八章 ~14話 討伐開始
用語説明w
コウ:マキ組の下忍、青髪の魚人男性。補助魔法である防御魔法、そして銃を使う。全面戦争にて戦死した
ヤエ:マキ組の下忍、ノーマンの女性。潜入に特化した忍びで戦闘力は低い。回復魔法を使うため医療担当も兼務。全面戦争にて戦死した
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
ピンク:カイザードラゴンの血を引く龍神皇国の貴族で騎士。カイザードラゴンのブレスを纏った特技の威力は凄まじい
仕込みは終わった
鉱石竜の目撃証言があった場所まで、尾根沿いのルートを確認
俺達は濡れた山肌を慎重に登って行く
同時にドローンを空高くに飛ばして、周囲の状況を確認
山間の森はモンスターが多く、虫系モンスターのスタンピートが起こったばかりで警戒が必要だ
更に、ここは領境でもあることからナウカ兵の接近にも備えなければならない
山を越えるルートに木材の棒を打ち込んでいき、歩きやすいように整える
斜面は急ではあるが、木の根元が「J」の字のように曲がって生えているため、歩くルートは取りやすい
「ふぅ…」
ルートの確保が一通り終わり、安全も確認した
もう日が落ちてきている
「…お貴族様のために、わざわざ歩きやすく道を作ってやるなんて、どれだけ過保護なモンスター討伐なんですか?」
ひたすら木材を打ち込み、並べていく
ぬかるんで滑りやすい道を、少しでも歩きやすくしてやった
…これ、どう考えてもモンスターハントをするとは思えないほどの世話焼きだ
「ブルトニア家の皆様には、せいぜい良い気分で歩いてもらいましょう」
マキ組長が静かに言う
「日が暮れる前に終わって良かったですね」
ルイが空を見上げた
準備が終わり、俺達はテントに入る
見張りを交代しながら、俺達はブルトニア家が来る早朝を待った
「…ブルトニア家が来ないだと?」
朝、ゲイルが焦って電話をし始めた
もう午前十時、約束は午前七時だったはずだ
…まさか、勘づかれたか?
「…飲み過ぎて起きられなかった? 鉱石竜はもう補足していますが、今日はやめますか? …いやいや、ずっと追跡なんて無理ですよ。鉱石竜の居場所は奥地ですし、ナウカ領に入る可能隻も高いですから」
ブルトニア家からの電話で、ゲイルが交渉している
どうやら、今日は止めたい
次、ブルトニア家が行けるまでの数日間、ずっと追跡しておけと言っているらしい
アホなの?
こっちの労力を何も考えていない
何日間、森の中を追跡させるつもりなんだ
お前の都合で何日も付き合ってられるか
「…分かりましたよ。こっちは約束通り補足しているんです、これ以上は追跡できませんからね?」
ゲイルが、やれやれと電話を切った
「なんですって?」
マキ組長が尋ねる
「昨日のパーティで飲み過ぎて体調が悪いそうです。今回は諦めるのかと言ったら、渋々ながら来ると言っていました。到着は、おそらく昼過ぎになるでしょう」
「では、もう一度現場を確認しておきましょう」
俺達は、何度目かの確認作業を行う
後は、ブルトニア家が来るだけ
そして、鉱石竜討伐のために森に入るだけなのに
さっさと来やがれってんだ、クソが!
…いや、落ち着け
冷静に機を待つ、それが忍びだ
奴らはBランクで貴族
完璧に仕事をしなければ、消されるのは俺達だ
…想定外の遅刻はあったが、昼過ぎになんとかブルトニア家が到着した
既に午後1時を回っている
「早速ですが、日が落ちる前に狩りを終わらせるべきです。すぐに入りますか?」
ゲイルがグロウス・ブルトニアに尋ねる
「あー…、くそっ、森は嫌いなんだ。だが、鉱石竜のためには仕方がない…、ちっ…」
舌打ちをしながら、グロウスは乗ってきた魔法のじゅうたんから降りた
ブルトニア家が連れて来た部隊は総勢三十人
内、グロウスを含む二人がBランクの騎士だ
一般兵二十八人は、ブルトニア家が擁する騎士団らしい
「グロウス様、畏れながら。全面戦争で武功を上げられたブルトニア家の次男として、鉱石竜の素材で作られた鎧はグロウス様にふさわしい気品を表現することでしょう」
ゲイルが、また揉み手で言う
「ん? まぁな、私もそう思うのだ。…よし、さっさと狩って帰るとしよう」
「はっ、すでに鉱石竜の居場所は補足済み。ルートも確保しております」
ゲイルの言葉に気分を良くしたのか、ようやくグロウスは鎧に袖を通した
騎士が使う高級な鎧で、闘氣を纏えば更に防御力を高める物だ
「まったく、ウルラの王家も、撤退しただの何だのとぐちぐち言って来おってからに」
「本当でございますね。ブルトニア家の活躍が無ければ、あのエリアで連合軍の殲滅など不可能でしたでしょう」
ブルトニア家のBランクの騎士が、グロウスに頷く
「私は貴族であり、上級国民だ。しかも龍神皇国のだぞ? クレハナごとき小国の領主ごときが私に意見するなど、おこがましいにも程がある」
