九章 ~6話 評価試験
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存されていた
「では、始めて下さい」
「分かりました」
ここは、ナウカとウルラの領境の森林地帯
マキ組で、モンスターハンターの依頼を受けたのだ
メンバーは、マキ組長と俺、そしてタルヤだ
「…索敵します」
タルヤが、サイキックを使った索敵を開始する
真実の眼の遺跡の発掘
次の発掘場所はダンジョンだ
Bランクの騎士であるミィがいるとはいえ、発掘調査員である非戦闘員を三人も連れてのダンジョンアタック
それなりの実力者をメンバーとする必要がある
クレハナの内戦は終わっていないし、現在もナウカ領のスンブ地方では戦闘が続いているため、ウルラ軍から戦力を借りるわけにもいかない
そのため、ミィが龍神皇国から連れてくるというもう一人のBランクの他は、自分たちでメンバーを確保する必要がある
ダンジョンは洞窟となっており、狭い通路と部屋で構成されている
上層はモンスターもそこまで強力でないため問題はないが、深層階は別格だ
Cランク級のモンスターが部屋を闊歩しており、狭い部屋での戦闘を連続で強いられる
あまり大人数で進むと、移動を制限されて範囲魔法やブレスの一撃で全滅しかねない
狭いフィールドで、攻撃を回避できる程度の人数となると、五人~十人が現実的な数だ
メンバーは、ミィ、マキ組長、俺が確定
それに調査員のバビロンさん達が三人
もう一人のBランク戦闘員
あと、一人か多くても二人
防御役は闘氣が無いと話にならないので騎士二人に任せるとして、出来れば索敵に特化したメンバーが欲しい
ダンジョンでの奇襲は致命的だ
一気に隊列が崩れて、調査員が守れなくなる
マキ組で言えば、ルイはスナイパーなのでダンジョンのような狭い場所は不向き
あとは、ゲイルとなるが…
「すまないが、俺はモンスターハンターには向いていない。あくまでも、人間の暗殺専門だからな」
そう言って、ゲイルに断られてしまった
ゲイルは、気配を消して忍び寄る
または、警戒させないで接近する
そして、仕込んだ武器や遁術の土遁棘武蔵で仕留める
潜入や接近からの暗殺が専門の忍び、確かにダンジョンには向かない技能だ
…防御魔法が使え、火遁も使えたコウがいれば適任だったのかもしれない
「…タルヤ、本当に大丈夫なの?」
俺は、フィールドを歩きながらタルヤに尋ねる
「何が?」
「病気だって完治してないんだし、それに、あのダンジョンなんだよ?」
通称「下」と呼ばれていた地下ダンジョン
俺やタルヤが潜らされ、そしてタルヤが命を落としかけ、冷凍保存されるきっかけとなった場所だ
「あのダンジョンは、私はすぐに意識を失ってしまったからあまり怖いっていう記憶はないの。むしろ、ラーズが一生懸命に私を助けてくれた場所って印象よ」
「それは…」
俺からすれば、何人も仲間が死んだ場所
そして、タルヤを守れなかった場所だ
かなり、印象に差があるんだな
理由が無ければ、俺は二度と行きたくない
「それに、私、分かったの。人のために行動することが、あの施設での記憶を乗り越えられる方法なんだって。私が今頑張ることで誰かが救われる。そう思えば、フラッシュバックも少なくなってるから」
「そうか…」
「それに、またラーズと冒険が出来ると思えばちょっとだけワクワクするわ。私はあのダンジョンを制覇できなかったから」
「そんないいもんじゃなかったよ。自分で選んだ冒険でもなかったしね」
仲間を失い、死に怯え、施設の教官達に殺意を抱く
どうやって生き残るか、どうやって脱出するか、それだけしか考えていなかった嫌な記憶だ
しばらく進むと、間もなく今回のターゲットの目撃地域だ
今回のターゲットは、イクトミだ
イクトミ
蜘蛛の精霊
精霊とは属性値の化身であり、火属性であれば炎の化身と言える
しかし、中には属性値の低い精霊も存在する
それは、自然という存在の具現化であり、自然という存在が形を持ったもの
イクトミは、蜘蛛という形を持った自然という環境の具現化であり、高位の存在は人類に神聖視されている
逆に、人類に対して敵意を持った個体は討伐対象となる
「ね、タルヤ。どうして、突然ダンジョンに行くなんて言い出したの?」
「…マキ組やラーズにドミオール院が救われたから。索敵や範囲魔法でなら、私も少しは恩返しできるかなって思ったの」
今日のモンスターハンターは、タルヤの戦闘能力の査定だ
ダンジョンアタックは死と隣りあわせ
メンバーの力不足は、パーティの全滅にも繋がりかねない
それは、俺自身があのダンジョンで痛感したことだ
「いた…」
「ええ…」
タルヤは、テレキネシスによる索敵を可能とするエスパータイプの変異体
そして、俺は五感が鋭いドラゴンタイプ
俺達は二人で索敵を担当してダンジョンに潜っていた
懐かしいな
周囲には、俺の使役対象四体が散開して監視させている
その状況が絆の腕輪を通して伝わってくる
他に敵影も無し
討伐開始だ
「タルヤ。土壁を作るから、範囲魔法で攻撃を」
「ええ、分かった」
俺は、携帯用小型杖で土属性土壁の魔法弾を撃っていく
バシュッ!
