閑話23 コクル領での密談
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
フィーナ:B+ランクの実力を持ち、漆黒の戦姫と呼ばれるウルラ最高戦力。仙人として覚醒、宇宙戦艦宵闇の城をオーバーラップ、更に複合遁術を習得した大魔導士。ラーズとの別れを選んだ
コクル領 萌黄城
王の間と隣接して作られている議会室
今は厳重に封鎖され、ある二人の人物が相対して座っていた
コクル領の領主 ツエル
銀髪のノーマンであり、ウルラ家のドースやナウカ家のシーベルと比べると一番若い領主だ
そして、ツエルと相対しているのは、ウルラ領の姫としての立場を持つフィーナだ
「…それは本当なのか?」
ツエルが苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を絞り出す
「そのための状況証拠は集まっています。そして、最後のピースはあなたの協力次第ですね」
「ううむ…」
「もし、ここで決断をしないのならば、あなたは連合の一員です。これは最終通告と思って下さい」
フィーナは、冷たく言い放つ
フィーナがツエルと秘密裏に会談を行っている理由
それは、ツエルに連合の破棄を迫るためだ
ツエルが悩む理由は二つ
一つは当然、連合をウルラ軍が破ったこと
このまま連合に与すれば、コクルは敗戦国になる
もちろん、コクルにとって大きく不利、ウルラにとって大きく有利となる条件を付けている
そしてもう一つ
それは、ナウカのシーベルの悪行についてだ
クレハナの前王、パヴェル
病死した後に、この内戦のきっかけともなった手記を残したコクル領出身の賢王
この死にシーベルが関わっているという状況証拠を、フィーナはジライヤと共に秘密裏に調査してきた
コクルのツエルは、同郷出身ということもありパヴェル王を敬愛していた
そのため、もし、シーベルがパヴェル王を手にかけているとしたら、それは看過できるものではない
…この調査は、セフィ姉から任されたことの一つだった
人や国は、議論のみで意見を変える事はない
あくまでも、利益の有無と被害が及ぶ可能性がある場合のみだ
相手を従わせるためには、冷徹に利益と被害の可能性を呈示する
簡単に言えば、交換条件と恐喝を同時に並べるということだ
フィーナは政治の世界に踏み入った
そして、汚いと言われる世界を嫌と言うほど見て来た
だが、その根幹にあるのは自分と家族、仲間と国民を守りたいという気持ち
人間心理にある防衛本能だ
汚いと言われる手段を使ってでも国を守る
セフィ姉から言われていた、悪者になるための決断をする強さ
フィーナは、冷たい視線をツエルに向ける
「………」
ツエルは悩んでいる
この会談中に決断しなければ、コクルは連合軍としてウルラ軍と戦うこととなる
状況は不利、そして、パヴェル王の件が本当ならナウカにこれ以上協力することもできなくなる
かと言って、単独でウルラと戦う力はない
コクルは守護神ロウという切り札を持っている
その力は、外敵であれば宇宙戦艦でさえ限定空間で屠ることができる、この世の理を支配する力だ
しかし、守護神ロウは国の守り神、国内の民には使えない
内戦では力が行使できず、それがコクルが単独で戦うことを諦めた理由だ
「条件は、ウルラ家の全面的な支持、ナウカ討伐の協力と龍神皇国からの治安維持部隊の受け入れ。…そして、パヴェル王の死についての調査への協力です」
「ううむ…」
フィーナの言葉に、ツエルは反応する
パヴェル王の死の真相は、ツエルにとってどうしても知必要があることだ
だが、ウルラ家への全面的な支持とは、自らの実質的な王位継承権の放棄に他ならない
そして、ナウカ討伐の協力とは、ウルラが言うがままに戦力や資金を負担させられるということ
龍神皇国からの治安維持部隊の受け入れとは、ウルラの監視を受け入れ、いつでも治安維持の名のもとに攻撃をされても構わないと言う、実質の敗戦宣言だ
