七章 ~17話 マキ組長の真意
用語説明w
ヤマト:龍神皇国騎士団の騎士、特別な獣化である神獣化、氣力を体に満たすトランスを使う近接攻撃のスペシャリスト
ウィリン:ヘルマンの息子。龍神皇国の大学生だが、現在は休学してドミオール院に戻ってきている
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存されていた
「ラーズ、早く行こうぜ!」
コウが車に乗り込んで俺を呼ぶ
「分かったって」
ヤマトから、至急ドミオール院に来るように連絡が来た
それをマキ組長に話したら、なんと行くことを許してくれたのだ
コウが車を走らせる
「何でマキ組長、すんなりオッケーしてくれたんだろうな?」
「俺も、絶対にダメって言われると思ったよ」
マキ組長に、ドミオール院へ行くことを禁止されていた
全面戦争が終わるまでは、もう行くことはできないと思っていたのだ
「…よかったよ。俺、子供たちに会えないまま全面戦争に行きたくなかったからさ」
コウが何ともなしに言う
「そうだな…」
全面戦争は、ウルラ軍とナウカ・コクル連合軍がぶつかり合う
激しい戦闘となることは間違いなく、生き残れるかは未知数だ
ドミオール院が見えて来た
「お、おい! あの黒煙は何だよ!?」
コウが焦る
確かに、ドミオール院の方向から黒煙が上がっている
「いや、ドミオール院からじゃない。…あの車両じゃないか?」
軍用車のようなものが火を噴いて燃えているのが見える
俺達が慌てて車を進めると、ヤマトが何者かと言い争っていた
「貴様、我々はここの小領主だぞ! 皇国の騎士は関係ない、越権行為だ!」
「俺はフィーナ姫から委任を受けている。お前達ナオエ家の行為について、間もなくウルラ王家から回答が来るはずだ。大人しく待ってろ!」
「…!」
どうやら、騒いでいるのはここの小領主のナオエ家のようだ
「ヤマト!」
「おう、ラーズ。遅いぞ」
「何があったんだ?」
「ナオエ家の連中が、この集落を叩き潰して戦闘拠点を作るって言い始めたらしい。そして、しばらく物流を完全に止めていたんだってよ」
「は…?」
「…監視を行っていた俺達が、マキとの約束通りに騎士ヤマトに連絡をしたんだ。集落の住人に危険が及ぶが所だったぜ」
「え?」
振り返ると、何とゲイルがいた
「ゲイル、どうしてここに!?」
コウが驚く
「マキ組長から聞いてないのか? このドミオール院の監視をしていたらしいんだが、あの貴族のお守りの仕事を引き受ける代わりに、俺にも監視を頼んで来たんだよ。ギブアンドテイクってやつだな」
「マ、マキ組長が!?」
「マキは、ドミオール院がナオエ家に狙われる可能性を考えていたんだ。何かあれば俺に連絡が来るようにしておき、ラーズやコウは近づかせないようにするって言ってたぜ」
今度はヤマトが言う
「だから、何で俺達が来ちゃいけないんだよ?」
コウが不満そうに言う
「そりゃ、忍者が弱みを持っちゃダメだろうよ。ドミオール院が人質としての価値を持ってしまう可能性があるし、その時の危険は子供達に及ぶんだぞ」
「…!」
そうか…
だから、マキ組長は俺達をドミオール院から離した
そして、ちょっかいをかけていたナオエ家の監視を行いながら、何かあればヤマトに速報される体制を作ったのだ
「マキ組長、もしかしてドミオール院のためを思って俺達が行くことを禁止したのか…」
コウが呟く
「…俺達、いい上司を持ったみたいだな」
俺達はため息をつく
後で謝ってお礼を言わなくちゃな
「ナオエ家はウルラの勝利のために、ここに戦闘拠点を作ろうとしているのだぞ! 全面戦争が近いことはお前達も分かっているだろう!」
ナオエ家の男が唾を撒き散らしながら怒鳴る
「問題はそこじゃない。なぜ住民を皆殺しにして秘密裏に拠点を作ろうとしたんだ?」
ヤマトが言う
「な、何だと…?」
み、皆殺し?
ドミオール院の子供たちや集落の人間を殺そうとしただと?
