一章~25話 選別八回目
用語説明w
この施設:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」。変異体のお肉も出荷しているらしい
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
選別場
また、これから殺し合いが始まる
「今日の敵は手強い。いつもみたいに、壊れかけじゃないから気を引き締めるんだな」
白衣の若い研究者が声をかけてきた
…壊れかけ、薄々感じてはいた
俺が受けてきた選別
相手は、ジャンキーの殺人犯、壊れかけの魔導サイボーグ、中古の非戦闘用ゴーレムなど
戦闘相手としては、難易度の低い相手が用意されていた
まるで、弱点のある、不利な部分を持つ相手を用意したかのようだった
まぁ、俺は人体実験での体調不良に加えてPTSDを発症
俺以外の被験体でも、吐血を繰り返しているヘルマンのように異常をきたしているものも多い
不具合の多い俺達被検体に、戦わせる相手を合わせていたってことだろう
「…おい! こいつ相手に素手で戦えっていうのか!?」
俺は声を上げる
選別場のどこかにあるマイクに向かってだ
どこかで聞いている研究者たちに訴える
俺の目の前には、黒っぽい鎧を着た人間が立っている
あの鎧は、ここの守衛が来ているものだ
パワードアーマー
モーターや人工筋肉など、様々な方法で人体の動作を補助している
これにより、重厚な高防御力の装甲で体を守り、強い力で戦闘力も高められる
ものによっては、背中にジェットスラスターが付いており移動を補助する高機動型のものも存在する
重量のある高火力兵器を保持でき、同時に技能があれば魔法や特技も使うことができる
汎用性に優れた兵器で、戦争、モンスターとどんな相手でも運用が可能だ
「…あーあー、お前の相手も武器は使わない。条件は同じだ、存分に戦え」
「ふざけんな! 鉄の塊相手にどうやって攻撃するんだよ!? しかも拳が鉄のハンマーみたいなもんだろうが!!」
鉄の拳を外部動力で振り回す
これが武器じゃないってよく言えたな、馬鹿野郎!
「…お前には、さっさとステージ2に行ってもらわないと困る。数値も体調も順調だ、選別の難易度を上げていくからせいぜい頑張れ……プッ……」
「あ、おい! 待て、ふざけんな!!」
俺の訴えも虚しく、一方的に会話を打ち切られた
そして、パワードアーマーが動き出す
くそっ…、やるしかないのか!
俺は一歩踏み出す
「…あれ?」
戦いが始まり、違和感を感じる
なぜか、いつもよりも視界が明るい
視野も広い
落ち着いて相手を見ることができる
今までは、俺の中から恐怖が噴き出てきていた
心の中の何か…、仲間達の影が恐怖を訴えていたからだ
だが、その恐怖を理解した
怖がっていた記憶を思い出した
…恐怖が俺のものになった
今感じている恐怖は、俺の本能的な恐怖
つまり、殴られる、下手すると殺されるという、普通の恐怖だ
俺が縛られていた恐怖は違う
…いや、言い方をごまかしたな
俺が、自分を守るために作り出していた恐怖とは違う
今までは、仲間の死を思い出さないように、…もう一度絶望しないようにという、戦いから逃げ出すための恐怖だった
失敗、喪失、絶望…
俺が死んだわけでもないのに、この経験は俺の心を殺してしまっていた
だが、それを自覚した瞬間に、俺の視界が変わった
今までは、わざと見ないようにしていた
視界を意図的に制限していたのかと思うほどだ
…体が軽い
思い通りに動く!
心を縛るものが無い、それは劇的に俺が見る世界を変えた
世界が変わって見える
心の中の何かとは、仲間達の思い出だ
もう怖くない
…俺は戦える!
ギギッ…
パワードアーマーが構える
右前のサウスポー、腰が高いからボクシングか?
音的に、機械式のモーターのようだ
俺も軍時代にパワードアーマーを見たことがある
戦友にも使っている者はいたが、かなり高額な装備のためそこまで数はいなかった
戦ったこともあるが、銃器の使用が前提での話だ
どうやってあの装甲を素手で壊せって言うんだ…!
パワードアーマーが、踏み込んで右腕でパンチを繰り出す
ゴッ!
「うぉっ!?」
凄まじい風を感じる
モーターで強化されたパンチは、喰らったら軽く死ねそうだ
サウスポー対策のセオリー、右足の前蹴りで距離を取る
ドッ…!
だが、パワードアーマーの体勢が崩れずに、俺の押し出されてしまった
だめだ、体重も重いし力も強いし、ギガントより力が強いんじゃないか!?
