七章 ~10話 装具の名前
用語説明w
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
流星錘アーム:紐の先に、重りである錘が付いた武器。紐は前腕に装着した本体のポリマーモーターで巻き取り可能
マキ組長:フウマの里マキ組の上忍、ノーマンの女性。二丁鎌を使う忍びで、武の呼吸を身につけている
マキ組に出撃要請が入った
また、潜入していたスパイ狩りだ
全面戦争は近い
それが、ここ最近の出撃内容から伝わってくる
「ラーズ、私達はここで待機です。ナウカ領へと抜けるためには、ここを通る必要がありますから」
当たり前の話だが、逃走者を闇雲に追っても発見は難しい
ウルラ領は、逃走するために必ず通らなければいけない道と言うものを作っている
逃亡者対策と言うわけだ
だが、敵に攻め込まれてその地点を占領されると、領内の移動が制限されるという諸刃の剣ともなり得る
「…」
マキ組長はいつも通りだ
俺とコウに、理不尽にドミオール院への出入りを禁止したとは思えない
…俺達は大人だ
戦闘に私情を持ち込むわけにはいかない
納得はできないが、マキ組長が言っている意味も分かる
とりあえずは目の前の戦闘に集中だ
…五感に集中
そして同時に脱力
自然体で周囲の情報を得る
前回、敵の接近を許してルイが負傷するという失態を犯した
索敵は戦闘の基本、徹底する
「車が二台、接近中」
ルイから無線が入る
「了解、このポイントで止めて下さい」
マキ組長が指示
ダァーーーン!
ゴッシャァァァァン!
ルイの狙撃音が響き、直後に車が横転したような音が響く
コウがもう一台の車を停めるために動いた
土属性土壁の魔法弾で土壁を作って進路を限定させる
ガッシャァァッッ!
そこには、可搬式のアングルを置いていた
Xの字のような形が並んだ金属のバーで、車が乗り上げることで前輪を浮かせて走行不能にする道具だ
コウとルイが、鮮やかに二台の逃走車両を動けなくして見せた
ルイが撃った車は大破
おそらく乗員は重症以上だろう
コウの止めた車の方はアンカーに乗り上げただけのため、乗員は無事
乗っていた男女が下りて来た
男はアサルトライフル、女は杖を持って武装
やる気だ
俺は無言で戦闘に入る
その手には装具を物質化
俺は属性装備であるヴァヴェルを身に纏い、右手には流星錘アーム、左手にはラウンドシールドと携帯用小型杖を装備している
そのヴァヴェルの前腕部の装甲と融合するように装具を具現化、手首から先のヴァヴェルの装甲が無い部分を新たに装具で纏う
男がアサルトライフルを向ける
同時にエアジェットの噴射、ナノマシンシステム2.1で銃化した左腕を向ける
ドガガガガッ!
ダダダダダダッ
銃弾が交差
男に銃弾がヒットするも、止められてパラパラと落ちる
補助魔法の防御魔法を使っていたか
だが、ここからだ
接近戦
男の銃口が俺を追うが、それよりも早く装具で固めた拳のストレート
「ぐはっ…!」
男が仰け反る
終りだ
俺は、装具に仕込んだ刃物で男の右手首を切り上げた
「ぐ……ぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」
男が、宙に舞った自分の右手首を見て絶叫する
その隙に、銃化した左手を女へ
攻撃呪文を詠唱していた女へ銃弾を撃ち込む
だが、女も防御魔法を使っており銃弾が止められた
これで終わるか!
俺は下手投げの要領で右手を振って錘を投擲
ゴッ!
「くっ…!」
女が器用に杖で錘を防いだ
そして、カウンターで雷属性投射魔法
電気の塊が放たれる
左手の前腕に付けた小型杖で力学属性引き寄せの魔法弾を撃ちながら、投射魔法を越えるように飛行能力で跳ぶ
その直後。俺の体は上空に向った状態から斜め下へ一気に引き寄せられた
ビョオォォォォォン!
