八章 ~4話 軍からの依頼
用語説明w
装具メメント・モリ:手甲型の装具で、手刀型のナイフ、指先に鉤爪、硬質のナックルと前腕の装甲が特徴。自在に物質化が可能
ルイ:マキ組の下忍、赤髪の獣人男性。スナイパー技能に長けている
ウルラ軍からの出撃要請が来た
「今日の出撃は、ラーズとルイに任せます。…汚れ仕事ですから気を付けて」
「汚れ仕事?」
マキ組長の言葉を聞き返す
「ウルラ軍には、マキ組の出撃要請はウルラ領に限定すること。及び、全面戦争時の部隊の動きや配置についての情報提供を依頼しています。その対価ということですね」
「それが汚れ仕事ですか…」
「はい。内容は、ウルラ領内のスパイ、そしてスパイ容疑者の処理です」
「処理…」
それは、つまり暗殺ということか
マキ組長から資料を受け取り、内容を確認する
新・ジュクカキブの町
ウルラ領の大きな繁華街の一つだ
ここでターゲットが二人、指定されている
「やり方は任せます。トラブルがあれば、マキ組の単独犯と言うことで処理されますので慎重にお願いします」
「…」
俺とルイは、準備をして町へ向かった
・・・・・・
暗くなりネオンが輝く町
全面戦争が終わり、ウルラ領が有利となったことから、町の雰囲気は明るい
「ヤエの調査はどうなったんだろうな?」
ルイがタバコを吹かしながら言う
「マキ組長とジョゼが調べてくれているけど、何か分かってればいいな」
「そういや、ラーズの呪印とかいうのは使えるようになったのか?」
「え? いや、全然だよ。発動したことも記憶にないんだから」
「Bランクを倒せるって、使えるようになったら凄いじゃないか」
ルイが俺の額を見る
いや、期待されても呪印は浮かび上がらないって
そもそも、どうやって発動したのかさえも分からないんだから
「…俺は危険が増した方が心配なんだ。理性が飛ぶって、味方を巻き込むかもしれないし、自分が何をやるか分からないんだから」
「ふーん…?」
ルイは、よく分からないという顔をする
俺はトリガー発動時に何度か記憶を飛ばしているから分かるんだが、攻撃力が上がればいいってもんじゃないんだよ…
都合よく発動もしないだろうし、発動しても制御ができない
これって、どうしようもなくね?
「ご主人! ターゲットが戻って来たよ!」
データの報告
「分かった。ルイ、頼んだ」
「了解」
俺達は、ターゲットの事務所のあるビルの対面のビルの屋上で待機していた
一人目のターゲットはマフィアのボス
ルイの狙撃でヘッドショットする
外出中のボスをデータのカメラで見張らせていたのだ
俺はヴァヴェルを着込んでビルの壁面に乗り出す
ネオンの光の陰になるように、ビルとビルの間の細い隙間を、装具メメント・モリの指先の鉤爪をひっかけるように壁を降りて行く
このビルは七階建て
そして、このビルの四階にもう一人のターゲットが住んでいるのだ
ガキッ…!
「…っ!?」
鉤爪をひっかけたコンクリートが欠け、落ちそうになる
何とか声を出さずに体を支える
クソッ…、何でスパイダーな男の真似事をしなきゃならんのだ!
「ご主人、間もなくだよ!」
「データ、分かった」
俺は壁面の陰に身を潜めて待つ
体感で一分ほど経つ…
ダァーーーーン…!
発砲音が響き渡った
路上では、突然の音に大騒ぎとなる
対面のビルの窓の一つが割れているのが見える
そこから大声が聞こえてくる
騒ぎが大きくなるにつれて、俺がへばりついているビルの窓が次々に開く
野次馬根性は、人間の好奇心の顕現なのだろう
俺は、目当ての窓が開いたことを確認し、左腕に取り付けた携帯用小型杖を振る
装填されていた力学属性引き寄せの魔法弾が着弾
ビョォォォォォン!
俺の体が一気に窓に引き寄せされる
窓から対面のビルを眺めていた男が、突っ込んでくる俺に気がついた
「なっ!?」
ゴガァッ!