作戦変更、打撃はダメだ
距離を詰める
フェイントを入れながら、左ジャブ、左フック
打ちながら左回りに動く
パワードアーマーの側面を取る
恐怖はある
だが、不自然な恐怖ではない
いける
体が動く
…俺の呪縛は無くなった
ガッ!
「…っ!?」
パワードアーマーの左パンチに合わせて、右ストレート
クロスカウンターが完璧なタイミングで入る
こいつの格闘技術は大したことない
パワードアーマーとはいえ、構造は人体と同じ
攻撃方法も人体と変わらない
俺は戦場で生き抜いてきた
こんな程度のボクシングなら何とでもなる!
俺のパンチではダメージは無い
だが、視界を塞ぐことには成功した
すぐに、伸びていたパワードアーマーの右拳を掴んで外側に捻り上げる
手首を極めて、そのまま小手返しに繋げる
ビキッ…!
「がぁぁっ……!」
関節が悲鳴を上げる
重い体重に対して、手首の装甲は薄かったようだ
勢いをつけたことで腕が捻れる
痛みで、パワードアーマーが自分から倒れた
俺は右腕を持ったまま、思いっきり引き上げてパワードアーマーをうつ伏せにし、そして腕を背中側に回す
そして、肩関節を極めてそのまま体重をかける
「ぐぁぁっ…!!」
右腕を頭側に倒すが、肩の装甲で動かない
肩の装甲が強い、だがここで壊す!
「うおぉぉぉぉっ!!!」
バキィッッ!
前身のばねと、体重を使って、テコの原理使いながら思いっきり右腕を頭側に倒す
うつ伏せで倒れたパワードアーマーの捻り上げられた右腕が、乾いた音を立てて前に倒れた
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
苦悶の悲鳴を上げるパワードアーマー
よし、痛みで動けないだろう
これで終わりだ
俺は、体を起こして離れる
この状態なら、また暴れても何とかなる…
…突然、パワードアーマーが反転して左拳を振るった
予想外の動き、反撃が無いとの思い込み
俺は、反応できずに鉄の左拳をまともに受けてしまった
ゴシャッ!
「ーーーっ!?」
右の二の腕が凹む
一発で骨が折れた
衝撃で体が浮く
寝た状態からの手打ちのパンチでも、外部動力の力でとんでもない衝撃だ
地面に転がりながら、すぐに立ち上がる
パワードアーマーも、立ち上がってきた
右腕が不自然に曲がり、骨が肉から飛び出している
解放骨折だ
まずい、このままじゃ負ける!
一気に形勢逆転された
…殺される
純粋な、生存競争からの恐怖
だが、こんなものは戦場で死ぬほど経験した
こんな所で死んでたまるか!
「うおぉぉぉっ!」
雄叫びが自然に出る
気合いを入れて、恐怖を抑え込む
気合いに呼応して、体が活性化している
これは、俺の中の仲間達の影を押し退けていた何かだ
死の恐怖、極限のストレス下で出てくる本能…、殺気を纏った意思
「…っ!?」
その時、俺は自分の右腕が動いたとに驚愕した
鉄の拳がめり込んで、骨が飛び出していた右の二の腕が動く
折れた骨を引き込んで、筋肉と骨を無理やり縫合したかのようになっている
大量出血や、骨折などの運動機能障害に対する高代謝機能は変異体の特性の一つだ
殺気に呼応して、代謝が活性化している
そして、それだけじゃない
体が軽い、背中の触手も鋭く伸びている
変異体として、体が完全に覚醒している
「ああぁぁぁぁっ!」
パワードアーマーが、残った左腕で殴りかかって来る
動きがはっきりと見える
次の動きが分かる
パンチを、半身で突っ込むことで避ける
そのまま、右腕をパワードアーマーの胴にかけて背中に回る
後ろからパワードアーマーの頭の上部と顎に両手をかける
そして、頭を上下反転するように回転させる
ゴキィッ…!
頭を捻り上げて、首を捻り折った
別室
選別場のモニターを見ながら白衣の研究者が話している
「D03、動きが変わったな」
「…まさか、パワードアーマーを殺すとは。適当に痛めつけて止めるつもりだったのに」
「だが、怪我に対する超代謝の治癒を確認、また解放骨折の傷を塞いだ。合格だ。しかも、殺意に呼応して身体能力も向上していたようだ」
「PTSDの症状も出てなかったですね。吹っ切れたのか?」
「どうだろうな。精神科医のカウンセリングを受けさせるつもりだったが、この様子なら…」
「ステージ2に上げる準備をしてもいいですね」
「そうだな。…さて、次の選別は何を当ててみるか。そろそろ俺たちの手を離れる時が来そうだな」




