九章 ~7話 求道者
用語説明w
マキ組長:フウマの里マキ組の上忍、ノーマンの女性。二丁鎌を使う忍びで、武の呼吸を身につけている。
ルイ:マキ組の下忍、赤髪の獣人男性。スナイパー技能に長けている
ゲイル:マキ組に移籍してきたフウマの里所属の下忍。対人暗殺の専門家で、隠れ、騙し、忍ぶ、忍者らしいスタイル
タルヤの試験が終わった
タルヤをドミオール院に送った帰り、車の中
「変異体とは、やはり凄いポテンシャルを持っていますね。常人とは比較にならない才能です」
マキ組長が言う
「そうですか? タルヤは、エスパータイプの中でも評価の高かった変異体ですけどね」
「サイキック能力は貴重ですし、魔法の威力もある。マキ組に入ってもらえば貴重な戦力になりますね」
「…マキ組長、タルヤは精神的な病状があります。あまり、戦闘に巻き込みたくないんです」
「ラーズは自分勝手ですね」
「え?」
「フィーナ姫が、ラーズを戦場から除外しようとしたのに怒っていた。それなのに、自分はタルヤの意向を無視して勝手に決めようとしている」
「…」
「人間とは、自分勝手であるべきです。正しいと思うこと、それは自分のやりたいと思うこと。そのために、実力、発言力、論破、いろいろな手段と力を準備する。やりたいことが有るなら、自己研鑽を怠らないことです」
「はい…」
・・・・・・
次の日は、マキ組の訓練日だ
ルイとゲイルが、マキ組長とシミュレーションを行っている
「うおぉぉぉぉっ!?」
「あぁぁぁぁっ!!」
ルイとゲイルの声が校庭に響く
マキ組長に頼まれ、データ2がアサルトライフルを乱射
銃撃を避けながら、二人がじりじりと進んでいく
そして、別方向からはジョゼが乱射
そんな銃弾の嵐の中を二人が進行するのだが、当然ながら一番の脅威は弾幕ではない
ゴガァッ!
「うおぉぉっ!!」
「い、いつもこんな訓練をしてるのか!?」
ゲイルの悲鳴が木霊する
二人は、忍び寄られたマキ組長に鎌でボッコボコにされていた
そんな二人の姿を見ながら、俺は静かに精神を統一する
静かに、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す
「ラーズ、今日から本格的な武の呼吸についての修行を始めます」
「え…、戦闘術ということですか?」
「正確には違います。戦闘に対する思想を叩き込むということです」
「思想?」
「ラーズは、今までの経験から独自の戦闘術を確立しています。身につけた格闘術と合わせて、間もなく完成することでしょう。私が伝えるのは、具体的な技術ではありません」
「えーと…」
うん、よく分からないな
結局、何の訓練をするんだ?
「…ラーズ、集中力を高めておいて下さい。これからは、実戦方式でしか訓練できませんから」
「…っ!?」
その、マキ組長の表情と立ち振る舞いに、俺は戦慄を覚えた
無表情、何の感情も伝わらない仕草
そこには、ただ目的があるだけ
人を人と思わず、倫理観を排除し、ただ目的のためだけに動く戦闘マシーン
暗殺者特有の、仕事をする目
その作業に対して何の感情も持たない、特有の乾いた殺気
デモトス先生やマキ組長のような、実力と思想を併せ持つ者だけの殺気だ
まずい
本気で全ての力を注ぎ込まないと殺される
生き残るために集中する
この危機管理能力を発揮するアンテナ
それが、俺が戦場で手に入れた力だ
見ると、ルイとゲイルが動かぬ躯と化していた
原因はダメージではなく、必死に動かされまくったことからの疲労だろう
マキ組長が二丁鎌を手に持ちながらやって来た
いよいよ、俺の番だ
「…ラーズ。それでは、武の呼吸の訓練を始めます」
「…はい、お願いします」
一切の油断をしない
どんな動きにも対応する
同時に、マキ組長の言葉は絶対に聞き逃さない
「まず、最初にですが…、ラーズ、よく頑張りました」
「は、はい?」
突然、褒められた
何だ、まさか動揺か油断を誘っているのか?
