九章 ~27話 呪印への理解
用語説明w
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス。大型武器の補助動力としても使用
イズミF:ボトルアクション式のスナイパーライフル。命中率が高く多くの弾種に対応している
エマ:元1991小隊の医療担当隊員。医師免許を持ち回復魔法も使える
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
※シーベルの演説まであと十四日
今日はエマの診察と検査を受けた
だが、エマと会う本当の理由は別にある
それは、エマからの依頼のためだ
「エマさん、この先ですか?」
「はい…、この森は薬草が多くて調査対象になっていて…」
エマとマキ組長が話している
めずらしい組み合わせだ
この話を持って来たのはミィだ
クレハナは自然豊かな国であり、山林も多く漢方薬や霊薬の原料となる植物が多い
そのため、クレハナにやって来ていたエマは折を見て独自にフィールドワークを行っていた
そして、ある山の調査に来た時に一匹のドラゴンを見つけたのだ
そのドラゴンの名は、メタリ=アンキロウム
固い甲殻を持つ鉱石竜の一種で、毒のブレスを吐く
縄張り意識が強く、近づいたら襲われることは間違いない
そのため、エマとミィが調査と植物の採取のためにマキ組に討伐依頼を出したのだ
「エマ、俺の顔に何かついてる?」
エマがじっと見て来る
「ラーズ、身体におかしなところはない…?」
「いや、特にないけど。検査でも問題なかったんだろ?」
「ええ…、特に問題は…。でも…、ううん、何でも…」
「いや、待ってよエマ。医者が言葉を濁すことがどれだけ恐怖を与えるか知ってる?」
「その…、何かあるわけじゃないの…。ラーズの体に、何か違和感を感じる…経験的なものなんだけど…」
「違和感?」
「検査上は問題ない…、でも、何かが違う…気がする…。でも、それが…なにか分からない…」
「うーん?」
「ごめんなさい…、私も良く分からなくて…」
そんな話をしていると、先行していたマキ組長が足を止めた
「いました、鉱石竜です」
「了解、さっそく始めます」
「ラーズ、気を付けて…。ロン君がもう少ししたら遊びに来るって言っていたから怪我しないで…」
エマが心配そうに言う
「分かってる。気を付けるよ」
エマが心配する理由
それは、単純に鉱石竜が強い部類のドラゴンだから
そして、俺が単独で討伐に挑むからだ
「フォウル、リィ、竜牙兵、配置についてくれ。データ2はあの斜面を上がって待機、合図したら弱体化に専念だ」
「ガウ」「ヒャン」「…」「ご主人、了解だよ!」
使役対象達がそれぞれ返事をして散っていく
絆の腕輪を通して、フォウルとリィ、竜牙兵の視界と感覚を共有
多角的な情報が入って来る
鉱石竜メタリ=アンキロウムの姿を捉えた
全長十五メートルほど、胴体は幅が広く樽状、背中に棘が生えた金属質の甲殻を有している
四肢は短いが頑丈、口の先端は金属質の鋭い嘴となっている
特徴的なのは尻尾のこぶだ
鉈のような刃が付いており、叩きつけられたら普通に斬殺されそうだ
「ラーズ、仮想マサカド戦です。呪印を使いこなして見せなさい」
マキ組長が言う
「はい、見ていてください」
俺はメタリ=アンキロウムを見据える
そして、意識に倒すべき対象として刷り込む
俺の呪印はドラゴンの闘争心を司る
発動すると、力と引きかえに暴走を起こすほどの激しい怒りに囚われる
その対抗策として、使役対象達の思念を絆の腕輪で受けることで我に返り、理性を保てる時間を少しでも増やしているのが現状だ
そして、呪印を暴走させずに力を使うための訓練に時間を費やして来た
その成果を今から試すのだ
「クオォォォォッ!」
メタリ=アンキロウムが吠える
俺を敵と認識、縄張りからの排除に動き出す
俺は1991をサードハンドで浮かせ、イズミFを構える
ドォン!
「…っ!?」
疑似アダマンタイト芯徹甲弾が弾かれた
あの甲殻、とんでもない硬度だ
それなら、俺の最高火力である1991を叩きつけるしかない
…何度も呪印を発動してきて分かったこと
それは、呪印を理解する必要があるということだ
ただ怖がる、それでは何も理解できないし改善しない
呪印によって暴走してしまう
それはなぜなのか?
それを知るために、俺は呪印の闘争心にとことん付き合った
何度でも暴走し、何度でも繰り返す
その結果、仲間たちの思念も強力になり、少しだけ暴走しないように耐えられるようになった
そして、ようやくわかったこと
それは、ドラゴンの闘争心には相手が不可欠だということだ
呪印から流れ込んでくる怒りと闘争心
これは一体どこへ向っているのか?
