんは、小学校低学年くらいに見える
メイルが大崩壊後に結婚したとして、ちょっと大きすぎないか?
「私とオズマの養子にしたのよ。ほら、サクラ。ラーズよ、覚えてるでしょ?」
メイルが言う
「…サ、サクラって……」
「そうよ。あなたがアパートの倒壊から救ってくれた子。大崩壊の後から、ずっと一緒に住んでいるの。もう、来年には小学校三年生よ」
サクラちゃんは、俺とフィーナが住んでいたアパート、メゾン・サクラの管理人さんの娘さんだった
だが、大崩壊によってアパートが倒壊、お母さんが帰らぬ人となった
俺は、たまたまメゾン・サクラに寄った時にサクラちゃんを保護できた
そして、メイルに託したのだ
「ほら、サクラ」
「こ、こんにちは…」
オズマが促すと、サクラちゃんはもじもじしながらも挨拶をしてくれる
「サクラちゃん、無事でよかった。…今は幸せかい?」
「うん…、お父さんとお母さんがいてくれるから…」
「そっか…、よかった…」
自然と、俺の目から涙があふれてくる
俺はそれを誤魔化すために空を見上げる
「あのね、妹のコウメは、私がサクラだからって同じ春の花にしてれたの!」
「うん、そっか…。二人とも女の子らしいかわいい名前だね」
あの時の穏やかな、幸せな、普通の生活が思い出される
大学の頃に産まれ、同じアパートに住んでいたサクラちゃんの成長は、俺にとってシグノイアでの生活の象徴のような気さえする
「ラーズ、ありがとう。1991小隊の活躍が無ければ、サクラもメイルも助からなかった。ラーズが来てくれていなかったら俺も殺されていた。お前達には感謝してもしきれない」
オズマが言う
「…俺は何もできていませんよ。……何も守れなかったんですから」
「何を言っているんだ? 現に、お前に救われた俺達がここにいるじゃないか」
「………1991小隊は壊滅した。サクラちゃんのお母さんも、シグノイアも、ハカルも、…多くの人が死んだ。俺が何もできなかったから…」
「ラーズ、それはあなたのせいじゃない。仕方のなかったことよ」
メイルが言う
「…俺は、本当に…何も……。俺にもっと力があれば…。」
「あの大崩壊を一人の力で止められるわけがないだろう。それでも、黒幕を突き止めるために出来ることをやった。お前は一人で働き過ぎたんだ」
オズマが心配そうに言う
「……あの時の隊舎の光景が、…臭いが、こびりついて離れないんです。俺は、感謝されるような人間じゃない。本来なら、この国に踏み入れてはいけない人間……」
「ラーズ…?」
サクラちゃんが俺の足の裾を引っ張る
「サクラちゃん、ごめんね。俺に力が無かったばっかりに、君を…」
「何で…?」
「俺が悪いんだ。サクラちゃんが…」
「…」
サクラちゃんが、俺の顔を見上げる
「俺…」
「わ、分かんないよぉ! でも、ラーズのせいじゃないもん!」
自分でも何を言っているのか分からない
ただ、サクラちゃんに謝りたい
そんな自分勝手な俺の言葉を、サクラちゃんが遮るように言う
「え…?」
「来てくれたもん! 怖かった時に助けてくれたもん!」
「…!」
「もう、悲しいこと言わないでよぉ!」
サクラちゃんが、俺の裾を掴んで泣き出してしまった
丘の上の公園 六章 ~31話 …フィーナ