八章 ~12話 修行の目的
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
久しぶりに、廃校にマキ組のメンバーが全員揃った
…ブルトニア家の制裁
その準備のために皆が必死に動いて来た
マキ組長は、ナウカ領に入ってまで準備をしていたのだ
「…やるべきことは全てやりました。後は、ブルトニア家が餌に喰いつくのを待つだけです」
マキ組長が言う
「そう言えば、新入りのゲイルはどうしたんですか?」
ルイが聞く
「今日、病院で再生医療を受けています。欠損した腕の培養が終わったらしいので」
ゲイルは、ブルトニア家の命令違反による撤退に気が付かなかったことに必要以上に責任を感じていた
本来は入院をしていてもおかしくないにも関わらず、腕が欠損した状態のまま方々へと出かけていたようだ
ウルラ領とナウカ領での餌撒き
そして、俺とマキ組長がナウカ領に行っている間に、ルイとジョゼが現場での準備を終えていた
「奴ら、いつ喰いつか…」
ジョゼが言う
そんなわけで、今日は久しぶりに休みだ
俺もナウカ領から帰って来たばかりのため、少しゆっくりしたい
ドミオール院にも顔を出したいな
「…」
「…」
俺は、校庭でマキ組長と対峙している
「…あの、何をするんですか?」
「やっと覚醒したラーズに、今後の訓練方針とセフィリア様からの言葉を話しておきたいと思います」
「セフィ姉の言葉?」
俺がマキ組に入ったのは、セフィ姉が手配してくれたからだ
マキ組長は、セフィ姉に何かを頼まれていたのか
「私は、ラーズの育成を任されていました」
「あ、忍術のことですね?」
一人前の忍びとは、自分のオリジナル忍術を持つ必要がある
俺は高速アイテム術を編み出したことで、マキ組長から正式に忍者として認められた
「それは、あなたをマキ組の戦力として育て上げるための結果です。私がセフィリア様から依頼を受けていた内容とは、呪印の覚醒です」
「じゅ、呪印の覚醒!?」
セフィ姉から譲られた、竜族の呪印
セフィ姉の龍族の強化紋章と対を成す紋章だ
俺は全面戦争の最終盤、呪印を発動してBランク戦闘員二人と引き分けた…、らしい
記憶が無く、あくまでも捕虜となったナウカのBランクの証言だけなので、全く実感がない
「私とセフィリア様の見解は一致しており、呪印の発動にはあなたのトリガーがカギとなると考えています。そのため、私は意図的にトリガーの発動をラーズに促してきました」
「あー…、それは確かに」
「その甲斐あって、あなたは呪印を二回発動することに成功した。訓練を次のステップに移す時です」
「あの、二回ってなんですか?」
呪印の発動は、全面戦争の時だけじゃないの?
「…気がついていなかったのですか? ラーズがジライヤと殴り合った時、あなたの額には呪印が発動していましたよ」
「え!?」
「呪印の効果で、あなたの装具による打撃はジライヤの闘氣の防御の上からもダメージを与えた。その想定外の状況がジライヤを混乱させたのです」
「…」
そうか…
はっきりと覚えてはいないのだが、なんとなくジライヤを押していた気もする
呪印が発動すると、闘氣を発動した相手にダメージを与えられる?
