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一章~22話 記憶の蓋

用語説明w

大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人の犠牲者が出た


ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで、元忍者らしい


体調が良くなって困ったことが一つある


…腹が減って仕方がない



俺はシンヤに見つからないように、こそこそと食堂に行く


良かった、シンヤはいない

俺は食事を受け取り、空いている席へと向かう


すると、へルマンが一人で食べているのが目に入った



「へルマン、ここいいですか?」


「ああ、ラーズか。構わないぞ」

へルマンが頷く


俺と関わると、シンヤに目を付けられる可能性があるため、断られるのを覚悟をしていた

へルマンの優しさに感謝して、目の前の席に座る


「ラーズは今日が選別だったんだろ? どうだったんだ」


「何で知ってるんですか?」


「そりゃ、ここの研究者達が言ってたからな。ドラゴンタイプの中では、お前が一番ステージ2に近いらしいから噂がすぐ耳に入る」


…その噂のせいで、俺はシンヤに目を付けられたんだ


「モンスター化した人間が相手でした。手が長くて、四つ足で動き回ります。動きが早くて、牙や爪で攻撃されました」


被験体の俺達は、選別という名の殺し合いを強制されられている

対戦相手の情報を事前に得ておけば、今後同じ相手に当たる可能性もある


情報交換は大事だ

どんな動き、どんな攻撃が多かったなどの事前情報があれば生き残る可能性を上げられる


学校のクラスごとの小テストの内容を、先に受けた隣のクラスに聞きに行く感じだな



「…それで、お前のトラウマの元は分かったのか?」


「いや、それがまだ…。ただ、()()()()()()()()を怖いと感じているのは間違いないですね…」


「それが分かったなら前進じゃないか」

ヘルマンが頷く


「ただ、心当たりが無いんです。いったい、()()が何なのか…」


「ふーん? …お前の仲間たちが壊滅したっていう、その経験に関わることじゃないのか?」


いや、あんな正体不明の影のような()()に知り合いはいない

だからこそ、俺のトラウマや仲間達との関係が分からないんだ


「…違うと思います。()()は仲間の姿じゃないし……」


「そうか…」


ヘルマンがゆっくりとお茶を飲む

ヘルマンの食事は終わっていた


付き合わせても申し訳ないので、俺は急いで食事をかっ込んだ


それを見て、ヘルマンが口を開いた

「…なぁ、ラーズ。もしよかったら話してみないか?」


「え?」


「もちろん、無理にとは言わないが…。お前の、過去のトラウマについて、そして仲間達についてをだ」


「トラウマ…仲間……」


「まず間違いなく、お前のトラウマは仲間達と関係があるはずだろ? 話してみたら、発見や気づきがあるかもしれない」


「…」


この施設は、いろいろな過去を持つ被検体が集められている

言いたくない過去を持つ者も多いのだろう


そこで、お互いの過去を詮索しないという暗黙のルールができている

ヘルマンは、それをあえて乗り越えて来た


「…」


「……すまない。無理に話すことじゃない、忘れてくれ」

俺がしばらく黙っていると、ヘルマンが両手を挙げた


だが、俺はヘルマンの好意を嬉しく感じていた

暗黙のルールを破ってまで、俺に関わってくれたのだ


それに、ヘルマンも自分の過去を話してくれている


「いえ…、少しだけ聞いてください」


俺も、過去を話してみよう

何かが変わるかもしれない


…そう思った


そして、ヘルマンに少しだけ気を許してみたいという気持ちもあったのかもしれない


「…分かった」

ヘルマンが頷いた



俺は、自分の過去(トラウマ)を思い出す


失った仲間達のこと…


「俺は軍に所属していました」


「ああ、そう言っていたな」


「はい、そうです。その小隊が……」



そう、俺の所属していた…

その小隊が壊滅したのだ


俺達の小隊は、仲が良く、家族のような絆を持っていた…


「俺の仲間が…」



仲間…





「……」



…俺の仲間は……



…?



「…どうした?」


ヘルマンが怪訝な顔をする



「あ…俺の…仲間……」



俺の小隊…



部隊番号が…



俺の仲間の…




「ラーズ?」



「…っ!?」




ど、どうなってる…!?



俺の小隊は…




ズキン……




頭がうずく




ズキン……




大切な…


確かに存在した…




ズキン……




それなのに…




ズキン……




ま、まさか……?




ズキン……




顔が思い出せない………!?




ズキン……




名前は…?




ズキン……




姿は?




ズキン……




顔は!?




ズキン…




心の中で、()()()が起き上がる…




ズキン……




真っ黒い影のような姿で輪郭は朧気だ



口だけを必死に動かして何かを叫んでいる




ズキン……




何かを叫び続けている…!






「大丈夫か、ラーズ? どうしたんだ、顔が真っ青だぞ!?」


ヘルマンが、見かねて声をかける



「あ…、その…」


俺は混乱している



仲間の顔が思い出せないだと…!?



どんな話をした?



どんな仕事をした?




仲間が死んだ、それは間違いない


…だが、()()()()()()()()()()を思い出せない!




ズキン…ズキン…



「…はぁ…はぁ…はぁ……」




呼吸が乱れ、心音がうるさすぎるくらいに響いている



変な汗が止まらない、頭がうずく




怖い



怖い



怖い




()()()()()()()()()()()()()()()()



怖くてたまらない!