「あなたの格闘術、そして戦闘術は、達人と呼ばれる者の域に片足を踏み込んでいます。この域にラーズの若さで踏み込んだことは、称賛に値します」
「え…」
「千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を練とす。基本動作を繰り返し、戦闘術を実戦で磨き続け、新たな技術を貪欲に取り入れて来た。あなたの努力に対し、私は尊敬の念を持っています」
「いえ、そんな…」
「私もあなたと同じ。Bランク以上の騎士に対して反感を持っています。そして、大した努力もせずに大きな顔をする騎士、更に、突然力を持って調子に乗っている者を、努力によって叩き潰すのが好きです」
「…!」
いや、そうでしょうね!
マキ組長は、セフィ姉と同じ匂いを感じる
この人は間違いなく天才であり、そして、努力をし続ける
そして、不可能と思われることを平然と実行して見せる人だ
「彼らは、闘氣を持たない私達に負けると、簡単に折れ、絶望したふりをする。そして言い訳を探すか諦めるかのどちらか、本当は、ただ苦しみと悔しさから逃げ、諦めているだけなのに」
「辛口ですね」
「真実です。私達の努力は、彼らでは実行不可能。私達の思想とは、誰にでもできることを、誰にもできないぐらいやり続けること。私は、ラーズにこの求道者としての思想を改めて伝えたいと思います」
「…はい」
マキ組長の雰囲気が変わる
冷たい、そして、鋭い意志
「あなたの戦闘術を格段に引き上げる方法、それは足りないということを自覚すること。そして、改善点の把握です。これが出来れば、ラーズなら勝手に努力を始めるでしょう」
「…」
俺に足りないこと?
戦闘術で?
いくらマキ組長が相手でも、これはそう簡単には受け入れられない
こっちにもプライドがあるからな!
マキ組長が、二丁鎌をドラム缶の上に置く
「ラーズ、まずは素手での組手です。本気で来なさい」
「素手ですか、分かりました」
「条件は一つ、六秒以内の、長くても十秒以内の戦闘を心掛けなさい。それをひたすら繰り返します」
「え…!?」
実戦は六秒以内で終わらさなければならない
…ある武術家の言葉だ
短期決戦を求める理由は、対複数人、又は戦場のような増援の可能性、暗殺のような特殊な条件を想定していることによる
一人を制するのに時間がかかっては、複数人の相手は困難、敵に囲まれて脱出も不可能となってしまう
そのため、禁じ手やだまし討ち、嘘など全ての方法を活用するという実戦戦術が考案された
「…」
「…」
俺とマキ組長が間合いを詰める
マキ組長が、手を握らずに高速のジャブ
スウェーで躱して、引き戻しに合わせて右ストレート
潜られてタックル…
舐めるな!
体重差もあるし、マキ組長の細い体で変異体の体幹を崩せると思うな!
ゴッ!
「…っ!!」
マキ組長の頭が、俺の股間に直撃
衝撃で動きが止まったところを倒される
そして、目に手刀を寸止めされた
「おぅ……」
股間の激痛による悶絶
痛みで内臓が暴れ回っているようだ
「想定外の攻撃は効きます。これからどんどん体験していきましょう」
「…し、知っていると、恐怖で体が硬直する可能性も……」
「あなたは、拷問を受けた経験もあるから大丈夫でしょう」
「痛いもんは痛いです…!」
しばらく地面で痙攣、痛みが治まるのを歯を喰いしばって耐える
そして、ダメージが少し抜けてくるとまた仕切り直しだ
今度は俺から仕掛ける
ジャブ二発
マキ組長の前蹴り
足を掴むと同時に、俺の髪を掴まれる
「くっ!?」
マキ組長の変則跳び膝!
咄嗟に手を放して突き放し
だが、マキ組長は髪を放さずに引き込みながら足を俺の左腕に絡めてくる
前に倒れないように耐える
マキ組長が瞬間的に体を回転
俺の左肩関節を極める、空中オモプラッタ
そのまま地面に叩きつけられて、あえなくタップさせられた
この間、わずか四秒
コンタクトはたったの二回
「…」
マキ組長と俺の間には、ここまでの実力差があったのか
しかも、俺の得意な素手での攻防でだ
俺には足りないものは多すぎる
技術だけではない
このコンタクトで仕留めるという決意も足りない
俺は、マキ組長の言う通りに求道者として歩き始めたことを実感した
拷問 三章~2話 基礎訓練1