「………」
だが、それでもツエルは決断した
自分はコクルの王家であり、コクルのため決断する責任があるからだ
・・・・・・
ウルラ領 灰鳥城
フィーナはゆっくり自分の部屋の窓から空を見上げる
秘密会談は終了
コクルは連合を離れ、ウルラと協力体制を取る
そのために、パヴェル王の件を使って、人道的な理由から手を切るという連合破棄の理由を提供したのだ
…もちろんコクルは、ウルラと対等な連合ではなく、ウルラを支持する勢力という位置づけになる
このタイミングでのコクルを説得は、全面戦争直後に連合を破棄させることでナウカの負けをより印象付けるためだ
戦いの力とは、物量と軍だ
どれだけ、物理的な数量を用意できたかで勝利に確率が上がる
全面戦争を勝ったことで、ウルラは中立な立場であった勢力を取り込み、更にコクルを傘下に置いた
龍神皇国からの支援も、内政不干渉の立場から直接的な戦闘には加われないが、治安維持や復興という形でますます得られる予定だ
兵力が多い方が戦争では有利
体格や筋肉が大きい方が喧嘩では有利
数とは、どれだけ準備をしてきたのかを表している
そして、その数を揃える事にはもう一つの効果がある
それは、相手を脅すこと、そして気力を削ぐことだ
プレッシャーを与えて心を折り、相手の実力を出させないように戦う
ラーズが良く言っていた、正々堂々とは対極の戦い方だ
だが、戦争を回避できるならそれだけお互いの死傷者も減る
「…そんなにうまくは行かないだろうな」
フィーナは独り言をつぶやく
チキンレースをしたところで、ナウカもウルラも絶対に内戦の舞台から降りたりはしない
二十年を超える内戦は、そんな段階をとっくに過ぎているからだ
今回の全面戦争も、本当にギリギリの薄氷の上の勝利だった
ジライヤから聞いた、たまたま起きたナウカ領でのモンスターのスタンピート
ウルラ軍にとっては神風とも言われる、この自然の偶然によって勝利を勝ち取ったに過ぎない
ナウカは、とことん準備を進めてきていた
ナオエ家の懐柔
そして、ドミオール院のある集落にもナウカの隠し拠点を作ろうとしていた形跡が有った
パニン父さんが止めてくれていなかったら、住人を皆殺しにされた後に隠し拠点が完成され、ナオエ家がそこからウルラ軍の背後を取っていたかもしれない
そうなれば、裏切りの時の被害はもっと大きくなっていた
「パニン父さん、ありがとう…」
フィーナは呟く
仙人と言う人体強化を終えた闘氣使いのB+ランクであるマサカド
そんなナウカの最高戦力を相手に、一般人であるパニン父さんは撤退まで追い込んで見せた
そして、結果的にウルラの勝利に貢献してくれたのだ
…まだ、パニン父さんは目を覚まさない
早く、内戦を終えて、龍神皇国の帰りたい
パニン父さんの顔を見に行きたい
そして、龍神皇国に帰ったであろうラーズとまた会いたい
私から別れを切り出したのに、勝手すぎるかな?
…ラーズは、会ってくれるかな?
「…さて、と!」
フィーナは立ち上がると、また仕事の段取りを確認し始めた
全面戦争には、全てを注ぎ込んだ
ウルラ王家の最大の資金源であった、国営企業ブロッサム
この運営資金さえもを注ぎ込んでおり、再稼働のための膨大な仕事が残っている
セフィ姉に頼んで、龍神皇国騎士団の経済対策団であるミィ、そして情報担当であるオリハを派遣してもらうことになっている
セフィ姉も、正式に一度クレハナに来てくれることになっている
ウルラの勝利には、セフィ姉の力と助言が不可欠だ
フィーナは、ブロッサムの代表取締役であるリャンさんに連絡を取る
そして、コクルとの大仕事を終えた直後にも関わらず、ブロッサムの再稼働に着手し始めたのだった
ツエル 閑話5 クレハナの実家
セフィ姉との約束 六章 ~2話 竜族の呪印
パニン父さん 六章 ~25話 重傷者