「…ラーズ、おちつけ! ゆっくりでいいんだ」


へルマンが、俺の様子を見て気遣わしげに言う


「…俺も、ここに来る前にいた場所で記憶の錯乱があった。お前と同じで、集落の全滅がショックでPTSDに陥ってたんだ」

へルマンが続ける


「…来る前にいた場所?」


ここの施設にいる被検体は、いろいろな経緯で集められている

俺のように、気がついたら連れてこられていた者、金を貰って来た者、その他の事情など様々だ


ヘルマンも子供の学費のためにこの施設に来たらしい


「そうだ、俺は神らしきものの教団という宗教団体に所属していた。そこでやっていた、変異体因子の覚醒実験に成功してここに来ることになったんだ」




「………?」



今、なんて言った?



「ん? だから、覚醒実験に成功して…」



違う、それじゃない


どこに所属していたと言った?



「………神らしきものの…教団……?」



「ああ、俺は……の………が…………」




ヘルマンがまだ話している



言葉が耳に入って来るが、理解ができない




…いつもの()()が、俺の心の中で必死に叫んでいる



()()()()()()()()()()()()()




今、ヘルマンはなんて言った?




()()()()()()()()()…、そう言ったのか?








…その名を聞いた時、俺の記憶にかけられていた鍵が弾け飛んだ







記憶の扉がゆっくりと開く




俺は理解した




…俺は、この記憶の扉を自分で閉めていた




「あぁ…ぁ……」




ゆっくりと開いていく記憶の扉




こぼれ出す経験の断片




それに付着する感情の欠片




「…ーズ? …大丈…!? …お……が……」


ヘルマンが俺に何かを言っている




こいつは敵か?



あの教団に所属していただと?



あの教団は、()()()()()()()()()()()()()





「…あぁ…ああぁ……ああぁぁぁぁぁーーーーー………!!」



次々と浮かび上がって来る、あの時に見た()()



記憶がフラッシュバックする





思い出した



仲間の顔、名前



話したこと、一緒に戦ったこと



笑ったこと、泣いたこと



助けられたこと、成長したこと





…そして、死の風景



転がり、血を流す仲間



汚された、大切な仲間



焼け焦げた仲間



吹き飛んで、体さえ残らなかった仲間




…俺は忘れていた!



仲間の顔も、名前も、思い出も!!



仲間の死に顔も! そして、敵の名前さえも!!



()()()()()()()()()()()()()、全ての記憶を忘れていたんだ!!




押し込めていた記憶


それは、自我を刺し殺すほどの記憶だ




気が狂いそうな怒りと後悔、無力感…



()()()()()()がもう一度湧き上がる



あの時の光景がよみがえる



記憶を押し込めることはできても、忘れることはできない




大崩壊


壊滅




そうか…



俺は…



逃げていた…



仲間の死を、仲間の全部を…



全て記憶の奥底に閉じ込めていたんだ…




人の脳は、時に解離性健忘という選択をすることがある

いわゆる記憶喪失のことで、自己の精神を守るために不都合な記憶を封印する自助機能だ


そしてこの症状には、限定された期間の記憶を失う「限局性健忘」、トラウマとなった出来事の一部だけを忘れている「選択的健忘」などがある




…呼吸が苦しい



胸が締め付けられる



血まみれの仲間達姿が、脳裏に焼き付いている



()()()()()()が、俺に向かって叫んでいる



はっきりとその声が聞こえる




()()()()()



影のような何かは、ずっとそう叫んでいた




真っ黒い、影のような()()


そのシルエットのような姿が、思い出すにつれて鮮明になる



「あぁっ…!!」



…現れたのは、俺の仲間たちの顔


小隊長の顔であり、分隊長の顔であり、戦友たちの顔、整備のみんなの顔



やっと分かった


()()()()()()




こいつは、仲間達の記憶だ




仲間の死に顔、悲しみ、怒り


大きすぎる絶望という感情


そして、仲間にまつわる楽しかった日々


あの絶望と、それを思い出すきっかけとなる記憶


その全てを押し込んでいた




そして、絶対に忘れてはいけない、()()()()()()()()()の名前までも…




「ラーズ!? どうした、落ち着け!」


ヘルマンが、激しく呼吸する俺の肩に手を置く




ガッッ!


「…うぐっ!?」




気が付くと、俺はヘルマンの胸倉を掴んでいた




「ラ、ラーズ!?」


ヘルマンが困惑しながら言う



「…神らしきものの教団だと……?」


「…そ、そうだ! 俺が所属していた場所だ! それがどうしたんだ!?」



どうしただと?


お前達が、俺の仲間を殺した



それだけじゃない…


「…俺は、シグノイアという国の防衛軍に所属していた」


「…っ!?」

ヘルマンが目を見開く


「…」


「…」


俺とヘルマンの視線が交差する


食堂では、他の被検体が俺達を盗み見ている



先に口を開いたのは、ヘルマンだった


「…お前、まさかあの大崩壊の生き残りなのか?」



突然始まる何かの正体の答え合わせw

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラーズ絶不調の原因はこれだぁ!! → 納得しかなかった件  [一言] やっぱ戦争相手で個人を知っちゃうとダメだな。ためらいが出ちゃう
[一言] マジか‼︎ヘルマンのおっさんは神らしきものの教団所属だったのかよ⁈ あと黒い何かもやのようなものが「思い出すな」って言ってるのに想像したらちょっとホラーだった… ラーズは記憶の一部がなかっ…
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