男の蹴りつけながら、窓から飛び込む
その勢いでターゲットを叩き伏せた
外の住人は対面のビルに注目している
一瞬のことで、目立たずに侵入できただろう
「お前…!?」
男が驚愕しながらも、懐に手を入れる
男の反応は早かった
地上四階という場所
窓の外からの攻撃など想定しない場所
そんな状況で攻撃を受けたにも関わらず、すぐに戦闘態勢を取った
俺は踏み込で左腕を振るう
指先を伸ばして、装具の指のジョイントをはめる
前腕を手刀型の刃物として、男の右腕の内側を斬り裂く
男が懐から抜いた拳銃を向ける前に、手首を斬りつけて発砲を阻止
右手の拳を男の顔面に突き込む
「ぐはっ……!?」
男が銃を落として仰け反る
だが、すぐにベッドの横に置いてあったバールを掴む
俺は装具で固めた両腕を構える
ドッ!
「…っ!!」
男は、正面にバールを構えての叩きつけ
こ、これは剣道か!?
左手で受けたが、鉄のバールの衝撃は想定外に重かった
若干体が傾いて追撃が遅れる
右の拳を振るう前に、男がバールで体当たりのように押し込んで来た
鍔迫り合いか
だが、俺の武器は剣じゃない、拳だ
俺は左腕を返してバールを掴む
そして、下に落としながら右の手刀を薙ぐ
「がっ…!?」
ザックリと男の目の少し上を斬る
目を狙ったのだが、血で視界を遮るのが目的だから問題ない
バールでなくとも、長物と呼ばれる武器に対して無手では不利
その理由は、単純なリーチの差だ
距離で負ける無手は、最初の一撃に対処する必要がある
これは、あの施設で散々検証させられた
だが、俺の装具メメント・モリは、武器としての機能だけでなく防具としての機能もある
つまり、相手の攻撃を受け止めることが出来るのだ
そのため、リーチで負けていても圧倒的に不利と言うわけではない
俺は、男の髪を掴んで顎を膝で蹴り上げる
そして、膝から崩れ落ちた男に装具で固めた拳を叩きつけた
「…」
意識を失った男の体が弛緩する
俺は男の体をまさぐる
服を脱がしていくと、懐には拳銃のホルスター
足首にナイフ、靴にもナイフが仕込まれていた
胸ポケットには催涙スプレーのようなものも持っている
こいつ、プロだな
俺は男を縛り上げる
そして、荷物を確認
情報端末や望遠カメラを見つけた
俺はそれらの荷物を持つと、部屋の鍵を回収
窓を閉めてしっかりと戸締りを行い、部屋を出る
ドアのカギを締めて、部屋を後にした
後は、情報媒体をウルラ軍に渡して男の身柄を回収してもらえばいい
とりあえず今回の依頼は終了だ
「ラーズ、お疲れ」
「ああ、見つからなかったか?」
「大丈夫だ、さっさと離れよう」
ルイは、ターゲットをヘッドショットしてからすぐに逃げ出した
スナイパーライフルを置き捨てたため、証拠もない
すぐに俺達は車を出す
移動先は町のメインストリートだ
俺は、男の部屋から持ち出した記録媒体を持ち、路上に停車している車の一つに近づく
すると、助手席の窓が開き、中年の女性が顔を出した
「デリバリー・マキです。ご依頼の品をお持ちしました」
「ありがとうございます。どうぞ」
中年の女性が言うと、後部座席のドアが開き俺は乗り込んだ
この車に乗っていたのは男女三人
何をやっている部隊なのかは聞きたくもないが、ウルラ軍の特務部隊らしい
俺は拘束した男の状況を説明し、情報媒体と男の部屋の鍵を渡す
特に質問もなく話は終わった
俺はすぐにルイの待つ車に戻って、この町を後にした
「これで依頼は終了か」
ルイが運転しながら言う
「そうだな。データ、一応尾行の車がないか見ておいてくれ」
「ご主人、分かったよ!」
「…結局、ラーズの相手は何をやったんだ?」
「マキ組長が言うには、連合軍側に情報を流していたスパイらしい。詳細は聞いてないけど」
「俺の方はマフィアの組のボスらしい。これから抗争とかにならなきゃいいけどな」
「戦後のゴタゴタで力を付けられても困るってことなのかな…」
連合軍との戦闘とは違う依頼
激しい戦いではなかったが、精神的に疲れる
シグノイアの軍時代の裏仕事を思い出すぜ
俺の装具、メメント・モリ
今回のような、格闘が生きる戦闘ではかなり使える
だが、手刀にプラスしてもう少し距離のある武器が欲しいな
後は、壁を登るための機能とか付けようかな
鉤爪だけだと、登るのはともかく壁面に留まるのがきつかった
銃を使わない対人戦闘に特化した戦闘
言いたくはないが、暗殺用ともいえる戦闘能力
それが、俺の装具の存在意義なのかもしれない