九章 ~28話 目覚める感覚
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ナノマシン集積統合システム2.1:人体内でナノマシン群を運用・活用するシステム。身体能力の強化、更に、左腕の銃化も可能
★シーベルの演説まであと十日
マキ組の拠点である廃校に俺が一人で残っている
他のマキ組のメンバーは全員が出撃中だ
俺はマサカドとの戦いを控えているため、全ての出撃を免除された
マサカド対策に集中できるようにという配慮で、大変ありがたい
相手は強大なB+ランクであり、時間はいくらあっても足りないのだ
俺は校庭に出て、錆びた朝礼台の前に立つ
「ふぅぅ…」
静かに息を吐く
俺は目を閉じて自分の体に意識を向ける
身体の調子がいい
明らかに以前とは違う
何が違うのかを上手く言葉にできるわけではないのだが、覚醒しているというか、意識が行き渡っているというのか…
マサカドとの戦いを前に、以前とは比べ物にならないくらい思い通りに体が動くのだ
ギュイィィィン…
ナノマシンシステム2.0を発動
滑らかな動きで身体能力が強化される
続けて、ナノマシンシステム2.1で左腕を銃化
これも素早く滑らかに変形する
ずっと付き合って来たナノマシンシステムだが、今までよりも動きが良くなった
次に、俺は静かにトリガーを発動する
トリガーとは、変異体の身体機能の一つだ
トリガーの名の通り、身体の引き金でありスイッチ
この引き金を引くと、脳内物質の放出、集中力の増加、心拍数が増大、身体が活性化する
だが、この能力は本来潜在的な能力であり、普段は発揮されない力
危険に瀕した際の火事場の馬鹿力として発揮される能力だ
脳の処理能力、認知能力の向上、興奮作用によって疲労感や痛みを一時的に抑え、身体能力のリミッターが外れて通常よりも大きな力を出せる
しかし、当然体に大きな負荷がかかるため筋肉や靭帯の断裂、血管の損傷、血流の増加により心臓や腎臓、肝臓等の内臓にダメージが蓄積する
変異体と言えど、リスクのある身体能力の強化だ
以前は怒りや恐怖によって勝手にトリガーが発動、暴走してしまうことが多かった
しかし、軽度の常時発動や意識的な発動の繰り返し訓練によって、最近は暴走のリスクも減り、意識下での制御ができている
そして、次は呪印の発動だ
「やるぞー、頼むな!」
俺は、校庭で思い思いに過ごしている使役対象達に思念を送る
俺は体の中に呪印の存在を感じる
「…」
呪印に意識を向け、目の前の空間に目標を設定
瞬間的に呪印を発動する
ボッ!
俺が繰り出した正拳突きが、目の前の空気を弾き飛ばす
呪印の力が乗ったため、とんでもない量の空気が吹き飛び、その空間に風が舞い込む
「ガウ」「ヒャン!」「…」
その直後、フォウルとリィ、竜牙兵からの思念が届き、それに反応するように呪印の発動を止める
呪印の闘争心を向ける目標の設定、そして、仲間の思念を受ける暴走のセーフティシステムと脳ミソガード
この二つによって、瞬間的な呪印発動が実現した
この呪印の極短時間発動を身につけたことで、呪印の暴走リスクを最低限に抑え、攻撃に活用できるようになったのだ
極論、呪印の力はインパクトの瞬間に乗っていればいいわけで、瞬間的な発動で充分だ
「ふぅ…」
俺は、また体に意識を向ける
自分の体との対話
やはり、以前とは違う
仕上がってきている
明日、エマの検査結果が出るらしいので、何か分かるのかもしれない
だが、一番変わったのは精神面
積んで来た今までの鍛錬と経験が一つになり、形になって行く感覚
その自信とワクワク感が俺を変えたことは間違いない
・・・・・・
廃校にやって来た人影
茶色い髪をした巫女装束の女性であり、大きな美しい狐を釣れている
「カンナ様、わざわざすみません」
「構わぬ。お主がマサカドに勝てばナウカの士気は地に落ちよう。そうすれば、クレハナの内戦は名実共に終わることになる」
「カンナ様にも、この内戦が関係あるのですか?」
「私はアイオーン・プロジェクトに参加しておる。この内戦が終わらないと、発案者であるセフィリアがアイオーンに専念できないのでな」
そう言いながら、カンナが美しいまだら模様のナイフを取り出した
「俺のダマスカスナイフ…」
「うむ、一週間以上の時間をかけて、私の最高傑作である大容量霊体封印術を施した。まともに発動すれば、マサカドを鬼神ごと封殺できるであろう」
「…ありがとうございます」
俺はダマスカスナイフを受け取る
これは、対マサカドの最終兵器だ
この封印術でマサカドを倒せなければ、俺の負けは確定する
一般兵である俺には、他にマサカドを倒す術はない
「当たり前の話だが、その封印術は霊体を持っている存在全てに作用する。巻き込まれれば、使用者であるお主も死ぬぞ。どうするつもりなのじゃ?」
「複数のパターンを考えています。後は、本番でどれかを実行できれば…」
カンナ様の封印術は、霊力による局所的高威力爆弾みたいなものだろう
使い処が大切だ
「お主はセフィリアが目をかけている数少ない人間の一人じゃ。こんな所で命を落とすでないぞ?」
「いや、こんな所でって、かなりの高難度ミッションですけど?」
「そう言えば、マサカドを迎え撃つ地点が決まったぞ」
「どこですか?」
「ナウカ領スンブ地方、シーベルが演説を行う時雨砦から近い、ウルラが占領している一角に場所を作る。そこにマサカドを誘い込んで迎え撃つ」
「はい…」
その時雨砦で、ナウカ軍の総力とウルラ軍の総力がぶつかり合うということ
マサカドが来ることが分かっていれば、周囲にBランクを配置できる
フィーナやヤマト、ジライヤなどの強力な戦力を、シーベルの確保と分けて、マサカドを仕留めるために使うことが出来る
マサカドが一般兵である俺を仕留めるという噂は、しっかりとナウカで流されている
マサカドは俺を仕留めに来ざるを得ない…と、思う
だが、ウルラとナウカの大事な戦いの最中に、本当にマサカドが一般兵である俺を倒しに来るのだろうか…?
