一章~19話 抵抗
用語説明w
ギガントタイプ:身体能力に特化した変異体。平均身長2,5メートルほど、怪力や再生能力、皮膚の硬化、無尽蔵のスタミナ、高い免疫、消化能力を獲得
クレオ:エスパータイプの変異体。獣人男性で人当たりがいい
「いったい、何を怖がっているんだ?」
ヘルマンの言葉が、俺の脳裏に繰り返し響いている
選別での殺し合い、そしてシンヤの敵意
恐怖が俺の体を縛り付ける
心の中の何かが、俺の脳裏に浮かびあがる
あいつは、いったい何なんなんだろう
影のように真っ黒で、口だけ動いている
あんなものに心当たりは無い
俺の心の浮かび上がる何か
恐怖を撒き散らす何か
いったい…
「…いや、それよりもシンヤの対策が先か」
俺は独り言を言う
シンヤに完全に目をつけられた
このまま、ひたすら殴られ続けるのか
この施設には最低限の秩序がある
守衛もいるし、命を奪われることは無いだろう
俺達は被検体であり、この施設の商品だ
勝手に被検体同士で命を奪うことは許されない
…だが、シンヤは下に見た人間をゴミとみるタイプだ
見えない場所で、俺をずっと狙ってく来るはずだ
「はぁ…」
俺は、ため息をつきながら食堂に入る
「…っ!?」
そして、すぐに反転したくなった
クレオが、シンヤにぶん殴られて胸ぐらを捕まれていた
関わりたくない
巻き込まれたくない
俺は別に善人じゃないし、ヒーローになりたいなんて思っていない
…俺は何も守れなかった人間だ
本当に大切な仲間達でさえ守れなかったのだから
正直言うと、俺は食堂に入らずに個室に逃げ戻りたかった
だが、俺は食堂にいた他の被験体達から注目を浴びている
俺がシンヤのターゲットだと知っているからだ
それに、クレオは目を付けられた俺に話しかけてくれた
その会話は、この監獄のような環境で少なからず俺を助けてくれていた
人間、引いちゃいけないときがある
それを間違えると、今の俺のようにとことんやられちまう
…クレオを見捨てて、このまま帰るわけにはいかない
俺は、覚悟を決めて食堂に入って行った
「おう、来たか」
シンヤが、俺を見て偉そうに言う
「…」
「いま、こいつに教えてやってたんだ。お前と関わるとどうなるかをな」
「関わるとどうなるか?」
「お前は俺に口答えしやがった。従って、俺はお前を懲らしめなきゃならない。お前と関わった奴も同じだ」
「…」
理不尽な理由だ
だが、シンヤも必死なのかもしれない
自分の立場を守るため
自分の居場所を守るため
猿山の大将なのは間違いない
だが、自分の居場所は自分を守ってくれるのだ
シンヤを見て、心の中の何かが叫び始めた
巻き散らす恐怖で足が震え始める
シンヤと向き合うのが怖い
戦うことが怖い
今から、俺はシンヤに殴られるだろう
そして周りに笑われ、それが今後も続く
研究者も助けてはくれない
…耐えられない
だが、ふと思い出したことがある
それは、俺が軍に入った理由だ
俺は、弱い自分が許せなかった
昔、俺は騎士を目指していた
だが、才能に溢れ、Bランクの騎士になっていく同級生たちを見て挫折した
俺には無理だった、才能に恵まれなかった
だから、せめて一般兵として戦おうと思って軍に入ったんだ
クレオを助けたい
…違うな
弱い自分から逃げたくない
そうだ、俺の中で起き上がって来た何かに負けたくない
恐怖に負けたくない
ふと、軍で教わった言葉を思い出す
「打算で選択しなさい」
…誰の言葉だっけ?
とても懐かしい…大切な教え…
反抗を選ぶのはいい
だが、それに利益はあるのか?
反抗して殴られて、損よりも得はあるのか? ということだ
「こいつは、お前のせいで殴られた…」
シンヤが、ご丁寧に解説を続けている
動け、俺!
怖くても動け!
勢いで動けば何とかなる!!
どうせ、このままじゃクソみたいに扱われるんだ!
「さっさとその手を離せ、クソ野郎!!」
「…っ!?」
一瞬動きを止めるシンヤ
そして、遠巻きで見ていた周囲の被検体達の声や物音もピタッと止まる
一瞬の静寂
俺が堂々と反抗するとは思わなかったのだろう
意表を突くのは兵法の基本だ、ざまぁみろ
「…てめぇ、いい度胸じゃねえかよ」
シンヤが青筋を立てながらクレオを放す
怖い
体が震える
攻撃に対する恐怖
だが、もう十分だ
逃げるな!
