九章 ~30話 偶然?
用語説明w
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
フィーナ:B+ランクの実力を持ち、漆黒の戦姫と呼ばれるウルラ最高戦力。仙人として覚醒、宇宙戦艦宵闇の城をオーバーラップ、更に複合遁術を習得した大魔導士。ラーズとの別れを選んだ
※シーベルの演説まであと三日
「あ、ラーズ! ちょっと出てこれる?」
突然、ミィに呼び出された
昨日、ロンを送って空港まで行ったが、最近はそれ以外で町には出ていない
実戦訓練のために戦闘現場に行くか、ひたすら廃校で訓練を繰り返すだけの生活だ
最後に街に出たのは…
タルヤが誘ってくれた時か
タルヤにも感謝だ
俺なんかを気にかけてくれた
だからこそ申し訳ない…
待ち合わせはオープンカフェ
草原にテーブルが置かれている、龍神皇国のファブル地区によく見られる店だ
「ミィ、お待たせ。急にどうしたんだ?」
「ここ、騎士団の経済対策団が出資している会社のお店なの。実査も兼ねてね」
「相変わらず、いろいろやってるんだな…」
俺は席に着く
メニューもファブル地区と同じ感じだ
少し懐かしく感じる
「チャイにしようかな」
「…なんか、雰囲気が変わったわね」
そう言いながら、ミィが注文をしてくれる
「雰囲気?」
「ええ、何て言ったらいいんだろ。落ち着いたというか、憑き物が取れたというか…」
「そうかな? 単純に、マサカド対策に集中しているからじゃないか」
「うーん、龍神皇国にいた頃の危うさみたいのが無くなっている感じがする」
「もう、やるしかないからな。覚悟が決まっただけだよ」
「まぁ、いいわ。これ、使える?」
ミィが丸い物を取り出す
「お、氷結爆弾か」
「ええ、ラーズが言っていた通りにカスタマイズ出来たわ」
「魔法効果は?」
「冷属性の魔晶石でやれる」
「…B+ランクに効くかな?」
「うーん…、まぁ、人間である以上、効果がない訳はないと思うけど…」
「分かった、準備を頼むよ」
「もう取り掛かってるわ。でも、温度を下げるだけでマサカドが何とかなるとは思えないんだけど」
「それだけで倒せるわけないだろ。あくまで、マサカドの能力を抑える環境作りだよ」
「私がやれることはやってあげるけど。…正直不安しかないわ。ラーズが勝てるビジョンも見えないし」
「…」
対マサカドの作戦は決まった
ミィに頼んだマサカド対策の仕込み
カンナ様の封印と共に俺の命綱だ
・・・・・・
ミィが支配人と話してくると言うので、俺は一人でチャイを飲みながらまったりとしている
…ずっとマサカド対策に集中して来たから、こんなにのんびりするのも久しぶりだな
すると、誰かが俺の席に近づいて来た
ふと目を上げると、それは黒髪の女性
俺の顔を見て固まっていた
「ラーズ…!?」
「え、フィーナ!?」
お互いに、間抜けな声を出す
「…」
「…」
何とも言えない沈黙が流れる
いつから、フィーナとこんな感じになっちゃったんだろう
あんなに、気を遣わずにどうでもいい会話をしていたのに
「ミィ姉に呼ばれて来たんだけど、まさかラーズに会うと思わなくて…」
「俺もミィに誘われてきたんだ。ミィ、店の人と話してるからすぐ戻って来るよ思うよ。座って待ってたら?」
「え、でも…」
「いいよ。ミィが戻ったら、俺はもう帰るから」
「う、うん…」
フィーナが席に着く
しばらくボーっとしていると、フィーナが頼んだカフェラテが運ばれてきた
それを手に取って、フィーナが口を開く
「…どうなの、修行は?」
「うん、なんとかやってる。大丈夫とは全然言えないけど」
クレハナの覇者を決める最後の戦い
時雨砦攻めの布陣は決まった
マキ組長が灰鳥城にも伝えてくれている
俺は砦近くの、マサカドを迎え撃つフィールドで待機
マサカドと一般兵である俺の戦いは、ナウカ軍にも知れ渡っている
ウルラとナウカの両軍は、マサカドが俺を仕留めた後に本当の戦いが始まると踏んでいる
すなわち、俺との戦いなど前座
直後の、マサカドを含めたナウカのBランクとフィーナ達ウルラのBランクの激突が本番だという認識だ
「…マサカドと一対一、やっぱり無謀だと思う。どう考えたって危険だよ、ラーズの作戦は」
「無謀には違いない。でも、それが一番確実だろ? それに、俺には微かにチャンスがあるとも思ってるんだ」
「チャンスって?」
「付け入る隙がマサカドにはあるってことだよ」
「…一般兵のラーズが付け入る隙って何?」
フィーナがカフェラテから顔を上げる
「求道者にしか分からないよ。言語化が難しいから」
「求道者?」
「…まぁ、フィーナは気にしなくていいって。俺が負けたって王家は損しない。俺達を使って内戦を終わらせてくれればいいだから」
「…指導者なんて、もう嫌だな」
「え?」
フィーナがため息をつく
「何かを犠牲にしながら国は良くなっていく、それは間違いない。でも、この内戦はウルラもナウカもコクルも悪くない。だから、何かを犠牲にするのが辛いの。…パニン父さんが大ケガした時、本当にそう思ったから」