いや、来るだろうな
そのための餌を言葉で撒いた
マサカドは俺と言葉を交わしに来る
その確信がある
そして、俺を殺した後にウルラ軍に特攻でもするつもりなのだろう
「…カンナ様。この封印術がしっかり発動すれば、マサカドを倒せるんですよね?」
「馬鹿を言うな、無理に決まってるだろう」
「えぇっ、無理なの!?」
話が違う!
対マサカドのキーアイテムだと思っていたのに!
「相手はB+ランクだぞ? 封印の一撃で倒せるなんて虫が良すぎる。だが少なくとも、この術式で憑依した鬼神を封殺、大幅に弱体化させることは出来るだろう」
「弱体化…」
マサカドは名もなき鬼神を憑依させている魔人
四本の腕で強力な攻撃を繰り出してくる
まず、鬼憑きの術を破らなければ話にならない
しかし、鬼神が無かったとしても、マサカドは仙人となったB+ランク
魔人化はあくまで強化能力、無かったとしても普通に強い
改めて、俺は無謀な戦いに挑もうとしていることを痛感する
「情けない顔をするな。すでに出来る準備は始めている」
「準備?」
「うむ、まずは鬼憑きの術対策として、迎え撃つフィールドの浄化を開始した」
「浄化…」
霊力による浄化
純粋な霊力には、本来属性はない
電力や重力に属性がないのと同じだ
だが、霊子には聖方向や魔方向(つまり、生命力の向上、減少方向)へと片寄る性質がある
そして、マサカドの鬼憑きの術は魔属性方向へと片寄っている
普通に考えるなら聖属性をぶつけると思うが、結論は違う
純粋な霊力、つまり属性的に偏っていない霊力をぶつけるのだ
聖属性と魔属性は、中和もされるが、お互いに耐えることもできる
だが、純粋な霊力は耐えることができない
霊力現象として、勝手に浸透していき属性を薄めてしまうからだ
それこそが浄化であり、鬼神を弱体化する方法の一つだ
「すでに精霊石を埋め込んでの土地の浄化、更に祈祷と浄化術式を現地で始めている。戦いの場を、当日までに浄化された神殿のような環境に仕上げておく」
「そんな環境、簡単に作れるんですか?」
「数百万ゴルドのコストがかかるじゃろうな」
「そ、そんなに…」
浄化された環境とは不自然な環境だ
当然、神殿や神社仏閣等、特別な建造物が無ければ散逸して周囲の環境に飲み込まれていく
つまり、定期的に精霊石を使い、祈祷や浄化術式を行う必要があるのだ
「マサカドを足止めできれば、ウルラ軍にとっては大きなメリットとなる。ドース殿も了解し、ウルラの王家から資金は出してもらっておるぞ」
「そ、そうですか…」
浄化によって、少しでもマサカドが弱体化してくれるならいいんだけどな
ありがたい、いつかドースさんにもお礼を言いに行かねば
「カンナ様の封印術で、マサカドを仕留めることは絶対に無理なんですか?」
「先にマサカドを弱体化しておく、ダメージを与えておくなどの条件があれば可能じゃ」
「なるほど…」
「封印術の真価は霊体へのダメージじゃ。例えば、先に肉体へとダメージを蓄積させ、闘氣を弱体化させておけば、鬼神ごとマサカドを封印することもできる可能性はある」
「…」
やはり、フル機構攻撃は必須だ
マサカドへダメージをぶちこみ、その後に封印術に巻き込むのが現実的だ
「この封印術は一回だけの使い切り。一発勝負で確実に当てることが必須条件じゃからな?」
「一発勝負には慣れてますから」
「ほぉ…」
マサカドの猛攻を掻い潜って封印術を当てる
しかも、闘氣に阻まれずに、だ
超高難度ミッション
…だが、俺は最悪負けてもいい
目的は、シーベルを引きずり出すことなんだから
戦場のど真ん中で、俺がマサカドを待ち受ける
…後は、フィーナやヤマト、ジライヤ
マサカドに匹敵するウルラのエース達を、どこに配置するかだ
封印術 九章 ~24話 英雄の実像




