九章 ~22話 マサカド対策
用語説明w
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
「ラーズ、どうしてこんな交渉を?」
公約通りにマサカドを見逃した後、セフィ姉が俺を問い詰める
「…俺がセフィ姉やフィーナに恩を返せるのは、これくらいしかないと思ったんだ」
「シ―ベルを表に出すのはいい。私が言っているのは、あなたがマサカドと戦うということ…!。相手はB+ランクでヒルデとやり合えるほど実力も高い。一般兵のラーズが勝てる相手じゃないわ」
セフィ姉が言い切る
「別にそれは構わない。マサカドとの再戦は、ウルラにとって利がある。俺は身も心もセフィ姉とフィーナに救ってもらった。本当ならとっくに壊れていてもおかしくなかったんだ、今更怖がらないよ」
「ラーズが殺されるような条件を、私は認めないと言っているの」
セフィ姉の目つきが険しくなる
「セフィ姉、俺は負けるつもりはないよ。マサカドは俺が相手をしなきゃダメなんだ。俺のためにも、マサカドのためにもね」
「…どういう意味?」
「俺とマサカドは似た者同士ってことさ。それに、ウルラと龍神皇国にとって、俺をリスクにシーベルを引きずり出せたなら安いものだよ」
シーベルを捕まえられるチャンスは貴重だ
その機会を、俺の命を質に入れるだけで手に入れられる
俺が負けて殺されたところで、一般兵が一人消えるだけ
ウルラ軍にとっては大した損失ではない
なんてコストパフォーマンスがいい条件なのだろうか
「ラーズ、私は…」
「分かってるって、俺は自殺するつもりはない。これから一か月間、徹底的に対策を練る。そして、俺の全てをマサカドにぶつけるよ」
「…」
「俺は嬉しいんだ。セフィ姉とフィーナのために出来ることがある。しかも、これは他の誰にも変わることができない、マサカドが執着する俺にしかできないことだからね」
心が軽い
やることが決まったからか
一度死を覚悟したからか…
改めて、俺はセフィ姉とフィーナに対しての感謝の気持ちが溢れてくる
俺を見てくれてありがとう
やさしくしてくれてありがとう
…辛い時、くじけそうな時、つぶれそうな時に、手を差し伸べてくれてありがとう
「小僧、正気なのか?」
ジライヤが言う
「…お前には関係ない。気安く話しかけるな」
「お前、これがウルラにとってどれだけ大きなことか…!」
「それはセフィ姉とフィーナに話す。お前が関わることじゃない」
「なっ、貴様…」
「知らなかったのか? 俺もお前が嫌いなんだ、都合のいいときだけ関わって来るんじゃねーよ」
俺は青筋を立てているジライヤを置いて、灰鳥城へと戻った
灰鳥城へと戻ると、事のあらましをドースさんやフィーナ、ウルラの重鎮に対して説明する
当然ながら、めちゃくちゃ大騒ぎとなった
…そりゃそうか
ついに、シーベルを捕らえられるチャンスが来たのだ
「ラ、ラーズ君、本気なのかね!?」
ドースさんが言う
「ええ、本気です。私との勝負がマサカドの望みですから」
「な、なんでラーズがマサカドと戦うの!? 私だってほとんど相打ちだったんだよ!」
フィーナは、あの全面戦争でマサカドを破っている
遁術と魔法を駆使して辛勝したらしい
凄いよな…
「でも、交渉としては良かったと思うんだ。マサカドの感情を揺さぶれたし、結果としてシーベルは引っ張り出せる。上手く行けば、これで内戦を終わらせられるんだ」
「それはそうだけど、ラーズが…!」
「セフィ姉にも言ったけど、俺は別に殺されるつもりはない。それに殺されたとしても、フィーナ達がマサカドを倒してシーベルを確保できれば、俺の命は無駄にはならないだろ」
「そんな、内戦とラーズの命を比べる事なんか…」
「比べるんだよ」
「…っ!!」
俺は、フィーナの言葉を遮る
「しっかり比べろ。お前は王家として内戦を終わらせる義務がある。終わらさなければ、これから何人も死んでいくんだ。…俺の命だけがリスクなら喜んで差し出すべきだ」
「だ…、だって、そんな…」
「俺は、ヒルデが来なければマサカドに殺されていた。俺の完敗だ。…このままじゃ終われない。B+ランクだからと言って関係ない。俺はこれから一か月間、マサカド対策に集中する。フィーナも、ドースさんやジライヤのアホと共に内戦の終結に全力を注いでくれ」
「それは、もちろん…、でも…」
フィーナは、曖昧に頷く
最後のウルラ軍とナウカ軍の戦い
その中で、俺とマサカドが個人的に戦う
俺が負ければ、今度はウルラのBランクがマサカドと戦えばいいだけの話だ
「セフィ姉、俺はこれから対マサカドのための訓練に集中したいんだ。協力してほしい」
