七章 ~2話 選択の自由
用語説明w
装具:精力、氣力、霊力を混ぜ合わせて物質化させる技術であり装備。異世界イグドラシルのアイテム、ニーベルングの腕輪を使って発現する
ヤエ:マキ組の下忍、ノーマンの女性。潜入に特化した忍びで戦闘力は低い。回復魔法を使うため医療担当も兼務
激戦を終えて、今日はそれぞれ休息日となった
ただの遺跡発掘の警備だと思っていたら、
神らしきものの教団の襲撃
マサカドとナウカ軍の侵攻
そしてスタンピートの危機…
いや、盛りすぎだろ!
ベッドに倒れ込み、泥のように眠ると完全に日が落ちていた
校舎は静かだった
みんな寝ているようだ
俺は、音を立てないように静かに校庭に出る
壊れかけた朝礼台に座って星空を見上げる
クレハナは龍神皇国と接している国だ
距離的にはそこまで離れていないのに、ここから見る星は全然違って見える
ここが山の中ということもあって人工の光が少なく、星のぎらつきがうっとおしい程だ
「フィーナ…」
フィーナは今何をしているんだろう
何を考えているんだろう
ふと、考えてしまう
女々しい
だけど、未練がある
分かり合えると思っていた
何がダメだったんだろうか
王家だから?
お姫様だから?
俺達は、今まで一緒に住んで来た
セレブな暮らしではなかったけど、楽しかった
力を合わせて、お互いに負担を減らすべくやって来た
失敗した料理を我慢しながら食べ、結局ファーストフードに行ったこともあったな
ずっと一緒にいられると思っていた
幸せになれると思っていた
「…」
俺は頭を振る
割り切れ
切り替えろ
大人になれ
今更仕方がない
俺は振られた
それは、揺るぎない事実だ
「ラーズ?」
「あれ、ヤエ?」
呼ばれて振り返ると、ヤエも校庭に出てきていた
「変な時間に目が覚めちゃって。ラーズも?」
「うん。連戦で疲れすぎて、意識が戻ったらこの時間だよ」
お互いに笑い合う
とんでもない連戦だった
「少しは元気が出たみたいだね」
ヤエが俺を横目で見る
「何が?」
「別れた影響」
「…俺は大人だからね。起こったことに執着するよりも、今後の展望と目標を再確認してやるべきことを……」
「そうやって小難しく言語化するってことは、全然乗り越えてないわね」
「うぐっ…!」
ヤエに、やれやれという顔をされる
ああ、その通りだよ
何にも乗り越えてねーよ
「聞いてあげる。上辺の話じゃなくて、少し本心を話してみたら?」
「本心って?」
「別れたことは辛い。じゃあ、何で辛いの? 別れたことだけが辛いの? ラーズとフィーナ姫って、ただそれだけの関係じゃなかったんでしょ?」
「…」
別れて、何で辛いのか?
それは考えたことが無かったな
俺はフィーナが好きだった
俺自身も救われたし、クレハナのことで悩んで来たフィーナの力にもなりたかった
でも、それが出来なくなった
それが辛いのかな
いや、それだけじゃない
俺に出来ることが無いってことも寂しい
まるで、自分の存在価値が無いように感じるんだ
クレハナを救うのはフィーナ
姫であるフィーナを守るのは忍者であるジライヤや騎士であるヤマト
俺には、クレハナでの役割がない
「…俺は……」
たどたどしく、俺の中のモヤモヤを言葉にしていく
それを、ヤエが静かに聞いてくれた
「ふふっ…」
ヤエが小さく笑う
「変かな?」
「ううん、変じゃない。でも、ラーズは男の子らしく英雄願望があるのね」
「英雄?」
「私達はBランクじゃない。一般兵として、出来ることをすればいいんじゃないかな? 国を救うのは王家の人達でいい。私達は、一つ一つの戦闘を勝てるように全力を尽くす、それがウルラの勝利につながって行くんだから」
「うん…」
確かにそうだ
俺は、いつの間にかフィーナと同じことができると思っていたのかもしれない
俺は、フィーナに一般兵の重要性を話して来た
それなのに、フィーナに振られた途端に一般兵の役割じゃ満足できなくなったのか?
