九章 ~34話 クレハナ統一戦3
用語説明w
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
ナノマシン集積統合システム2.1:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。身体能力の強化、更に、左腕の銃化も可能
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス。大型武器の補助動力としても使用
マサカドが半歩踏み出す
「…」
「…」
互いに臨戦態勢、もう言葉はいらない
俺は、さっそくマサカドとの戦いのために仕込んで来たギミックを発動する
フオォォォ…
「これは…」
清められた清浄な霊力が周囲を包む
埋められた精霊石が周囲の霊力を浄化しているのだ
「…こんなもので、私の鬼神を止めるつもりか?」
「まさか、ただの嫌がらせだ」
俺は、手に持ったスイッチを押す
ビュオォォォォッ!
「…っ!?」
凄まじい冷気が吹き荒れる
周囲に配置した冷属性魔晶石が連鎖反応を起こして発動
更に、五芒星となって魔法陣を構築
強化作用によって凄まじい冷気を生み出した
「準備完了だ。さぁ、始めよう」
「一体、何を狙っている?」
「ただの嫌がらせだ、気にするなって」
データが仮想モニターに気温を表示してくれる
氷点下マイナス三十度、概ね計算通りだ
ズガッ!
「くっ…!?」
凄まじい踏み込みでマサカドが大剣を斬り下ろす
威力と速度を両立した斬撃
以前は全く見えていなかったが、ヒルデとの訓練のおかげでギリギリ見える
俺は1991を手放してサードハンドで保持
倉デバイスからイズミFを引き抜いて、至近距離からマサカドの右足の脛を撃つ
「ぐっ…」
衝撃で弾かれる右足
高速立体機動を一瞬だけ発動、その突進力で片足になったマサカドを引っこ抜いて投げる
マサカドの背中側の腕が動く、それを感じる
ヴァジュラによる雷撃、空中のマサカドの足を流星錘で引っかけて方向を変える
空に向って雷撃が飛んで行った
「はぁ…はぁ…」
くそっ、きつい
今のたった一回の戦闘で息が上がった
これは肉体的な疲れじゃない
精神的な疲労が肉体に現れているのだ
一瞬のミスが俺の命を削り取る
一瞬も気が抜けない、重厚で高密度な接触だ
マサカドが立ち上がり、再度剣を握る
バチバチバチッ!
ドガガガガッ!
ヴァジュラからの雷撃と、銃化した左腕からの弾丸が交差
俺は高速立体機動で鋭角に曲がる
同時に、1991のジェット斬り
ゴォッ ドガァッ!
「舐めるな!」
1991を大剣でガード、振り上げながら上段から斬る付ける
俺はその腕を掴んで回転、袖釣り込み腰で投げる
だが、マサカドは空中で体勢を整えて足から着地
俺はバックステップをしながら自己生成爆弾のノームを投げつける
ドッガァァァァン!
「ちっ…」
マサカドの舌打ち、当然ながらダメージはない
危なかった、中途半端な投げは自分の首を絞める
…だが、逆に考えろ
投げるところまではいっている
俺の武の呼吸はマサカドに通用しているということだ
高速立体機動
自分から仕掛ける
受けに回ったら精神的に押し切られる
1991の斬撃をフェイントに、手放して装具メメント・モリを物質化
顔、胸、腹への三連突き
発動直前のヴァジュラに銃化した左腕で弾丸をぶち込む
「くっ、ちょこまかと!」
マサカドが右腕で振り払う
ゴガァッ!
「ぐはっ…!!」
それだけで俺の体が吹き飛ぶ
闘氣の硬度と威力が容赦なくダメージを叩き込む
歯を喰いしばる
すぐに回復薬を飲み、痛みと疲労を散らす
…トリガーの高揚感を自覚する
死が身近にある
この興奮は、過去を一時的に忘れさせてくれる
大崩壊の記憶
忘れる恐怖と解放されたい願望、矛盾する苦しさ
死への恐怖と緊張感
それに伴う興奮だけが、この苦しさを消してくれる
ゴギィッ!
大剣、雷撃、そして蹴りとマサカドのコンビネーション
最後のケリが俺のわき腹を削る
「ごふっ…」
衝撃と苦痛
だが、俺はまだ生きている
俺が積み上げて来たものがマサカドに通じている
ズガァッ!
「がっ…!」
ついに、マサカドの大剣が俺の体を捉えた
バックステップの距離が足りず、肩から二の腕に線が走る
通常なら、この程度の傷くらい大したことはない
変異体であり、ナノマシンシステムがある俺なら死ぬことはない
だが、マサカドの大剣による斬撃は特技だ
霊属性を持ち、俺の霊体にダメージを与える
「…っ!!」
体が重い
霊体のダメージによって、一気にスタミナが持っていかれた
バチバチバチッ!
「ぐあぁぁっ!」
雷撃の一部が体を走る
ナイフを投げることで避雷針とし、なんとか軽減
回復薬をかけながら、横っ飛びで攻撃を躱す
一時的でも、無理やり傷を塞ぐ
「おらぁっ!」
ゴガァッ!
マサカドの顔に左フックを叩き込む
ほら見ろ!
マサカドの動きにも、こうやって隙があるんだ
何で俺ばっかりダメージを喰らってんだ
理不尽だろ!
自己生成爆弾のジンを発射、小型杖で軟化の魔法弾を撃つ
ドガガガガッ!
銃化した左腕での射撃
マサカドが構わずに斬りかかる
…今!
俺は呪印を発動、高速立体機動からの1991の振り回し
マサカドを通り過ぎて、背中側に1991を叩きつける、真・フル機構突き
ゴォッ… ズッガァァァァァァァァン!
