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一章~23話 忘れていたもの

用語説明w

大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人の犠牲者が出た

神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍


ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた



ザワッ…


ヘルマンの言葉で、食堂の被検体達の間に動揺が走った



「…大崩壊を知ってるのか?」


「噂だけは聞いた。教団が起こした大事件だからと、ここの研究者が教えてくれたんだ」



大崩壊


俺がいた国シグノイアと隣国ハカル、この二つの国を襲った大災害だ

複数の連鎖的な大災害の発生により、数時間のうちに国としての機能が消失、…百万人に近い数の犠牲者が出た


この大崩壊は人為的に引き起こされたものだった

実行した元凶は、龍神皇国という大国の貴族と…、そして、()()()()()()()()()


この大崩壊は、歴史に残る人為的な大虐殺だったのだ



「…まさか、お前も加担しているのか?」


「ま、待て! 俺はここに五年もいるんだぞ!? それに教団の関係者は世界中にいる! 俺はシグノイアなんて行ったこともないぞ!」


「…」


考えてみたら、確かにそうだ

こんな場所にいるのに、シグノイアの大崩壊に関われるわけがない


俺は、ヘルマンの胸倉から手を放す



「ふぅ…」

ヘルマンが、やっと息を付く


「…すみません。つい、手が……」


「お前のパンドラボックスは、やはり大崩壊の経験だったのか?」

ヘルマンが俺に尋ねる



その時、誰かが俺達に近づいてきた


「おいおいおい! 何を暴れてやがるんだ、コラ!」


振り返ると、エスパータイプの男が向かって来た



こいつは確か、シンヤと一緒にいた男だ


「…おう、暴れてんじゃねぇよ」

エスパー男は、俺を睨みつける


「…」


どうやら、シンヤと同じく俺を獲物にしようとしているようだ

殴るきっかけを見つけたといったところだろう


だが、今の俺にとってはどうでもいいことだ



あの恐怖の原因


俺の中で()()()()()()()()()()()()()の正体が分かったのだ



「おい、聞いてるのか!」

エスパー男が、答えない俺に対して声を荒げる


…これは、俺に対する敵意だ



いつものように、何かが俺の中で立ち上がる


心の中の何か…、いや、仲間たちの幻だ


記憶の中の仲間たちが、心配そうに俺を見ている




「震えてんじゃねーよ…」

エスパー男がニヤつきながら近づいてくる


確かに俺は震えている



仲間たちの幻が撒き散らしていた恐怖を理解した


それは、警鐘だった



何への警鐘か?


それは、このエスパータイプのような目だ



()()()()()()()()()()()、敵意と悪意に満ちた眼


この敵意に触れることで、押し込めていたあの絶望を嫌でも思い出してしまう


だから、()()()()()()()()、敵意と向き合わないように叫び続けていのだ



無防備に近づいてくるエスパー男

いや、エスパー野郎と呼称する



左足を静かに踏み込み、腰を回して右拳を撃ち出す



ズドッ…


「へぶっ…!」



右ストレート


力まずに丁寧に出した右拳が、エスパー野郎の顔面にめり込む



「…ヘルマン」


「ん? なんだ?」


俺はヘルマンに顔を向ける


「やっと分かりました。俺が怖かったのは、仲間を失った時のことを思い出すことでした」


「失った時のこと…、記憶を失ってたのか?」


そうだ

俺はいつの間にか、仲間が殺されたときの映像、そして絶望の感情を心の奥底に押し込めて封印していた



俺の仲間は、敵意と悪意によって踏みにじられて殺された


その絶望と憎悪、無力感という全ての感情を忘れ、仲間が死んだという事実だけを記憶に残した

そして、思い出さないように仲間達の記憶ごと封印していたのだ



「はい。…あの時の記憶を押し込んでいたみたいです」



そして、仲間が死んだという事実だけを覚えて記憶の矛盾を隠していた

だから、思い出せないということにも気が付いていなかったのだ


だが、実際にはどうやって死んだのか、仲間がどんな顔だったのか、それさえも忘れていた



…心を守るために


絶望に潰されないように


都合のいい、仲間に関する記憶だけを意識的に忘れていたのだ



「てめぇ…、あぁっ!?」


エスパー野郎が、鼻骨を砕かれながらも立ち上がってきた

そして、何かに驚く


「…ラーズ、目から零れ落ちているぞ」

ヘルマンが言う


「…」


俺の目からは、涙が流れ出していた



…これは仲間に対しての涙だ


忘れていてごめん、という意味だろう


忘れるなんて、絶対にダメだ


それなのに…



「…泣いたって許さねぇ!」


勘違いしたエスパー野郎が殴りかかって来る



お前、エスパータイプなのにドラゴンタイプの俺と殴り合っちゃっていいのか?


