八章 ~26話 タルヤの憧れ
用語説明w
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存されていた
ウィリン:ヘルマンの息子。龍神皇国の大学生だが、現在は休学してドミオール院に戻ってきている
マリアさん:ドミオール院を切り盛りしている院長。慈愛に満ちた初老のエルフ女性
ドミオール院
近々、大規模なナウカ領への侵攻が始まると発表された
マキ組にも出撃要請の打診が来ており、しばらく来れなくなりそうなので顔を出しに来たのだ
「なんか感慨深いな…」
「どうしたんだ、ゲイル?」
ゲイルが、マリアさんの入れてくれたお茶を飲みながらまったりとしている
「コウは、ここを守るためにあんなに必死に戦っていたんだろ? 子供達を見ていると、その気持ちが少しわかる気がするからさ」
「そうだな…」
外では、ルイが子供達とフットボールをしていた
タッチフットと言って、タッチしたら止まるという安全なルールのフットボールだ
ちなみに、前回はサッカーをしていた
ルイは、いろいろと球技が得意のようだ
手品もできるし器用だよな…
マリアさんとタルヤ、ウィリンは行商に行っている
その間、俺達が子供達の面倒を見ているのだ
相変わらず、俺の使役対象達も元気に子供達と遊んでいる
小竜や式神、アンデッドやロボットと触れ合うことは、情操教育になるのだろうか?
「そういや、前言っていた仕込み武器ってのは完成したのか?」
ゲイルが、孤児院で物騒なことを聞いてくる
「いや、まだだよ。なんとなく、構造は考えたんだけど」
「大規模侵攻には間に合いそうに無さそうだな」
「そうだな…。そう言えば、ゲイルの忍術ってどんなものなのか聞いてもいいか?」
「忍術? まぁ、俺もマキ組の仲間になったから構わないか」
お互いの手の内を知っていれば、それだけ連携も取りやすい
その代わり、裏切られると途端にピンチになるというリスクもある
ゲイルが左右の袖をまくると、遁術の術式が光った
ゲイルが両腕を振ると、前腕から細い棘のようなものが射出、壁に突き刺さった
「凄い…、土遁か?」
「そうだ。土遁棘武蔵、土属性の棘を生成して、射出したり一時的な武器にしたりする。前腕の内側のスリーブガン、外側の棘武蔵で使い分けているんだ」
「はぁ…、遁術自体も仕込み武器にしてるのか。確かに、それだけ隠されてると隙を突けそうだな」
「腕に二つ仕込んでるのがミソだ。一つ使えば、もう一つあると考える奴は少ないからな」
「勉強になります…。決めた、俺も飛び出す刺突武器にする」
「手甲型の装具に仕込むのか?」
「そのつもりだ。暗殺にも使える仕込み武器。構造はまだ考え中だけど、今度、知り合いの鍛冶屋に考えてもらうよ」
「そうか。いろいろ試行錯誤してみるといい」
俺は、ルイが子供達と遊んでいる間、装具の訓練に没頭した
手の平の吸着機構はかなりものになって来た
これなら、指先の爪と併用すれば壁を登ることに問題はない
「ただいまー」
玄関からタルヤの声が聞こえた
「お帰り」
俺は、入口のドアを開ける
三人は、両手でたくさんの荷物を持っていた
「集落の人から、庭の農作物をたくさんもらってしまいまして」
ウィリンが、抱えていたキャベツを置く
「全面戦争の後から、集落の人達と接することが増えて、いろいろと助けてもらっています」
マリアさんが微笑む
何でも、コウやヤエが命を懸けてこの集落を守ってくれたことを知ったらしい
俺の父さんの活躍もあって、以前よりも集落の住人はドミオール院と関わってくれるようになったとか
定期的な収入が入るようになって生活が安定したことで、ドミオール院の子供たちのために手を貸してくれる住人が増えたのはありがたいことだ
「あー、疲れた」
タルヤが椅子に座って伸びをする
「戦争に行くウルラ軍のおかげで収入が増えるのはありがたいのですけど、なんか複雑ですよね」
ウィリンが言う
確かに、この収入は戦争による需要だ
内戦によって収入を得るというのもしっくりこないという気持ちもわかる
「ただ、この集落でいろいろと仕入れないとウルラ軍の人達が困るのもまた事実です。内戦を肯定するわけではありませんが、この集落を守ってくれている人であることもまた事実なんです」
マリアさんが、皆にお茶を入れてくれた
ウルラ軍は、ナウカ領を少しづつ占領している
フィーナの方針で、ナウカ領の住民や投降したナウカ兵に対しては安全を保障し、住宅もそのまま使わせているらしい
戦いを止めるのには力が必要だ
相手に攻撃されないように力を持つ
そして、相手を攻撃しなくていいように力を持つ
この内戦の終わりとは、マサカドを討ち、領主シーベルを捕らえれば終わりなのだろうか?
