九章 ~16話 ドミオール院の今後
用語説明w
・大剣1991:ジェットの推進力、超震動装置の切れ味、パイルバンカー機構、ドラゴンキラー特性を持つ大剣、更に蒼い強化紋章で硬度を高められる。真のスピリッツ化を成し遂げ、ラーズと霊的に接続している
マリアさん:ドミオール院を切り盛りしている院長。慈愛に満ちた初老のエルフ女性
ウィリン:ヘルマンの息子。龍神皇国の大学生だが、現在は休学してドミオール院に戻ってきている
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存されていた
ダンジョンから帰還
マキ組は休息日だ
さすがのマキ組長も、慣れないダンジョン攻略は疲れたらしい
幸い、内戦はナウカ領のスンブ地方で両軍が睨み合っている状態で停滞しているため、出撃要請は来ていない
「まぁまぁ、大変でしたのね」
マリアさんが、お茶を飲みながら目を丸くする
「いつも子供達の世話をしているタルヤが、まさかダンジョン攻略をするなんて思わなかったですよ」
ウィリンが言う
俺達はドミオール院に来ている
タルヤの様子を見るのも兼ねてだ
「タルヤは優秀でした。サイキックを使った索敵と範囲魔法、訓練すればいい戦闘員になれますね」
マキ組長がお茶を飲みながら答える
「マキさん、このカステラも食べて下さい。貰い物ですけど、すごくおいしかったの」
マリアさんが勧める
「ありがとうございます」
マキ組長が手を伸ばす
マキ組長は甘いものが好きみたいで、マリアさんが焼いたクッキーを幸せそうに食べていた
普段無表情なくせに、甘いものを食べた時の微妙な表情の変化と嬉しそうな雰囲気がまた…
この人も、ツンデレ要素てんこ盛りだよな
「…ラーズ、忍びは観察されることを嫌います」
「あ、失礼しました」
あまりにガン見していたため、俺はすぐに謝る
だって、こんなマキ組長めったに見られないから
「マキさんも、お忙しいでしょうがたまには顔を出してくださいね。いつもドミオール院を守ってくれていたことは知っていますし、お礼もしたいので」
マリアさんが言う
「忍びとは打算で動くもの。ドミオール院には守る価値がある、それだけです。礼には及びません」
「私達の感謝は、私達が在り続けられるからこそ。そして、そのことを自覚することは子供達に感謝を教える大切な機会なんですよ。子供達のために、またクッキーを食べ来て下さいね」
「…はい」
おお、マキ組長を言いくるめた
さすが、マリアさん
年の功だな
「ふぅ…。ごめんなさい、せっかく来てくれたのに」
タルヤが奥から出て来た
「あれ、もう起きて大丈夫なの?」
「ええ、熱も下がったし、ゆっくり休ませてもらったから」
タルヤはダンジョンから帰ると熱を出してしまった
エマが来てくれて、回復魔法と滋養強壮剤の処方
そして、休養を指示されたようだ
おそらくは、ダンジョンでの極度の緊張
そして、テレパスによる索敵を続けていたこと
更に、魔法を限界まで使ったことによる疲労で体調が崩れたようだ
タルヤは頑張っていた
過去にダンジョンアタック経験があったとはいえ、自分が負傷した場所にもう一度挑むというのはなかなか勇気がいることだ
「子供達は?」
タルヤが周囲を見渡す
小さい子供達はお昼寝中だが、走り回れる子供達が見当たらない
「外でルイとジョゼが遊んでくれてるよ。あと、フォウルとリィ、データ2と竜牙兵が」
「みんなが来ると、遊んでくれる大人が増えるから子供達も嬉しいんでしょうね」
タルヤが微笑む
「俺の使役対象達を大人のカテゴリーに入れていいのかな?」
「子供たちにとって、いい刺激になっていることは間違いありませんわ」
マリアさんが窓の外を見る
外では子供達が竜牙兵と追いかけっこをしていた
竜の骸骨が子供達を追いかける
あの光景、外から見ると襲っているようにしか見えない気がするが大丈夫だろうか?