「なっ…!?」
一瞬で呪印の発動を止める
使役対象達は、そのために周囲からの監視に専念させている
視界の提供とマサカドの観測、そして呪印の暴走対策に集中してもらっているのだ
吹き飛ぶマサカド
宙を舞う二本の腕
マサカドの背中側の腕が千切れて跳んだ
だが、マサカドの体に刃は喰い込んでいない
くそっ、闘氣で防がれたか…!
「…くっ、大したものだな」
「な、何だと?」
はぁはぁ…、くそっ、呼吸を整えろ
乱れていることを悟られるな
「そんな一発勝負の戦い方で、よくここまで戦える」
「…一般兵には、一発勝負なんて当たり前のことだ。銃弾一発、魔法の一撃で死ねるんだからな」
俺には闘氣がない
…才能がないから、一発勝負に賭けざるを得ない
そもそも、賭けないくていい勝負なんてあるもんか
マサカドが大剣を構える
腕が二本無くなったからと言って、特に動きに影響は無いようだ
ズガァッ!
ズパァッ!
ブォッ!
連続斬りが俺の体を掠める
避けるための体力が足りない
霊体のダメージが体力を奪っている
酸素が足りない
鼓動がうるさい
肺が爆発しそうだ
ゴキゴキィッ…!
「ごふっ…!!」
大剣を躱した直後にマサカドの蹴りが飛ぶ
俺の肋骨を叩き折りながら吹き飛ばす
「…っは…ぁ…」
血反吐を吐き出し、ふらつく足を酷使してすぐに立ち上がる
くそっ、怪我にプラスして頭痛までが襲って来た
トリガーのオーバーヒートの兆候だ
「いい加減に諦めろ。お前は良く戦った。だが、ここが限界だ」
マサカドが静かに言う
「…はぁ…はぁ……俺はまだ生きている……」
「ボロボロのその状態で、まだ戦えると?」
「…これくらいで音を上げてたら、死んでいった仲間に申し訳が立たないんだよ」
「…お前は殺すには惜しい男のようだ。残念だ」
「俺の目的はクレハナの統一だ、命くらいは差し出してやるよ。死ぬほど足掻くけどな」
「なぜ、クレハナとは縁もゆかりもないお前がそこまで戦うのだ?」
「男が頑張るテンプレなんて決まってるだろ。惚れた女や憧れた女、そして大切なしがらみのためさ」
フィーナのために俺が残せるもの
セフィ姉のために俺が出来ること
仲間達に伝えられること
今更自分の命なんて惜しまない
生き残ることを考えるな
次のことなんて考えるな
…この勝負に命を使い切れ
「おあぁぁぁっ!」
1991を叩きつける
爆弾、小型杖、モ魔、高速アイテム術
引き寄せの魔法弾と流星錘による高速立体機動
動き続けろ
それに意味がある
ゴガァッ!
「…っ!?」
マサカドの拳をラウンドシールドで受ける
いや、受けさせられた
ラウンドシールドが変形、左腕の骨まで衝撃が通る
銃化した左腕がひしゃげ、仕込んだ銃身が曲がった
くそ、左腕の銃化がつぶされた
だが、銃化した左腕で防がなかったら殺られていた
「これ以上粘るな。私はお前を認めている、無様に足掻かずに散れ」
「一般兵が無様じゃなかったことなんかあるか? 大地を這いつくばって進むのが仕事なんだよ!」
目や鼻から軽度の出血、毛細血管が破れたか
骨折と臓器へのダメージで体の感覚がなくなって来た
疲労が蓄積して、もう息をするのも辛い
マサカド相手の戦闘
張り付いて離れない、べっとりとした死
削られる気持ち、苦しさ
…さすがに、もうダメだろ
痛みと苦しさ、そして絶望感で、何度も諦めが頭をかすめる
そのたびに、死んでいった仲間たちの顔が浮かぶ
たった一人で敵に向かったコウ、たった一人で情報を残したヤエ
俺を見てくれたセフィ姉、一人で戦っていたフィーナ
マサカドに負けるのはいい
だが、俺の都合では負けられない
…自分で負けだと決めつけることだけは出来ない!
ブルル…
「…」
マサカドの体が震える
その息は真っ白、吹き荒れる冷気がこのフィールドを満たしているからだ
マサカドが大剣を構える
俺を相手に油断はない、確実に殺しに来ている
その目を見て、表情を見て、俺は改めて悟る
俺とマサカドは同類だ
「…俺が羨ましそうだな」
「何だと?」
マサカドが怪訝な顔をする
マサカドの眼
まるで、マサカドの本心が伝わってくるようだ
こいつは強く、ずっと勝ち続けて来た
だからこそ、自分で理解していない
ヒルデに負けたことで、初めて無自覚に表情に現れた
ここまで強くなければ気が付くことが出来た
俺と同じ弱さ
…俺もマサカドも、弱い部類の人間だったらしい
「言っただろ? お前が望んでいることを教えてやるってな」
「まだ戯れ言を言う元気があるとは驚きだな」
マサカドの吐く白い息が増えている
それは、すなわち排出される熱量が増えていると言うこと
「…お前達Bランク以上の超人達は人体を過信しすぎる。闘氣があろうが、人体の構造は変わらないんだ」
苦しい
痛い
諦めたい
だが、気持ちを切らさない
燃やし尽くす
これで最後だから
準備は終わった
後はマサカドに教えるだけ
本当に望んでいることを
そして、一般兵の力をだ
魔法陣の強化作用 閑話25 証拠探し
次話、九章最後
クレハナ編終了になります!