「そうですね、私もそう思いますとも」
「フィーナ姫も、そろそろ私の良さに気づいてもいい頃だと思うのだがな」
「それこそ、煌びやかな鉱石竜の鎧をまとったグロウス様を見れば、フィーナ姫の心も動くことでしょう」
「おお、そうだな。美しい私が鉱石竜の鎧を纏えば、フィーナ姫だって私の誘いを断ったりはすまい」
「ええ、ええ、その通りでございます。加工には、皇国お抱えの職人を手配いたしましょう」
「ああ、頼むぞ」
ブルトニア家はぐずぐずと準備を行い、ようやく出発となった
道中でも、ブルトニア家のおしゃべりは止まらない
どうやら、緊張感とは無縁の方々のようだ
「あー! そもそも、私ほどの男がクレハナの内戦なんぞに駆り出されること自体が間違っておるのだ!」
「本当でございますね。グロウス様は、皇国の中央区のような都会でお仕事をされるのがお似合いでございます」
「そうだろう? 母上と兄上に頼まれたから引き受けたのだが、もうクレハナの内戦はうんざりだ!」
「全面戦争も終わりましたし、間もなく帰れるかと。グロウス様の武功はカエサリル家も称賛されることでしょうし、ブルトニア家の株も上がりましたね」
「うむ、うむ。そもそも、今までの評価がおかしかったのだ。さっさと内戦を終わらせて、美しいフィーナ姫を側室に迎えて皇国に帰りたいものだ。そうすれば、ゆくゆくはドルグネル家のセフィリア様やカエサリル家のピンク様ともお近づきになれるかもしれんからな」
「皆さまのお美しさは有名です。グロウス様にこそふさわしい女性達ですものね」
「はっはっは…! そうだろう、そうだろう?」
…何なんだ、このおべんちゃらラッシュと傲慢のコンビネーションは!?
敵前逃亡するようなクソ野郎に、フィーナやセフィ姉、ピンクが相手するわけがないだろうが
「…まったく。それなのに、全面戦争の部隊行動を今更確認し始めおって、めんどくさい。勝ったのだからどうでもいいではないか」
「本当ですよね。そもそも、ブルトニア家はウルラ家のために戦ってやっているわけですからね」
「そうだ。我々騎士が、戦場に出てやっただけでもありがたいと思うべきであり、一般兵など我々の盾になれることに誇りを持つべきなのだ」
「そうでございますね」
「それを、あの薄汚い小娘が意見してきたり、後からウルラ王家がぐちぐちと言ってきたりと、不愉快極まりない」
汚い小娘? 意見?
それって…
そんな会話を聞きながら、俺達はブルトニア家を引き連れて山間を歩く
「おい、ゲイル。道が違うのではないか?」
「調査した結果、こちらの方が近道です。少し急な斜面ですが、木材を並べておりますので歩きやすいはずです」
途中で、俺達は湿った山間の道に入る
俺達が歩きやすいように必死に準備した道
それを見て、ブルトニア家は納得したようで、素直について来た
…バカだな、この道は危険なサインに溢れている
知識があれば普通はついてこない
お前らは、今まで反撃してこない人間を攻撃して力を誇示してきたのだろう
上級国民とやらは、ハメられることも少なかったようだ
…コウは、命がけでウルラの領民を守った
…ヤエは、命を懸けてお前ら貴族に意見した
あいつらは、命よりも大切な者のために命を使った
その使命感を、何も考えていないお前達が笑い飛ばすなんてことは許さない
戦いとは、適応と言い換えることが出来る
お前達が貴族として君臨できたのは、皇国で一般市民よりも適応したから
だが、ここはクレハナであり自然のフィールドだ
考えに考え抜いた俺達は、お前達のような他人事のお貴族様よりも圧倒的に環境に適応している
生物の進化が環境の適応であることと同じく、戦いは相手の動きに素早く適応できるかどうか
早く適応した方が、より勝者に近づける
「少しだけ、ここで待機をお願いします。あの先を確認してきますので」
ゲイルが言う
「こんな所では、腰を掛けることもできんではないか」
「もうすこし先に鉱石竜がいるのですが、姿を見せたくありません。合図をしたら登って来て下さい」
斜面の中腹、細い獣道に木材を並べてある
そこでブルトニア家の部隊を待たせ、俺達マキ組は斜面を上がって行く
………さぁ、本番だ
お前達のやったことへの対価を支払ってもらう
「…」
ゲイルが俺達の顔を見る
マキ組長と俺、ルイが頷く
ゲイルが頷きを返して、PITでスイッチをタップ
ドォン!
ドォン!
ドォン!
ドォン!
ドォン!
「な、何だ!?」
突然の爆発の連鎖
そして…
ゴゴゴゴゴゴ…
揺れる岩肌
「おいっ! 何があった!?」
「分かりません! 確認を…」
斜面の下からブルトニア家の声が聞こえる
ゴゴゴゴゴ……!
ドドドドドドドドドーーーーーーーーーー!!!
しかし、その声は土砂崩れが起こした轟音にかき消された
「J」のように曲がった木 六章 ~21話 忍術の修行




