九章 ~21話 交換条件
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
俺は、ヒルデとマサカドとの間に立ちふさがる
俺が割り込まなければ、マサカドはヒルデに屠られていただろう
マサカドはすでにボロボロ、ギリギリ致命傷は避け続けていたが、蓄積したダメージでもう立つこともできていない
…これが異世界の騎士ヴァルキュリア、死の乙女ヒルデの実力
俺が手も足も出なかったマサカドを力で叩き潰す
相性の問題もあるが、それがなかったとしてもヒルデの実力は高い
「ラーズ、何の真似だ?」
ヒルデが口を開く
「…殺す前に、少しだけ話をさせてくれ」
「…」
怪訝な表情をするヒルデ
だが、クレイモアを下げてくれたので俺はマサカドを見る
「…ボロボロだな、マサカド」
「何のつもりだ…。まさか、私を助けたつもりか?」
「それは無理だ。お前はナウカの最大戦力、ただで助けるなんてことはできない」
俺は、後ろに控えている豪華な面々を示す
セフィ姉が連れて来たアイオーンのメンバーだ
セフィ姉の目的はウルラによるクレハナの統一
そのために、龍神皇国の代表としてウルラに対して支援を続けて来た
それはセフィ姉にとって大きなリスクを伴う行為であり、ウルラの勝利は大きな賭けに勝ったセフィ姉の功績だ
ここでマサカドを討つことは、ナウカへの大きなダメージとなる
マサカドは間違いなく強敵であり脅威、ここで討たない理由などないのだ
「ふん、それなら、お前はいったい何がしたいのだ?」
「…俺が憎いか?」
その言葉に、マサカドが反応する
「…私はお前を高く評価している。一般兵でありながら、ウルラのどんな戦士よりも、…漆黒の戦姫や五遁のジライヤを含むBランクさえをも越える功績を残した。…全面戦争敗戦の要因は間違いなく貴様だ、引きちぎりたいくらいの感情は持っている」
「奇遇だな、俺もなんだ。お前は、非戦闘員である俺の父さんを攻撃した。そして、お前達ナウカの奇策によってナオエ家が裏切り、俺の仲間が死んだ。俺も、ナウカの象徴であるお前を消したい」
「…」
俺とマサカドの視線がぶつかる
互いに感情がこもった、殺気にも似た鋭さを持つ視線
しかし、マサカドの視線は弱々しく、あの恐怖を巻き散らしていた巨大さは感じられない
その姿はまるで、死を受け入れているかのような儚さだ
「…マサカド、俺を殺すチャンスが欲しくないか?」
「何だと?」
マサカドが、呆気にとられる
「ラーズ、何を言ってるの?」
そして、ずっと黙って成り行きを見守っていたセフィ姉が口を挟む
俺を殺す、穏やかではない言葉だからだろう
俺は視線と表情で、もう少しだけ話をさせて欲しいと伝える
「…」
それを見て、セフィ姉が口を閉じた
もう少し、話を続けさせてくれるようだ
「……一般兵風情がB+ランクの私を消すだと? ずいぶんと高い目標を持ったものだな」
マサカドが鼻で笑う
「お前はその一般兵風情を殺しに、わざわざ危険を冒して単独でここまで来たんだろ?」
「…」
「俺は嬉しいんだ。鬼神マサカドにターゲットととして認められたことが。…お前にとって、俺は視界の端にも映らないただの石ころに過ぎなかったのにな」
「…」
マサカドは、憮然としながらも黙っている
「…俺はお前を倒したい、お前は俺を殺したい。利害は一致している。条件を飲めば、ここで殺すことを回避してそのチャンスを作れる」
「条件だと?」
当然ながら、この話は俺とマサカド、そしてナウカにとっては利益がある
だが、ウルラとセフィ姉にとってはマサカドを逃がすというデメリットしかない
だからこそ、俺はウルラとセフィ姉にとってのメリットを提供する
「条件はシーベルが姿を現すこと。ウルラ、ナウカ、…クレハナ国民にシーベルの生存を確認させることだ」
「…っ!?」
マサカドが動揺する
そして、その動揺はセフィ姉やアイオーンのメンバーからも伝わって来た
だが、誰も口を開く者はいない
なぜなら、それはウルラにとって大きなメリットとなるから
シーベルの所在の特定、それは今の内戦における最重要課題だ
この内戦の終結は、シーベルの捕獲、又は殺害が条件となる
シーベルが生きて逃走を続ければ、内戦の終結を宣言したとしても説得力に欠け、更にシーベルが再起したりゲリラ戦を続けることで内戦がいたずらに長引くことにもなる
それは、ウルラ王家のドースさんやフィーナにとって、そして支援をしてきたセフィ姉と龍神皇国にとっても避けたいことだ