大きな組織の歯車でもいい
その目的に賛同でき、そのための小さな力となれれば
それが、一般兵の矜持なんだから
「孤高を友とし、選択の自由を守りなさい」
…ふと、デモトス先生の言葉を思い出した
選択とは、俺がするもの
人に依存せず、自分が正しいと思う選択をすること
その大切さを思い出した
「ラーズ?」
「え?」
「ラーズって、急に自分の考えに浸る時あるよね」
「そ、そうかな…?」
そういや、フィーナにも言われたな
だが、ヤエに聞いてもらって俺のやるべきことがはっきりした気がする
フィーナの気持なんかどうでもいい
俺がやりたいからやる
フィーナとクレハナののために、一般兵の俺ができることをする
そして、あいつが幸せになるなら、それを見届けて消えればいい
…その後は、俺にもやるべきことがあるのだから
「よっしっ!」
「ふぇっ!?」
俺が気合いを入れると、ヤエが驚いて朝礼台から落ちそうになった
「ど、どうした?」
「急に大声出すからびっくりしたのよ! 急に何よ?」
「いや、ヤエが話聞いてくれたから、俺のモヤモヤが消えたんだよ。それで、気合が入ったんだ」
「そ、そうなの? それならよかったけど」
俺は、この気合いそのままに、意識を右腕の腕輪に向ける
キュゥゥゥ……
二ーベルングの腕輪が反応し、溜まっていた霊力と氣力が俺の精力と混ぜ合わさって物質化
俺の両拳に殻のようなものを生成した
「ラーズ、何それ?」
ヤエが俺の拳の殻を覗き込む
「これは俺の装具だよ。やっと物質化できるようになったんだ」
「へー、凄い。なんか卵の殻みたいね。いつの間にできるようになったの?」
「今回の連戦で初めて発現したんだ。ここから、形を整えてちゃんとした武器にしていくつもりだよ」
このままだと、ただの歪なナックルガードだからな
固さは武器になるが、刃物を組み込んだり、形を考えていきたい
「どんな形にするの?」
「本格的に忍びを目指すことになったから、暗器とかを仕込みたいなって思ってるんだ」
理想は、隙を突ける形
そして、どんな状況でも使える汎用性かな?
「それなら、これなんてどう?」
ヤエが、懐から細い棒のようなものを取り出した
「それは?」
両端が尖った鉄の棒で、中央にリングが付いた武器だ
「峨嵋刺っていう暗器で、リングに中指を通して使うの。指を伸ばせば手の平で隠せて、さっと握って突き刺すって感じかな」
「へー、リングが回るんだね」
ヤエが、峨嵋刺を中指に付けて手のひらの上でくるくる回す
こういう可動式のギミックもいいな
ナックルガードタイプではなく、手袋型にして峨嵋刺のような尖った棒を仕込むか
それとも、細いナイフを仕込んだタイプにするか
拳で殴れるナックルガードは確定として、どうするかな…
こういう、新しい武器や構造を考えるのは結構楽しい
「…ねぇ、ラーズ。本当に忍者になるの?」
「え? もちろん、そのつもりだけど」
「…」
ヤエが、静かに星空を見上げる
「どうしたの?」
「…忍者って、要は暗殺者でスパイだから。辛いことも多いよ?」
ヤエは、色仕掛け専門の忍者だ
色々な男に体を開いて情報を取る
そして、可能なら協力者に仕立て上げる
時には気持ち悪い男に抱かれることもある
そして、自分に惚れた男を、時には処分しなければならない
その仕事は、胸を張れるような仕事では絶対にない
「汚れ仕事も多いし、辛いこともあるから」
「…俺は、ヤエは格好いいと思うよ」
「え?」
「ヤエだけじゃない。コウも、ルイも、絶対に忍者なんて向いてないのに、クレハナのため、ウルラのために戦っているんだろ?」
「うん…」
「自分を捨ててでも戦える。それは、国が違っても尊敬できるよ。俺もシグノイアで、そういう人たちと戦って来たからさ」
「…ラーズ、私の遁術を教えてあげようか?」
「え? 急に? 知りたいけど」
そう言うと、ヤエはいたずらっぽい顔をして自分の舌をペロッと出した
その舌には術式が浮かんでいる
「私の遁術は精神属性魅惑の術。…キスすると私のことが魅力的に感じるようになるの」
「ほぉ…」
キスをトリガーとした強制チャームの術か
女って怖い…
「試してみる?」
「ヤエとは良き同僚でいたいんだけど?」
「…残念ね」
ヤエは、そう言って朝礼台を降りた
「そろそろ戻るわ。ラーズ、風邪ひかないようにね」
「ああ、分かった。…ヤエ、話を聞いてくれてありがとう」
「今度ご飯奢ってくれてもいいわよ? …ラーズ、絶対に勝ちましょうね」
「ああ、もちろんだ」
俺は、ヤエの後姿を見送る
全面戦争は近い
装具と忍術の習得を間に合わせなければ