一章~27話 へルマンの実力
用語説明w
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキック能力とテレパスを含めた感覚器が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた
倒れてるギガントとエスパーの男達を見下ろす
俺の後ろには、気まずそうな、…そしてちょっと怯えているクレオがいる
俺を裏切って、こいつらの所に呼び出した
俺が殴られるのが分かっていたんだから同罪だ
「…クレオ」
「え!?」
呼ばれてビクッとするクレオ
「俺は、運動場で体を動かして行く。こいつらを医務室に連れていってくれるか?」
「あ、あ、あぁ…、分かったよ」
俺は頷くと運動場に入る
「…ラーズ、ごめん! 俺、お前を…!」
すると、クレオが俺を呼び止めた
「仕方がないさ。脅されてたんだろ?」
「そ、それはそうなんだけど…、許してくれるのか?」
「ああ、悪いのはそいつらだからな。頼んだぞ?」
「う、うん、分かった」
クレオが頷くのを見て、俺は運動場に入っていった
クレオ
最初に俺に話しかけてくれた、いわゆるいい奴だ
そして、俺に巻き込まれてシンヤにも殴られた
その借りは、これで返したってことでいいだろう
…だが、ここで裏切られることは命に関わる
俺が今後、クレオを信用することはないだろうな
運動場を見渡すと、今日は空いていて十人ほどしかいない
珍しいな
奥では、エスパータイプとドラゴンタイプが魔法の訓練をしている
エスパーとドラゴンタイプは、それぞれサイキックの能力に適正がある
だが、エスパーはサイキックに特化、ドラゴンはサイキックと身体能力のバランスタイプだ
サイキックは精神の力である精力の力であり、魔法は精力と霊力の合力である魔力を使って発動するので、エスパーの方が適正が高い
だが、ここでは選別前に魔封じの呪印を施される
いくら魔法の技能があっても、ここで使うことは許されていない
バチバチバチバチーーー!
パリパリパリ……!
同じ雷属性魔法を撃っているが、エスパーの方が電気のほとばしり方が明らかに激しい
こうやって比べてみると、やはりエスパーの方が魔法の威力は高い
エスパーは身体能力で劣っている分、魔法が得意だ
杖が無いにも関わらずあれだけの魔法が発動できるなら、戦闘においては強力な火力となり得る
不意に、後ろに知っているような気配を感じた
振り向くと…
「ラーズ」
へルマンが声をかけてきた
ちょうど運動場に来たところらしい
「へルマン、運動ですか?」
「ああ、そうだ。やっぱり、定期的に動かないとなまっちまうかっらな」
そう言って、へルマンがシャツを脱いだ
「奥の的でドラゴンとエスパーが魔法を打ってたんですよ。へルマンも使えるんですか?」
「一応、土属性が少し使える。でも、俺は特技を使った接近戦と暗殺専門だから得意ではないな」
へルマンは忍者としての特技を持つ
暗殺者には、派手な魔法は必要ないのかもしれない
「選別は終わったのか?」
「はい。今回の相手はパワードアーマーでしたよ」
「パ、パワードアーマーだと? 勝てたのか」
「そりゃ、勝てたからここにいるんですよ。相手も素手だったので、関節極めて何とか勝てました」
へルマンが驚くのも無理はない
パワードアーマーは単純に強いからだ
戦闘ランクのBランクとCランクには徹底的な違いがある
それは、闘氣が使えるか否か
つまり、変異体といえども闘氣を使えない限りBランクにはなれない
この闘氣は圧倒的な性能を持っており、身体を包めばその身体能力が上がり、更に協力な防御力を身に付けることが出来る
Cランクは一般兵の最高峰であり、単体で戦車と同程度の戦闘力を持つと言われている
しかし、Bランクは戦車の砲撃で傷一つ付かず、素手で戦車の装甲を引き裂くことも可能
Cランクでは、どうやってもBランクを超えることは出来ない
そんな闘氣を使えないCランクの希望の星がパワードアーマーだ
強固な装甲、強力な動力を持ち、Cランクが多少なりともBランクに近づくことが可能な兵器だ
もちろんBランクに勝つことは難しいが、変異体だろうがBランクだろうが、自己の能力を上げられるパワードアーマーは汎用性が高い
「…お前、変わったな」
「え?」
「PTSDの原因が分かった途端に…って、それが本来のラーズなのか。パワードアーマーに勝つって、普通は無理だぞ?」
「いやいや、ギリギリ勝てただけで運がよかっただけですよ」
これは謙遜じゃない
勢いに任せたら運よくハマっただけだ
「よし、ラーズ。ちょっと本気で組手をしてみるか」
「…本気で、ですか?」
へルマンが構える
背中の触手が鋭く伸びており、やる気満々マンのようだ
前回のへルマンとの組手は楽しかった
殺し合いとは違う、純粋な力の試し合いはいい
俺は、アップライトに構える
アップライトとは、ムエタイのように若干後ろ足重心にして両腕のガードを顔の前に上げた構えで、蹴りと防御がやり易い
俺は、ジャブで牽制をしようとへルマンを観察する
「…っ!?」
…一気に警戒度が上がった
へルマンの雰囲気が、前回と全然違う
この乾いた殺気
感情の入り込まない、機械的な意思
暗殺を生業とする、プロの殺気だ
背筋に冷たい物が流れる
へルマンがゆっくりと腕を動かす
ドッ!
「うぁっ…!」
やられた!
手の動きで視線を誘導され、金的を蹴り込まれた
ギリギリ腰を回転させ、太ももでガード
アップライトは、正中線を相手に向ける
急所狙いには弱い構えだ
すかさず、スイッチして左ミドル!
ゴッ!
「ぐあっ…!」
ミドルを肘でガードされ、鋭い痛みが走る
くそっ、完全に見切られている!
左足で着地しながら右ストレート
これに対応したへルマンは、前腕を回転させてパンチをいなす
同時に、腰を落としながら右の掌を俺の胸に添える
ドンッ!
「ーーーっ!!」
体が吹き飛び、衝撃が体を突き抜ける
内臓が揺れて横隔膜が機能を止めた
「…かはっ………!」
呼吸が出来ない…!
情けないが、少しも動けねぇ
…ようやく呼吸が戻り、何とか立ち上がる
「大丈夫か?」
「…なんとか。今のって、もしかして浸透勁ですか?」
「お、知ってるのか。完全に浸透させずに、体を飛ばすように打ったんだ」
…完全に浸透させられていたら、俺の内臓はどうなっていたんだ?
「大学の頃、武術をやっていた奴に喰らったことがあったんです」
「なるほどな。思ったより回復が早かったのは、経験したことがあったからか」
へルマンが頷く
…まさか、へルマンの本気がここまで凄いとは
「…へルマン。もしよかったら、その武術を教えてもらえませんか?」
「ああ、暇潰しになるし構わないぜ。俺も組手の相手が欲しかったんだ」
「ありがとうございます」
やっとPTSDと記憶に向き合えたんだ
新しい技術に目を向けるのはいい
ここの選別を生き残るため、出来ることをしよう
出来ることを探し、続けること
それが強さとなる
この強さは、才能とは違う努力の強さだ
「へルマンって、これだけ強ければパワードアーマーを倒せるんじゃないですか?」
「ああ。相手によるが、多分倒せるな」
何でもないようにへルマンが言う
…へルマン強い
だが、変異体の強制進化がうまく進まずにステージ1に留まっている
俺は、強制進化の無情さを改めて理解したのだった