バシュッ!
イクトミが、朧げな蜘蛛の姿で霊力による糸を射出する
土壁で糸を避けながら接近
霊札で糸を破壊していく
バチバチバチーーーー!
「………!!」
タルヤの雷属性範囲魔法が広範囲に発動
イクトミが巻き込まれて苦しんでいる
「範囲魔法…、(中)!?」
「クレハナに来てから、時間がある時に魔法の練習は続けていたの」
なんと、タルヤは範囲魔法(中)を身につけていた
範囲魔法(中)とは、範囲魔法(小)の攻撃範囲を直径五倍以上に広げ、更に威力も格段にアップした攻撃魔法だ
この範囲魔法(中)の存在が、人間の魔導士とモバイル型魔法発動装置の大きな違いだ
魂を持つ人類の生体脳が容易に習得する広範囲魔法を、未だに機械使って発動することができていない
範囲魔法(小)の数倍を誇る攻撃範囲と障害物を無視して発動する範囲魔法(中)は、戦車の装甲を破壊するロケット弾や対戦車ミサイルなどと共に、歩兵の必殺武器となっている
「凄いな…」
範囲魔法(中)の有用性は、戦場で嫌というほど体験している
全面戦争で押し込まれた時、土壁を越えて塹壕の中で発動した範囲魔法(中)は、何人ものウルラ兵が屠られた
当然に、ダンジョンのような狭いフィールドでの戦闘でも有用であり、直線攻撃の銃よりも活躍の場は多くなる
タルヤが、雷属性範囲魔法(中)のダメージで動きが止まったイクトミに追撃を仕掛ける
テレキネシスで浮かせた数本のナイフに、精力を込めて運動エネルギーを与える
ナイフが一斉にイクトミに向かって行く
ドスドスドス!!
精霊であるイクトミにナイフが刺さる
霊的質量の存在である精霊に物質であるナイフが刺さる理由、それはナイフに込められた精力の存在だ
バチュッバチュバチュッ!!
「………!!!」
そして、一斉にナイフに込められた精力が破裂
イクトミの霊体が破壊された
あれは、俺も使うテレキネシスのエネルギーの圧縮と解放
サイキック・ボムだ
あれだけのサイキック・ボムを操れるのか、さすがエスパーだな
戦闘の素人であるタルヤがここまで戦える、変異体の性能はやはり凄い
イクトミが、崩壊した霊体を修復しようと周囲の自然環境から霊力を集め始める
「ラーズ。タルヤの実力は分かりました、もう十分です。仕留めて下さい」
「了解」
俺は、マキ組長からの無線に答えて1991を構える
「タルヤ、下がっていて。リィ、フォウル、竜牙兵、データ、…頼むぞ」
「わ、分かったわ」
俺はタルヤを下がらせて、静かにトリガーを発動する
ついでに、俺の呪印の効果を試してみるのだ
続いて呪印を発動、使役対象の思念や注意を受けながら、抑えめに、短時間だけの発動
その力を1991の刃体に乗せる
ボッ…!
エアジェットで間合いを詰める
バシュッッ!!
着地と同時に1991での突き
イクトミの体が、呪印のエネルギーによって消し飛ぶ
…さすが、闘氣を貫く呪印だ
一瞬だけ攻撃に呪印の力を乗せられれば、スタミナもほとんど消費しないで高威力の攻撃を放てる
使いこなせれば強い
「ヒャン」「ガウ」「…」
仲間たちの思念が届く
「ご主人! バイタルが警戒値だよ!」
データが警告
この一瞬で暴走の兆候が出ている
俺は、すぐに呪印の発動を止める
ドス黒い衝動が引いていく
呪印の力と衝動は強すぎる
…いつか、使いこなせるようになるのだろうか?