実感はないが、それが本当なら一般兵にとっては必殺技となり得る性能だ
「ですが、今のままでは使い物になりません」
「…はい」
それは、暴走のことを言っているのだろう
俺は、怒りのまま、破壊衝動に従って拳を叩きつけただけ
冷静な判断ができず、それどころか、格闘術さえも使えていなかった
力任せに暴れるだけ
本能に従った、ただの反射反応だ
呪印の発動には、ドス黒い破壊衝動ともいうべき何かに体と意識を持って行かれる
こんな状態では、戦場で恰好の的になるだけだ
「制御のために、まずは呪印の意図的な発動を目標とします。次に、呪印発動時の理性の保持の方法を探る必要があります。その訓練に移りましょう」
「は、はい。分かりました」
呪印の制御…
そんなこと、本当にできるのだろうか
あの破壊衝動は、抵抗する暇もなく俺を飲み込んだ
今の所、どうすればいいのか想像もつかない
…それどころか、まず発動の仕方が分かっていない
・・・・・・
「まず、あなたのトリガーについてのおさらいと制御の訓練をしましょう」
「はい」
俺は、校庭の朝礼台で座禅を組む
トリガーとは、脳内物質の過剰分泌という変異体の特性だ
俺の場合は他の変異体と比べても分泌量が多いようで、特別にトリガーと名付けられた
俺の二つ名、トリッガードラゴンの由来でもある
「では、その状態でトリガーを発動してください」
「…やってみます」
トリガーとは、目前の危険に対いして起こす防衛作用だ
危険を感じ、高いストレスを受けた時に脳内物質が過剰分泌される
痛みや疲労の消失、興奮作用や多幸感による恐怖心の消失
そして、ゾーンと呼ばれる超集中力を発揮することもある
トリガー発動時、過剰な興奮作用によって最初は暴走していた
しかし、ヘルマンの助言通り少しでも抑えるようにすることで、発動したとしてもある程度の理性を保てるようになってきたのだ
今では、目の前に危険…、例えばモンスターや敵兵がいれば、意図的にトリガーを発動することが出来るようになった
だが、何もない場所でトリガーを発動したことは今までなかった
「………」
しかし、俺はやり方を知っている
…トリガーとは、言うなれば走馬灯を見ている時の一瞬の脳の高速回転の状態
死に瀕した時に、その記憶の中から生き延びる方法を探すための最後のあがき
俺はこの感覚を知っている
何度も死の恐怖を感じて来たから
「……」
高揚していく
力が漲る
トリガーが発動した
そして、理性はしっかりと残っている
「いいですね。トリガーはある程度制御できています」
「…はい」
トリガーとは、興奮と冷静の間を揺れ動いている状態
興奮しすぎれば暴走し、冷静になりすぎればトリガーの発動が止まる
ポイントは、殺気を発すること
こいつを仕留めるという決意に乗ること
冷静な決意が理性の保持とトリガーを両立、ゾーンに入ることが出来るのだ
「では、抑え気味でいいので、しばらくトリガーを発動し続けて下さい。今後は、トリガーの継続発動を訓練していきます」
「…え……、…結…構……きつい……」
「それが、あなたに必要な訓練です」
「く……」
いや、きついんだけど!
ずっと力を入れ続けている状態なんだよ?
しかも、油断すると意識を持って行かれる…!
「そのまま聞いてください。私の考察です」
「…っ!?」
「なぜ、あなたは他の変異体よりも脳内物質の放出量が多いのか、トリガーと呼ばれるほど集中力が上がるのか」
「……」
「それは経験値。何度となく経験して来た死の淵を知っているから。そして、死んだ方がマシだという感情の爆発を知っているからです」
「……!」
「あなたの絶望、憤怒、悲哀…、感情の爆発という経験と記憶は、脳というハードに影響を及ぼす強力なソフトウェアとなった。脳内物質を過剰分泌させるほどの記憶情報がインストールされた脳、をそれがトリガーの正体です」
「……!!」
「そして、なぜ呪印の発動が出来たのか? それは、あなたの感情の爆発が、竜の闘争を司る呪印の文字通りのトリガーとなった」
「……!!!」
「あ、途中でトリガーを止めたら時間を延ばしますからね?」
「…っ!?」
ぐ…
ぐがが……
きつい……
想像以上にトリガーを維持するのがきついぞ…!
それからしばらくの間、トリガーを維持してなんとか訓練が終わった
え、この訓練、今後も続くの?
・・・・・・
ブロロロ……
校門から、一台の車が入って来た
降りて来たのはゲイルだった
失ったはずの手がしっかりと再生されている
「マキ組長!」
「ゲイル、再生手術は終わったのですか?」
「ええ、終わりました。ラーズ、正式にマキ組に移籍した、よろしくな」
「ああ、よろしく」
「…って、それよりも、マキ組長!」
ゲイルが慌てて言う
「はい?」
「…喰いつきました。ブルトニア家からの依頼が来ています」
…ついに、ブルトニア家の制裁が始まった
トリガー 二章~35話 ステージアップ(2→3)