目をつぶるな!
心の中の何かに目を背け続け、シンヤに対してからも目を背けてきた
それがクレオを巻きこみ、やられ続けたこの状況だ!
クレオ、ごめん……、なんて思うかボケ!!
悪いのはシンヤだ、俺じゃない!
誰も助けてくれない、それなら打算で反抗する!
恐怖からも、シンヤからも抵抗する!
それが、俺の結論だ!
学習性無力感というものがある
ストレス環境に置かれた場合、生物はその状況から逃れようとする
しかし、長期間その努力が報われないと学習すると、その努力すら行わなくなる
要は、どうせダメだからと、抵抗しなくなるようにできているのだ
…この精神的な現象は危険だ
いじめや理不尽な環境を受け入れ、自分が鬱になっていることにも気が付かない
抵抗することさえもしないため、改善が出来ず、ずるずると悪循環に陥る
俺は、目を付けられないように抵抗をしなかった
だが、シンヤの理不尽な要求は続く
周囲は助けてくれない
このままいけば、俺は学習的無力感に陥る
そして、心から殺されていく
それなら、精一杯抵抗する
無様でもいい、泣き叫ぶべきだ
…決断はしたが、恐怖で全身が震えている
はっきり言って、勝てる気はしない
だが、目的は勝つ事じゃない、面倒くさい奴と思わせることだ
こいつはいちいち抵抗してくる、面倒くさいと思わせる、これが俺の打算だ!
無抵抗で好き勝手出来ると思うなよ
毎回、抵抗する
周囲に笑われてもいい
抵抗だけは続ける、受け入れない!
「ぶっ殺す!」
シンヤが殴りかかって来る
ギガントタイプの巨体が迫る
何かが俺の心の中で立ち上がる
恐怖を撒き散らす
体が硬直
怖い、動けない
ドガァッ!
「…っ!?」
いつもの流れだ
体が委縮して硬直、そして殴られる
だが、勢いで出した言葉が俺自身に勢いを与えている
「ああぁぁぁぁぁっ!!」
声を出して勇気を奮い立たせる
呼吸は、数少ない精神への直接的なアプローチだ!
動け、俺の体!
シンヤの拳を振り上げる動きに合わせて、俺は前に出ていた左足に組みつく
膝を持ち上げて、外側に伸ばす落とすように倒す
片足タックル!
「うおっ!?」
ドタッ!
抵抗を考えていなかったのか、簡単にシンヤは倒れた
俺は、近くにあった椅子を振り上げる
「うおぉぉぉぉっ!!」
ガンッ!
殴るが、シンヤのでっかい腕でガードされる
そして、すぐにシンヤは立ち上がる
体は震える
怖いときは単純な動きで勝負だ!
頭を使うな、勢いで行け!
俺はシンヤの起き上がりに合わせて、押し出すようにまたタックルで突っ込む
「ああぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉっ!?」
机やいすを飛ばしながらシンヤを押していく
「くっ、この!」
だが、ギガントタイプのシンヤの力は強い
俺の体を振り払い、その勢いで俺は吹き飛ぶ
シンヤが俺に殴りかかろうとしたとき、遠くから守衛が走って来る音がした
「…ちっ」
舌打ちをして拳を下げるシンヤ
時間切れだと思ったか?
バカが!
ここからが俺の狙いだ!
「おあぁぁぁ!」
「何!?」
喧嘩は終わりだと思って油断していたシンヤを、思いっきり押し倒す
そして、シンヤと取っ組み合いになる
怖い
だが、勢いに任せる
「この野郎!」
シンヤがキレた
「毎回、お前と大騒ぎしてやる…!」
「な、なんだと?」
シンヤが、俺の言葉に動きを止める
「毎回、俺と一緒に守衛に殴られようぜ」
「…っ!?」
シンヤは驚愕で目を見開いた
俺の反抗が予想以上に強かったからだろう
中途半端じゃない、全力で考えての抵抗だ
やってみるもんだな、バカ野郎!!
フグは、自分を食べたら毒で相手を道連れにする
手を出したら、お前も殺すと思わせなきゃダメだ
面倒くさいやつ、冗談が効かないやつ、それにならなければいない
気軽に手を出させないために
自分の身を守るために
…面倒くさい奴に、俺はなる!
「何をやってるかーーー!?」
そして、守衛が駆け込んでくる
…俺達は、スタンスティックでボコボコにされて制圧された
シンヤ対策w