左に半歩ずれると、エスパー野郎の拳が空を切る



ドッパァン!


「ごふっ…!」



そして、空いている腹に右のミドルキックをぶちこむ

腹筋が緩んでおり、腹に脛がめり込む感触があった



敵意が怖い


あの敵意に満ちた目が仲間を殺した


この目を見ると、仲間を失った時のことを思い出す


…あの時の絶望、激昂、そして無力感を思い出してしまうから



もう、思い出したくない


もう、失いたくない


()()()()()()()()()()



「うぅ…、ふざけやがって…」


エスパー野郎が、這いつくばったままテレキネシスを発動した



サイキックとは、精神と魂を結びつける力である精力(じんりょく)を脳の力で発生させる能力だ


エスパー野郎の脳から、霧のような精力(じんりょく)の腕が見える

この腕が、近くの机にあったフォークやナイフを一斉に持ち上げる


そして、精力(じんりょく)で運動エネルギーを与えて飛ばしてくる

サイキック能力のない人間から見れば、精力(じんりょく)の腕で持ち上げたナイフやフォークが空中に浮いているように見えるだろう


俺は、軍時代に弱いながらもサイキック能力を持った

変異体になってからは、精力(じんりょく)の量も増えている


だから、この精力(じんりょく)の動きが良く見える



フォークやナイフ飛ばす直前に、俺はエスパー野郎の後頭部に拳を振り下ろした



通称パウンド

地面に転がった相手に対して打ち下ろすパンチのことだ


ルールのある格闘技では、後頭部へのパンチは危険なため禁止されている

しかし今は生存競争の真っただ中、ルールなんてあるわけない


しかも、俺は空中に浮かんだフォークやナイフを複数突き付けられている

エスパータイプのサイキックはやはり危険だ



ゴガッ! ゴッ!


「…っ!!」



後頭部に拳を落としていく


精力(じんりょく)は脳から発している

脳が揺れて脳震盪を起こせば、当然精力(じんりょく)はうまく扱えなくなる


腕を骨折したピッチャーがうまくボールを投げられないのと同じだ



カチャン ガチャーン



次々と、浮いていたナイフやフォークが床に落ちた

後頭部は人体の急所、変異体であっても人体の構造上それは変わらない


エスパー野郎は、完全に失神していた



「おい! やり過ぎだ、殺す気かよ!」

エスパー野郎の連れのギガントタイプが割り込んでくる


「…先に突っかかって来たのはこいつだ。邪魔だからさっさと連れて行け」


「な…何だと、この野郎!」


ギガントタイプが、殴りかかって来る


不思議だ、動きが良く見える

そして、冷静に見れているにも関わらず、怒りが体を動かしている



自分が許せない


自分の心を守るために、仲間たちを忘れていたことが許せない


神らしきものの教団のことを、忘れ去っていたことが許せない…!



「…ごちゃごちゃと……うるさいっっっ!!」



半歩右にサイドステップ

ギガントタイプの右腕を掴みながら、踏み込んだ右足を中心に回転して担ぐ、その勢いで前にギガントを投げ落とす



ゴシャッ!


背負い投げ



脳天から床に叩き落し、怒りに任せて殴りかかる



「-----!!」


邪魔をするな!



記憶が戻った


俺は弱い自分が許せない


仲間を忘れて、自分だけ壊れないようにしていた弱さが許せない!



「………てっ、……めろ! ……やめろ、ラーズ!」


「…っ!?」



気が付くと、ヘルマンや周囲の被検体が俺を止めていた

目の前には、ボコボコになったギガントタイプとエスパー野郎が転がっている


「ラーズ! 我に返ったか!?」



「はぁ…はぁ…はぁ…」


呼吸が乱れている



「…前も思ったが、お前の格闘術は大したものだな。軍隊仕込みか?」


「…軍に入る前、学生時代から趣味でやっていたんですよ」


俺は、魔法や特技(スキル)闘氣(オーラ)が使えない

だから、代わりに何かを身につけたいと思い格闘技を習ったら、面白くてはまったのだ


その技術や体力は、軍隊時代にかなり役立った



「何をやってるーーー!!」


守衛が駆け込んで来た



俺は素直に両手を上げ、事情を説明した



記憶とトラウマ解明編、次で終わりです!

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― 新着の感想 ―
[一言] そゆことか〜まぁでもラーズの調子が戻ってくれて良かった。
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