「…それでも、内戦を終わらせないと他の誰かが犠牲になるんだろ?」
「…」
フィーナが、またカフェラテに目を落とす
まだ、目を覚ましていないパニン父さんのことを考えているのだろう
「俺達一般兵は、文字通り国のために命を懸けている。その命と意志を無駄にしないでくれ」
「うん、分かってる」
心地いい風が吹く
クレハナはこれから初夏に向かって行く
虫系モンスターの繁殖期も終わり、モンスター退治の要請も落ち着くだろう
「フィーナ、ありがとな」
「え?」
フィーナが俺の言葉に顔を上げる
マサカドと戦う前に、フィーナに伝えておきたいことがある
「俺はフィーナに救われた。辛かった時、フィーナがいてくれて本当に助けられた。そして、フィーナが俺がいない間に探してくれていたと知って本当に嬉しかったんだ」
「そんなこと…、当たり前だよ」
「今思えば、俺は本当に幸せだったんだなって思えるよ」
「ラーズ、急にどうしたの? まるで死んじゃうみたいに…」
「いやいや、死ぬつもりは無いんだけど。危険性は高いし、ちゃんと言っておきたいなって」
「…私も幸せだったよ。ラーズが帰って来て、また二人で住めて。でも、幸せを感じれば感じるほど、クレハナの現状を無視できなくなった。ドース父さんだけに任せてられないって分かったの」
「うん、それは正しいと思うよ。俺もクレハナに来て、初めて内戦の酷さが分かったから」
フィーナの眼は、何か思いつめたような危うさがある
内戦の結果、その責任
犠牲になった者たちへの後悔
フィーナが頑張ってきたことは分かる
その小さな背中に国と言う大きなものを背負って来た
その重荷を少しでも減らしてやりたい
そのために俺は戦って来た
そのことに、なにも後悔はない
そして、これからも後悔なんてしない
「…私、ラーズに死んでほしくない。ラーズにだけは死んでほしくないの」
フィーナが言う
「騎士学園の頃の俺の夢、覚えてるか?」
「え、急に何? …セフィ姉と一緒に戦える男ってやつでしょ」
「違う、もう一つの方。俺はフィーナやヤマト、ミィと一緒に騎士になるって言ってただろ」
「あぁ、言ってたね。勝手に諦めちゃったけど」
力不足を痛感していた俺は、チャクラ封印練を行って騎士の道を諦めた
それは、騎士とは違う強さを探してセフィ姉と戦える男になるという夢を優先したからだ
「諦めたわけじゃないっての。でも、今の俺って騎士っぽくないか?」
「どういう意味?」
「フィーナ姫のために、マサカドと言う魔王に挑むんだ。おとぎ話っぽいだろ」
「…私は、別にラーズに騎士なんて求めてないよ」
「え?」
「私は、ただ一緒にいてほしいだけ。一緒に映画を見て、ゲームして、散歩をしてくれる、そんなラーズとの生活が好きだった」
「フィーナ…」
「私が幸せを感じた、そんな生活をクレハナに取り戻すために私は姫に戻ったんだから」
フィーナは、静かに飲み終わったかカップを置く
その顔には、悲壮感がある
「…フィーナ、任せろよ」
「え?」
「マサカドは俺が相手をする。俺だからそれが出来るんだ。フィーナ達は確実にシーベルを捕まえられるようにさ」
シーベルが時雨砦に姿を現し、演説を行う日
それが、ウルラとナウカの最後の戦いとなる
ウルラ軍は時雨砦とその周辺地域を攻撃する
全兵力を集中しているナウカ軍とは、大きな戦いとなるだろう
全戦力を費やしてシーベルを確保できなかった場合、ナウカ軍の実力は評価され、ウルラ軍の士気は下がる
その結果、ナウカのゲリラ戦が続くことになる
そんな激戦は、俺とマサカドとの戦いで火蓋を切る
俺の全てを懸けた戦い
それは、フィーナとウルラのために俺だけが出来ることだ
「…ラーズ、私……」
フィーナが何かを言いかける
だけど、時間だ
俺は席を立つ
「フィーナ、最後に話せてよかった。また、スンブ地方で会おう」
「え、あ…」
フィーナは、ラーズの後ろ姿を見つめる
…話せてよかった
ずっと、嫌われたと思っていた
ずっと、恨まれていると思っていた
でも、またいつか、前みたいに…
「おい」
「ふぇっ!?」
俺は、物陰で隠れていたミィに背後から忍び寄る
「お、脅かさないでよ!」
「…妙な気を使いやがったお返しだ」
ミィは、俺とフィーナが二人っきりで話させようと企んでくれたようだ
そのお返しに、背後から忍び寄ってやったのだ
忍びを舐めるなよ?
「…じゃあな。感謝だけはしておく」
フィーナと話せてよかった
久しぶりに、自然体で話せて楽しかった
「フィーナはラーズのこと…」
「俺はマサカドと戦うんだぞ?」
「…」
死ぬかもしれないのに、無責任なことは言えない
…最後になるかもしれないし、フィーナと普通に喋れたことは嬉しかった
俺はミィの気遣いに小さく感謝しつつ、廃校へと戻る
マサカド対策を詰めなければいけない
パニン父さん 六章 ~25話 重傷者