閑話19 漆黒の戦姫
用語説明w
フィーナ:B+ランクの実力を持ち、漆黒の戦姫と呼ばれるウルラ最高戦力。仙人として覚醒、宇宙戦艦宵闇の城をオーバーラップ、更に複合遁術を習得した大魔導士。ラーズとの別れを選んだ
クレハナ
ウルラ領 灰鳥城
「………」
フィーナは、自分の部屋で憂鬱そうに窓の外を見ていた
ラーズと別れた
その事実で、気持ちが押しつぶされそうになる
ラーズが行方不明になってから二年間
全く情報が掴めず、正直、諦めそうになったことも一度や二度ではない
だが、セフィ姉が頑張ってくれた
それを見て、私も頑張れた
お互いに励まし合って、ラーズを探し続けた
そして、クレハナの実父であるドースからの情報で、ついに拉致されていた施設を発見したのだ
「ふぅ…」
フィーナはため息をつく
ラーズが戻って来た
それは嬉しかった
また一緒に過ごせることが幸せだった
でも、ラーズはどこか以前とは違った
ラーズは、どこかへ向かって歩いて行こうとする
まるで、歩いていないと死んでしまうかのように
歩みを止めることが、罪だとでも思っているかのように
自ら、危険に飛び込む
目の前にある危機に対して、自分を試すかのように正面から突っ込んでいく
ラーズの、トリガーと呼ばれる特性
トリガーとは、命の危険など高いストレスを受けた際に、脳内物質を過剰分泌する特性だ
このトリガーが発動すると、途端に目突きが変わる
トリガー、引き金を引いたかのように精神状態が切り替わる
恐怖を忘れ、目的に向って自分の生命の危険も厭わずに向かって行く
そして、ラーズは、どこかこの状態になりたがっているようにも感じるのだ
…最初は、あの変異体研究施設、宙の恵みでの生活のせいだと思っていた
あの施設での虐待、拷問、人体実験…、そのトラウマに苛まれているのだと思っていた
だけど、それだけではないように感じ始めた
まるで、何もかもを忘れてしまうかのように
…忘れてしまいたいかのように
怖かった
変わって行くラーズが怖かった
私のことを置いてどこかへ行ってしまうかのように感じていた
それでも、ラーズは私の側にいてくれた
セフィ姉の大仕事である、大仲介プロジェクトも無事にやり遂げた
二年振りに会うラーズはやっぱり変わってなくて、勘違いだったのかなって思った
…フィーナは、ずっと悩んでいた
クレハナに戻らなくてはいけない
そして、内戦を終わらせなくてはいけない
その為に、フィーナは動き出す
その準備をしてきた
仙人となった
複合忍術を習得した
宇宙戦艦とのオーバーラップを行った
これで、少しはセフィ姉に近づけたのかな
この力で、クレハナの内戦を終わらせる
そう、一大決心をした
…ラーズと離れ離れになるのは寂しいけど、クレハナのためにそうするべきだと思ったのだ
「はぁ…」
もう一度ため息をつく
フィーナは、この城が嫌いだった
物心ついたころから、いつも一人だった
実父であるドースは、いつも忙しそうに仕事をしていた
出かけることも多く、フィーナにはあまり構ってくれなかった
本当に時たま、ドースが遊んでくれる時間だけがフィーナの楽しかった思い出だ
大人たちは、フィーナを姫として扱う
でも、本当に仲良くしてはくれはしない
メイドたちもそうだった
腫れものを扱うような、そんな距離感
寂しかった
友達が欲しかった
せめて、お母さんがいてくれたらよかったのに
ドース父さんは、お母さんの話をしたがらない
だから、お母さんの話はしないようになった
ずっと一人
それが普通だと思っていた
転機は、なんとクレハナの内戦の勃発だった
ドースは、フィーナの身の安全を案じて龍神皇国に連れて行ったのだ
その時に出会ったのがドルグネル家のセフィリアだった
そして、セフィ姉の紹介で、オーティル家とラーズに出会ったのだ
そのまま、ラーズと一緒に騎士学園に入ることになり、今に至っている
「ラーズ…」
フィーナは、一度だけその名を呟く
ラーズはクレハナについて来てくれた
セフィ姉との約束や、知り合いに会うという理由もあったのだろう
でも、フィーナのためでもあったことも分かる
その気持ちが嬉しかった
…それが間違いだった
クレハナの内戦は酷い
簡単に人が死んでいく
龍神皇国のパニン父さんが大怪我を負ったことで目が覚めた
どこかで、ラーズやパニン父さんは、何の根拠もなく大丈夫だろうと思っていた
バイアスが働いていた
それを痛感した
クレハナでは簡単に人が死ぬ
それは分かっていたはずだ
そんな内戦を止めるために戻ったはずなのに
そして、クレハナでのラーズは、ますますひどくなっている
トリガーの影響がどんどん大きくなっている
殺意に染まって行く姿が怖かった
…ラーズは、いつ死んでもおかしくない
それが分かった
ラーズを守らなければいけない
クレハナにいさせてはダメだ
「あの男は獣だ。いつか、見境なく暴れ出す」
ジライヤは、ラーズのトリガーを毛嫌いしていた
私が擁護しても、
「あの男を殺したくないなら国外に追放するべきだ」
と言い切った
ラーズと離れたくなかった
それでも、ラーズが死んでしまうことを否定できなかった
…フィーナにはやることがある
この国では、餓死者が出ているほど貧困が進み始めている
盗賊に身を落とした国民が、国軍に虐殺される
フィーナはクレハナの姫となった
そして、国民の目に晒された
そして、国民の実体を見た
そこには、貧困、虐殺、恨み
あらゆる負の感情が渦巻いていた
とてもじゃないけど、全てを救うことなんてできない
フィーナは、ここにいるだけで罪を自覚した
フィーナはそんな国民を見捨てて、今までオーティル家で温かい家庭に包まれていたのだ
姫として、王族として戦う
それは、王族である自分がやるべきことだ
…ラーズは違う
王族ではないし、クレハナとは縁もない
これ以上、ラーズが戦場にのこれば、ラーズは変わってしまう
そして、死んでしまう
ラーズを守るために、フィーナは決断した
ラーズは、意外と立場を気にするタイプだ
だからこそ、好きでもない王族と言う立場を強調した
私とラーズは、もう立場が違う
だからこそ、ラーズと私は付き合えないのだと
…ラーズに、クレハナにいる理由はもうない
クレハナから帰ってもらう
「………」
フィーナの目に強い光が宿る
私は、ラーズもクレハナも守る
そのためには、何でもする
別れることも仕方がないと思う
死んでしまうよりはいいから
「フィーナ姫、準備はいいか?」
「…ええ、いつでも大丈夫」
ジライヤとフィーナが戦場に立つ
その相手は、ナウカ軍だ
五遁のジライヤが使う五種類の遁術で敵を散らす
その間に、フィーナがブースト魔法を発動
複数の爆破魔法で空間を爆縮
超高温高圧空間に生成されたプラズマをブーストする
キュンッッ………!
ドッ……ァァァァァァァァァァァン!!!
熱線が戦場を断ち、直後に高熱の爆風が発生
ナウカ軍が壊滅する
漆黒の戦姫、そして五遁のジライヤ
ウルラの姫と、それに付き従う忍びのコンビは、ナウカ・コクル連合軍の間でその名轟かせている