女の目の前に着地
「ひっ!?」
女が驚いて、反射的に杖で殴りかかって来る
その杖を掴みながら体を反転
女を背負うように投げて、頭から地面に叩きつける
その時、男が必死の形相で、片腕で無理やりアサルトライフルを俺に向ける
「うおぉぉぉぉっ! くたばれーー!」
ダダダダダッ ダダダダッ
男が銃をフルオートでブッパ
だが一瞬早く、俺はエアジェットで横に飛びながら、錘を全力で投げつけて腹にめり込ませてやった
「その装具、完成したのですか?」
マキ組長が、横転したもう一台の車から戻って来た
「今後、新しい機能を追加するかもしれませんが、一応完成です」
「ラーズが言っていた、刃物を導入したのですね」
…そうだ、俺はこの手甲型装具に刃物を導入した
試行錯誤しただけあって、なかなか使い勝手はいい
俺の装具の刃物
小指側の側面から前腕の外側に刃を付けたのだ
ヒントは、ロンが試合で使っていた手刀受けで、文字通りの手刀を再現した
手の形でそのまま刃物を再現出来れば、敵の隙を突くことができる
同時に、刃物を把持していないため、他のアイテムの使用を阻害しない
ナイフを持たずに刃物を使えるというメリットを持つ形状だ
指先の装甲を若干尖らせ、更に指の関節を装具の装甲で保護、支えることで、突き指を気にせずに手刀での突きである貫手が可能となった
振れば、そのまま側面の刃物で切り裂くこともできる
無手の状態で、アイテムの使用、刃物、格闘に派生が可能、それが俺の装具の機能だ
…これは、ヘルマン、タルヤと共に生き抜いた、あの施設での集大成だ
「その装具、習得したばかりにしては、昔から使い慣れているかのようですね」
「…俺の格闘術の殺傷能力を上げること、それがこの装具のコンセプトです。俺の戦い方がそのまま装具の使い方となるので、使い慣れているというのは間違っていません」
「ラーズの格闘術のバージョンアップ、装具の特性としてマッチしています。暗殺にも戦闘にも使える、汎用性はいいと思います」
「はい、ありがとうございます」
ずっと考えて来た装具の形状
マキ組長が褒めてくれたのも嬉しいが、何よりも、自分で使いやすさを実感できた
これこそが現場での楽しさではないだろうか?
「ラーズ、次は忍術の習得ですね。あなたは忍びとしては完成に近い、早く一人前になって下さい」
「完成って、俺、そもそも忍者になれてさえいませんよ?」
「忍者…、忍びとは、心に刃を持つ者のことです。すなわち、目的達成のために冷徹に、冷静に行動し、躊躇しない心の強さ。それをラーズはすでに持っています」
「…」
それは、あの施設の弊害だ
命のやり取りを続けたことで、優しさや甘さを失っただけだ
自分の死を常に近くで感じる
おかげで、躊躇することが怖くて仕方が無くなった
「その装具の名前は決めたのですか?」
「名前…」
そういえば、まだ考えていなかったな
だが、たった今決まった
自分の死を感じる
そして、その可能性を常に考える
死を忘れるな
軍時代に教わった教訓、そして、あの施設で嫌と言うほど身に付いた生き方
「…メメント・モリです」
メメント・モリ
人間はいつか必ず死ぬ、これを忘れるな、と言う大昔の教訓
慣れるな、自分の死を想像しろ、シグノイアの軍時代に老兵から送られた言葉だ
「いい名ですね」
マキ組長が微笑む
自分で考えた名前を伝えるって、めちゃくちゃ恥ずかしいな
だが、装具はとりあえず完成した
まだ、追加機能は入れられそうだし、使い勝手を見ながら形は考えるとして…
次は忍術の番だ
イメージは湧いていている
装具と共に、練習とトライアンドエラーの繰り返しだ
・・・・・・
今回のスパイたちは、ウルラ領の住民を騙して潜伏していたようだ
ルイが狙撃した方の大破した車両には、何も知らなかったであろう住人が一人乗っていた
全速力で横転したため、当然ながら同乗していたスパイたちと共に命を落としていた
「…住民ごとでなんて、いいんですか?」
「よくはない、ただ、仕方がないことです。内戦が終わらない限りは同様の事故は起こり続けるでしょう。スパイが潜伏するのに、何も知らない住人を利用しないわけがないですからね」
「…」
スパイたちが暴走の末事故を起こした
そして、拉致した住人を巻き込んで死亡
生き残ったスパイをマキ組が処理したと、ウルラ軍には報告された
一般人を巻き添えにしてのスパイ狩り
シグノイアや龍神皇国ではあり得ない話だ
全面戦争が近い
それだけで全てが免罪符となっていることに、俺は恐怖を覚えた