最早、ナウカの敗北は必至、地下に潜って力を蓄えなければ戦うこともできない
ウルラの勝利はほぼ確定している
マサカドという大きな戦力を見逃すことには大きな危険が伴う
しかも、毎回ヒルデやアイオーンのメンバーのような巨力な戦力で対抗できるとは限らない
しかし、所在不明だったシーベルが世間に姿を現す
つまり、所在を掴めるチャンスを得られるというメリットに比べれば些細なことだ
「シーベルに連絡を取れ。ナウカの最大の功労者を救うために姿を現すか、それとも見捨てて逃げ続けるのか。見捨てるなら、マサカドの討伐とシーベルが部下を切り捨てたという冷酷な事実を世間に発信するだけだ」
「私ごときの命でシーベル様の身を危険に晒すつもりなどない。さっさと殺すがいい」
だが、マサカドは毅然と言い放つ
俺はそんなマサカドの表情を見つめる
「…マサカド、お前は何を望んでいるんだ?」
俺は、マサカドに問う
「何?」
「お前は何に怒っているのか、紫苑城で俺に言っただろ。あの時と同じ、今度は俺がお前に聞いているんだ」
「…」
俺は怒っていた
大崩壊で失った仲間達
この世の不条理に怒り、大崩壊を起こした神らしきものの教団に対しての殺意を持った
俺は、常に絶望に対する大きな怒りに纏わりつかれた
それを忘れられたのは、その怒りを向ける相手がいた時だけ
モンスターやナウカ兵、命のやり取りと倒すべき相手がいた時だけだった
だが、俺が本当に怒っていたのは絶望の原因じゃない
絶望するほどに無力な自分自身に対してだった
力が無く、仲間の死に対して何もできなかった弱さ
俺自身の矮小さ
俺がどんなに戦いの中で怒りを忘れたとしても、俺自身への怒りが消えることはなかった
…マサカドは、それを見抜いていたのだ
「お前はウルラに対する大きな怒りを持っている。だが、本当は大切な者を守れなかった過去の自分自身に対して怒っている。ウルラを執拗に攻撃するのは、怒り続ける辛さを忘れられているから。…俺と一緒だ」
「…貴様なんぞに何が分かる!」
マサカドの目つきが変わる
ヒルデに敗れ、萎んでいたマサカドの殺気が一気に増大した
「分かるさ。俺はお前、お前は俺。失った者同士だからな。俺はお前が望んでいることが分かる。それは、俺が望んでいることだからだ」
「知ったような口を利くな、たかだかCランクの分際で…!」
マサカドがゆっくりと立上がった
俺は、そんなマサカドに対してもう一度口を開く
「お前は自分が何を望んでいるのか分かっていない。…今度は俺が教えてやるよ」
「貴様っ…!!」
マサカドが目を血走らせる
怒りに身を任せようとした瞬間、そしてセフィ姉とヒルデが動こうとした瞬間…
「やめろ、マサカド」
「…なっ、シーベル様!?」
突然聞こえた声に、マサカドが驚愕して動きを止める
「まさか、シーベル?」
セフィ姉が呟く
「襲撃は失敗か。だが、その一般兵によってマサカドの命を救える交渉が可能となった、礼を言おう」
どうやら、シーベルの声はマサカドが持つPITのスピーカーから聞こえてくるようだ
「それでは、公の場に姿を現すということですか?」
セフィ姉が言う
「ああ、すでにSNSでその旨を宣言した。条件は、マサカドをこの場から見逃すこと。そして、私が姿を見せる時、その一般兵を戦場に派遣することだ」
「ああ、それでいい」
「ラーズ!」
俺が即答し、セフィ姉がそれを止める
シーベルが姿を現す時、当然ウルラ軍が確保のために動き出す
そして、それを阻止するためにナウカ軍も動く
ウルラ軍とナウカ軍の最後の戦いが始まる
…その時、その戦場で俺とマサカドは決着をつける
「シーベル様、このような状況で身を晒すなど危険です!」
「…構わん。一番の忠臣であったマサカドの命を救えるのだ。この内戦の最後に相応しいではないか」
「シーベル様…」
実際にSNSでは、シーベルが一か月後に演説を行うことを宣言する動画が流れていた
この公式の発言には、世論によるシーベルの信頼性が伴う
シーベルが姿を見せることは確定
この機会にシーベルを捕らえられるかどうか、ウルラ王家の実力が問われることとなった
「マサカド。シーベルが姿を露わす、その戦場で会おう。…その時に、お前を仕留める」
「………」
シーベルの演説
その時に起こる、ナウカとウルラの最終決戦
その戦場にて、俺とマサカドが相まみえる
マサカドとの因縁、最後の再戦は一か月後となった
マサカドとの会話 八章 ~30話 紫苑城攻略3