その後、ナウカ領の住民や鬼憑きの術を持つ術者たちはどうなるのだろうか?
「ねぇ、ラーズ。そう言えば、何か話が有るって言ってなかった?」
タルヤが、お茶を置いて思い出したように言う
「…あ、そうだった。忘れてたよ」
「あの話の答え? それとも、お礼をさせてくれるってこと?」
「いや、違うって。まだ内戦の真っただ中なんだから…。タルヤ、あのダンジョンのことを覚えてるだろ?」
「…ダンジョンって、あの?」
タルヤが眉をひそめる
「そう。俺達が何度も潜らされて、タルヤが負傷したあのダンジョンだ」
俺達にとっては、二度と行きたくない場所
トラウマに塗れ、仲間の死を見て来た場所だ
「それがどうしたの?」
「また、あそこに潜ることになったんだ」
「…え!?」
タルヤが驚きに目を見開く
「神らしきものの教団が探している、真実の眼っていう遺跡があるんだけど。その遺跡があのダンジョンの中にあるらしいんだよ。しばらく先になるとは思うけど、俺も同行して調査することになると思う」
「ラーズは、あのダンジョンを制覇したんだものね。でも、大丈夫なの?」
「今度は、あの施設のような性能評価で潜らされるわけじゃないからね。装備も揃えるし、物資もしっかり持って行く。あと、Bランクの騎士も同行する予定だから」
「ふーん…」
タルヤは心配そうに、それでも、納得したようにうなずいた
タルヤにとっては、自分が死にかけた場所だ
そりゃ思うところがあるよな
「ラーズ、私ね…」
「ん?」
「あのダンジョンでの夢をたまに見るの」
「え…、大丈夫なの?」
それって、トラウマの夢じゃん
精神的に疲れて眠れなくなるパターンじゃん
「嫌な夢じゃなわ。…私がモンスターにやられて運んでもらっている最中に、何度か目が覚めるの。そうしたら、ラーズが必死になって戦ってくれている。それを見て、あぁ…、私は一人じゃない。ヒーローが助けてくれるって安心するの」
「タルヤ…」
「冷凍保存されて、目が覚めて…、ラーズが助けてくれたって聞いて、やっぱりあれは夢じゃなかったんだって。それが嬉しかった」
「俺だけの力じゃないよ。あの時のメンバーが必死になったからだし、そもそもタルヤが頑張ったからだよ」
「私がトラウマに苦しんでいる時も、ラーズが会いに来てくれて救われた。ナオエ家の時も、全面戦争の時も、全部ラーズがきっかけで助けてくれた」
「…」
「ラーズ…、あなたがいるから私は立ち直れた。あなたは私の憧れ、ヒーローなの」
タルヤが熱を帯びた目で俺を見つめる
そんなタルヤの目を、俺は見つめ返すことができない
俺は何もできていない
全面戦争でもコウとヤエを失った
ドミオール院だって、救ったのは俺じゃない
あの施設で、俺は浅ましく生にしがみつき手を汚して来た
大崩壊では俺だけが生き残った
…俺なんかに、出来ることはあるのだろうか?