「それは誤解だ! だが、時間がないのも事実だ、ある程度のことは許容して……ヒッ……!」
男が焦って腰を抜かした
俺の意識のトリガーが入る
殺気の集中
怒りによる意識の暴走だ
俺の体が自然に動く
まるで自分の体ではないような感覚
理由は曖昧だが推測は出来る
俺は、単純にこいつらを引きちぎろうとしているだけだ
「お、おい、ラーズ!」
「…あ?」
「バカ、相手はウルラの小領主だぞ! 殺したら大問題だ、落ち着け!」
「こいつに分からして…」
「ナオエ家の処分はフィーナが下す! 後は王家に任せろ!」
ヤマトが闘氣を発動して俺を羽交い絞めにする
「おい! お前らはさっさと帰れ! 王家からの連絡を待ってろ!」
「ひ…、か、帰るぞ!」
そう言って、ナオエ家の男はお供を連れて慌てて帰って行った
・・・・・・
ドミオール院の外で、コウが子供達と遊んでいる
サッカーボールやビニールボールを持ってきたら、子供たちは大喜びだった
「悪かったよ、ヤマト。止めてくれて助かった」
「…本当に殺す気だったのか? 突然キレるから焦ったぜ」
「トリガーって言ってさ、怒りや死の恐怖で俺の感情のスイッチが入るんだ。そうすると、溢れた殺意に任せて動いちまうんだよ…」
「あー、ミィが前に言ってたな。そんなんじゃ戦場で早死にするぞ?」
「これでも、かなり意識を保てるようになったんだ。前は暴れてた時の記憶がなかったんだから」
「そうなのか…」
俺達が話していると、荷物の整理を終えたマリアさんとウィリン、タルヤが戻って来た
ここ数日、ナオエ家が道路を封鎖したことで物流が途絶えていた
やっと、食材や燃料、服やおむつなどが届いたのだ
「ヤマトさん、ラーズさん、ありがとうございました。電話線も切られて、通信が封じられてしまってどうなることかと思いました」
マリアさんが、入れて来たお茶をテーブルに置く
「PITの通信も全て圏外になってしまいました。おそらく基地局を止められたのでしょうね」
ウィリンが席に着く
「突然、軍用車がやって来たからびっくりしたの。怖かったわ」
そして、タルヤが自然に俺の横に座った
何で?
「ナオエ家が何を狙っていたのかは分からない。今回はマキ組長が監視の手筈を整えていたから良かったが、全面戦争が始まったら俺もマキ組もさすがに守ることは難しい。…大変だとは思うが疎開するべきだと思う」
ヤマトが真剣な顔で三人に言う
「俺もそう思うよ。全面戦争は領境での戦闘だ、ウルラが押し込まれたらこの集落も戦火に巻き込まれるかもしれない。そもそも、ウルラが勝てる確証も無いんだし、ナウカとコクルが攻めてくるかもしれないんだよ?」
疎開先で子供達が生きて行くことは大変だろう
だが、戦場で攻撃されるよりはまだましだと思う
「…」「…」「…」
三人は、静かにテーブルの上のお茶を見つめる
最初に口を開いたのはマリアさんだった
「ヤマトさん、ラーズさん。外の庭にある小さなお墓に気が付きましたか?」
「ああ、庭の端っこにある奴だろ?」
ヤマトが窓の外を見る
庭の角には、ちょっとした石造りの小さな十字架が立っている
「あれは、このドミオール院で一緒に過ごし、そして不幸にも亡くなってしまった子供たちのものです」
「子供たちの?」
「肺炎やはやり風邪で、小さな子供達は簡単に命を落とす。特に、食べ物が少なくなったり衣服や燃料が足りなくなると、影響を受けてしまいます」
「…」
「亡くなったあの子たちは、このドミオール院の家族です。私達は、あの子たちを置いてここを離れるわけにはいきません」
「マリアさん…」
「僕たちもこのドミオール院に残ります。戦争が始まったら、このドミオール院の地下に立て籠もるつもりです」
ウィリンが、覚悟を決めた表情で言う
「私は、あの施設でヘルマンから戦い方を教わった。魔法も練習してるし少しなら戦えるわ。…それに、危なくなったらラーズが来てくれるって信じている。ウルラが勝つって信じているから」
タルヤが、壁にたてかけられていた魔導士用の杖を持つ
俺とヤマトは顔を見合わせる
三人の決意は伝わって来た
俺達はまた一つ、負けられない理由が増えてしまった
ゲイル 七章 ~15話 嫌な仕事
ナオエ家 七章 ~9話 ドミオール院の出禁