…俺は、メタリ=アンキロウムを見据える
これから、俺とお前は縄張りを懸けて殺し合う
俺は生き残るためにお前を倒すことに集中する
殺意と、怒りと、闘争心をメタリ=アンキロウムに集中
緩慢だった闘争心、ただ膨れ上がり体を駆け巡っていた激情が、倒すべき一点に向けられる
そう、これが俺に足りなかったもの
そして、呪印を使いこなすために必要だったもの
明確な殺意の目的、対象への集中だ
ブオォォォッ!
高速立体機動、一気にメタリ=アンキロウムに接近
流星錘アームから錘を射出、紐の張力と遠心力によって急カーブ
メタリ=アンキロウムの首筋に、1991をジェットで突く
ゴゥッ ズドォォッッ!!
「クオォォォォォッ!!!」
メタリ=アンキロウムが悲鳴を上げる
1991がざっくりと首筋に刺さった
「…っ!!」
俺は、仲間たちの思念を受けてすぐに呪印の発動を止める
…この攻撃はフル機構攻撃ではない
ただの高速立体機動とロケットブースターによるジェット突きだ
俺は、呪印の力を1991に乗せて疑似闘氣を構成
1991を強化したために、メタリ=アンキロウムの甲殻を貫いたのだ
だが、1991が硬質な甲殻に挟まって抜けない
サードハンドと俺の全力をもってしてもびくともしない
しかも、メタリ=アンキロウムが暴れ回るために振り落とされそうだ!
…仕方がない、それなら追加攻撃で甲殻を割る
俺は、パイルバンカー機構のスイッチを入れる
ズッガァァァン!
1991の刃体が扇のようにせり出す、フル機構斬りに使うパイルバンカー機構によって甲殻が砕ける
俺はすかさず1991を引き抜き、再度構えを取る
「クオォォォォッ!」
メタリ=アンキロウムが吠える
…お前は俺の獲物だ
明確な闘争相手に対し、殺意を束ねて叩きつける
それが、竜の闘争心の使い方だ
俺は再度呪印を発動
攻撃に呪印の力を乗せ、すぐに発動を止めれば暴走はしない
そして、闘争心をぶつける対象を明確に決めることで、暴走のリスクを更に減らすことができる
明確に怒れ、そして結果に反映させろ
「がぁぁぁぁぁっ!」
俺は吠える
呪印の殺意を込めて、生存競争を勝ち抜く
1991が仄かに光る
スピリッツ装備として俺と一体化、呪印の力を乗せ、更にサイキック・ボムを構成
やっとここまで使いこなせるようになった全ての力
全てを乗せた、真・フル機構突きだ
「おあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ゴゥッ… ズッガァァァァァァァァン!
1991がドラゴンキラーの特性を遺憾無く発揮、メタリ=アンキロウムの首が衝撃で飛ぶ
そして、俺は油断しないで、すぐに呪印の発動を止めたのだった
・・・・・・
山を下りると、ミィが待っていた
「あら、早かったわね」
「ミィ様、依頼は達成しました」
マキ組長が言う
「確認したわ。良かったわね、エマ」
「ええ…、あの山は野草が多いから、調べるのが楽しみ…。ありがとう…」
エマが、俺とマキ組長に頭を下げる
「いいんですよ、報酬はもらいましたし」
マキ組長がエマと話し始める
「ラーズ、お疲れ様」
ミィが俺に言う
「ああ、思ったよりすんなり終わった」
「鉱石竜メタリ=アンキロウムって、Bランクでも強い方よ? 頼んでおいてあれだけど、一般兵がよく倒せたわね」
「まぁ、修行してるからな」
「普通は、修行でどうにかなる相手じゃないから」
「俺はマサカドと一対一で戦うんだぞ? 鉱石竜になんか負けてられないよ」
「…それも無謀だと思うんだけど、今更よね。ラーズ、前に頼まれたものが出来たんだけど使える?」
「え?」
ミィが丸いものを取り出す
「これ、何?」
「分からないの?」
ミィが呆れたように言う
「ただ丸いだけの物体が何かなんて分かるか!」
「…これは氷結爆弾。あなたのお仲間が考えていた設計図から作ったものじゃない」
「え、これってコウの?」
氷結爆弾
超高圧のガスが封入されている特殊な爆弾
中の高圧の気体が開放され、急激に気圧が下がることで周囲の気温を一気に下げる
更に、冷属性魔力を封入して冷却効果を上げている
「そうよ。B+ランクのマサカドに効くとは思えないけど、何かの役に立つかと思って持って来たの」
「そうか、ありがとう」
コウの残した設計図が形になった
それが嬉しく感じる
これだけではマサカドには効かない
でも、あれと組み合わせれば…
「…ラーズ。ヤマトは例外だけど、私達龍神皇国の騎士はクレハナの戦場には出れない。…死ぬんじゃないわよ?」
「分かってるって」
俺は、残り二週間を切ったマサカド戦に向けて、修行を続けるのだった
氷結爆弾 八章 ~2話 音声ファイル
ミィへの依頼 九章 ~2話 職人の熱意