「ええ、何が必要なの?」
セフィ姉が頷いてくれる
「ミィとヒルデ、そしてカンナ様の力を借りたいんだ」
「え? まぁ、私からも頼めば大丈夫だと思うけど…」
「ありがとう。それと、セフィ姉も時間がある時に俺の稽古を付けて欲しい。騎士学園の頃みたいにさ」
「それは構わないけど…」
「…それじゃ、すぐに対策の準備に入るよ」
「あ、ラーズ…!」
俺は、そう言って王の間を出て行った
外には、死の乙女ヒルデと天叢雲カンナ、そしてミィが待っていた
「ラーズ、報告は終わった?」
ミィが俺の所に来る
「方針は決まったのか?」
ヒルデが言う
「ああ、予定通りだ。ドースさんやフィーナ達はシーベルの所在特定と捕獲に全力、俺はマサカドとのタイマンを生き残ることに全力を挙げる」
「お主、いささかB+ランクを舐めてはおらぬか? さすがに一般兵がどうこうできる相手ではないと思うぞ?」
カンナが言う
「…分かってますよ。そのために、ヒルデとカンナ様の力を借りたいんです」
「どうでもいいが、何でカンナには様を付けて私は呼び捨てなのだ?」
ヒルデが言う
「え、そこ? カンナ様って、俺の大学時代のバイトの社長の家系の偉い人らしくて、そのしがらみで…」
俺がバイトをしていたクサナギ霊障警備
そこの社長のレイコ・クサナギはクサナギ家に籍を置く霊能力者だった
そして、そのクサナギ家で最大の力を持つ者がこのカンナ様らしい
当時から、なんとなく話は聞いていた…ような気がする
「それは構わぬが、一体何をしようと言うのだ?」
カンナが言う
「カンナ様には、マサカドに対する霊体破壊について教わりたいんです。ご指導をお願いできますか?」
ヒルデがやっていた、鬼憑きの術封じの霊体破壊
霊属性に特化したカンナに教わるなら、心強い
「そして、ミィには対マサカド用に使えるアイテムを探してもらいたい」
「え、私も?」
ミィが驚く
「ああ、頼むよ」
「まぁ、出来ることはするけど…」
「そして、ヒルデには仮想マサカドの練習相手になって欲しい」
「…なるほどな」
「ミィ、二人にマキ組の廃校の場所を教えておいてくれ。俺は先に戻ってマキ組長たちに話してくる。あとで、お互いのスケジュールを確認しよう」
「わ、分かったわ」
ミィが頷くのを見ると、俺はすぐに走り出した
すぐに訓練を開始しなければいけない
同時に、マサカドを倒すための決定的な手段を用意する必要がある
シーベルを引きずり出すためとはいえ、マサカドと一対一で戦って生き残ることは難しい
倒すなんてことも不可能に近い
火力が圧倒的に足りない
技術も足りていない
欲を出せば、一発の被弾で命を失う
戦力の差は圧倒的なのだ
マキ組の拠点に戻る
「マキ組長!」
俺は、校舎に駆け込んむとすぐに大声で呼ぶ
リビングになっている教室から声が聞こえたため、そちらへと向かう
「あれ、タルヤ?」
「ラーズお帰りなさい」
ソファーには、マキ組長とタルヤが座っていた
「ラーズ、ミィ様から連絡がありましたよ」
「…はい。マキ組長、訓練をお願いしたいのです」
「ラーズ、雰囲気が変わりましたね。何かあったのですか?」
「マサカドに殺されかけました。そのおかげだと思います」
「…」「…!」
俺を、マキ組長が無言で、タルヤが驚いた声で見つめた
「…得るものもありました。死を自覚したことで、自分がどれだけの人に助けられてきたのかが分かりました。俺は、この感謝の気持ちを何とかして返したいんです」
「分かりました。それでは、さっそく対策を練りましょう。どちらにしろ、私も大切な組員を失うわけにはいきませんからね」
「ありがとうございます」
「でも、その前にタルヤから話が…」
「いえ、今日はいいんです」
マキ組長に言われたタルヤが首を振る
「え、何の話?」
「本当はラーズに話したいことがあったの。でも、ラーズも忙しいみたいだし今度にするわ」
「え、いや、大丈夫だよ」
「ううん、いいの。でも、今度、買い物にでも付き合って? また、連絡するから」
「あ、うん、分かった」
そう言って、タルヤは帰って行った
それを微妙な顔で見るマキ組長
何の話か気になるが、今はそれどころではない
今のままでは、当然マサカドに簡単に殺される
戦闘術もまだまだ未完成
俺は武の呼吸を突き詰める必要がある
シーベルが演説を行うのは、ナウカ領のスンブ地方にある時雨砦
ナウカ軍が支配する領域にある砦の一つだ
ここで、この内戦の最後の戦いが起こる
シーベルを確保しなければ内戦は終わらない
シーベルを捕まえる最後のチャンスだ
俺は、マキ組長と共に訓練計画を練り始めるのだった
マサカドとの決着編、開始です!