「そういえば、ラーズさん、マキさん」
ウィリンが俺達を呼んだ
「どうした、ウィリン?」
「実は、マリアさんとタルヤと相談して決めたことが有るんです」
「何を?」
「内戦の状況を見てですけど、来季から僕は大学に戻ろうと思います」
「え…、あ、うん。それはいいと思う。けど…」
俺はマリアさんとタルヤを見る
現状、ドミオール院の大人はたったの三人
マリアさんとタルヤ、そしてウィリンだけだ
全面戦争で子供達の数が増え、この状況でウィリンが減れば手が回らなくなってしまう気がする
「実は、フィーナ姫からドミオール院に補助金を出してもらえることになったんです」
マリアさんが説明をする
「補助金?」
「はい。何でも、この集落で何かを始めるらしく、制度の見直しを図ったみたいで。そして、内戦が多少沈静化して来たこともあってドミオール院の運営に国から補助を出すと」
「それでは、人を雇うことができるということですか?」
マキ組長がカステラに手を伸ばす
「はい、そうなんです。ラーズさんのお父様のおかげで世界中から支援物資が届き、それらを被災した集落の人達に配ったおかげで関係が良くなりました。集落の人達の中にも、ドミオール院で働いてもいいと言ってくれている人が何人かいます」
「それは良かったですね」
「ウィリンは、しっかりとやりたいことを持っています。ドミオール院のことを考えてくれるのは嬉しいのですけど、縛られてほしくはありません。一生懸命、勉強してきてね?」
「マリアさん、分かってる。卒業したら、すぐにクレハナに戻って来るから」
ウィリンが頷く
ウィリンは龍神皇国の国立中央大学に通っている
そして、法律の勉強をしているのだ
ゆくゆくはクレハナを変えていきたい
政治の世界に入りたいと言っていた
ドミオール院で育った経験があるからこそ、国の支援が足りないところも分かる
こういう政治家も必要だ
「私も、今回のダンジョンアタックの報酬がもらえたから、ドミオール院の施設を治せるわ」
タルヤが言う
「タルヤ、あなたの個人のお金でそこまでしなくてもいいわ」
マリアさんが心配そうな顔をする
「いいの。無理言って参加させてもらって稼げたお金だから」
ドミオール院の建物は古く、いろいろと修理が必要だ
内戦の戦場がナウカ領へと移ったことで、やっと領境のこの辺りでも工事が出来るようになった
経済活動も回り始めている
「…そう言えば、俺はダンジョンアタックの報酬をもらってないな」
「ラーズには無いと思いますよ?」
マキ組長が口を開く
「え、何でですか?」
「契約はマキ組の参加となっているからです。報酬はマキ組に支払われます」
「…なんてことだ」
つまり、あのダンジョンアタックは、戦場に出る事と変わらないということか
まぁ、どっちも死ぬ危険性があるから、どっちが楽とかは無いんだけども
「マキ組も、コウやヤエの犠牲、ゲイルの引き抜きで資金をかなり使いました。今回の報酬は、運営にとってはありがたかったですね。いい仕事を持って来てくれましたよ」
「はぁ、そう言ってもらえれば嬉しいですが」
俺だけ報酬なしか…
でも、俺だけマキ組と二重にもらう訳にもいかないか
「こんにちはー! ラーズいますかー!?」
外から、大きな声が聞こえる
「誰だ? この声って…」
外に出ると、赤ずきんをかぶった背の小さい女性が立っていた
「あ、ラーズ! この野郎!」
「え、スサノヲ!? どうしたんだよ?」
「お前、1991のスピリッツ化に成功したんだろ! 見せろ!」
「スピリッツ化って、1991のか?」
「そうだよ、早くしろ!」
「いつも偉そうに言いやがって…」
俺は、倉デバイスから1991をロードする
「…」
1991を握り、目を閉じる
何かが通った感覚
1991を感じる
そして、込める
ホワァァァ…
「うおぉぉぉっ!?」
スサノヲの声で目を開けると、1991が仄かに光っていた
「こ、これが…」
スサノヲが呟く
「なんか、光らせることは出来るようになったんだけど、これって何か意味があるのか?」
「バ、バカ野郎! 自在にスピリッツ化が出来るようになったってことだぞ!?」
「スピリッツ化が? 自在にって?」
「スピリッツ化は、簡単に言うと武器や防具が体と一体化するってことだ。つまり、ラーズと1991は、本来異物である装備と神経がつながった状態になったってとこかな?」
「なんか曖昧だな」
「だから、真のスピリッツ化は伝説級の武器なんだって! 記録は読めても、実物を見たことなんかあるわけないだろうが!」
「なるほど…」
ダンジョンアタックの副産物で、1991の意識的なスピリッツ化が可能となった
これで、フル機構攻撃も威力がアップしたのだろうか?
俺の独自の報酬として納得しようかな




