六章 ~32話 ハートブレイク
用語説明w
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
神らしきものの教団:現在の世界は神らしきものに滅ぼされるべきとの教義を持つカルト教団。テロ活動や人体実験など、世界各地で暗躍
ハートブレイク…
ちょっと響きがかっこよくね?
だが、言い方を変えてみても、俺が失恋したことに変わりはない
ゴガッ!
「グハッッ……!?」
マキ組長が沈み込み、鎌で俺の脛を抉る
そこから、踵で顎を真下から撃ち抜かれた
「…」
悶絶している俺を、マキ組長が見下ろす
「ぐっ…」
「…全然、集中できていませんね。こんなことじゃ、簡単に死にますよ?」
「す、すみません…」
「……分かりやすく凹んでいる人と話すのは苦手です。今日は自主練にしましょう」
そう言って、マキ組長はコウとルイの所に行ってしまった
「ラーズ、はい」
ヤエが、缶コーヒーをそっと近くにおいてくれた
「ラーズ、ほら」
ジョゼが、アダルトと記載のある円盤をそっと渡してくれた
「…いや、何なの二人とも!?」
「そりゃ、そこまで分かりやすかったら…」
「そういう時は、酒でも飲んで、出すもの出して、寝るしかないさ」
「…っ!?」
俺は何も言ってないのだが、簡単にバレてしまった
俺は無言で頭を下げ、自室に引きこもることにした
気を使われるのが辛い
気を遣わせているのも辛い
モウ、誰トモ話シタクナイ…
「………」
ベッドに横になっても全然寝れない
悶々として、時間だけが立っていく
「ダメだ…!」
俺は、やけくそ気味に床に座る
それならば、訓練しかない
俺は、二―ベルングの腕輪に意識を集中する
精力が腕輪に入って行く
死ぬほど入って行く
何でだ?
失恋したからか?
振られて、その心のダメージで、俺の未知なる力が…
って、そんなわけあるかバカヤロー!
何なんだよ!
この調子よさが腹立つな!
腕輪の中で、精力と氣力と霊力が混ざって行くのが分かる
混ざって、一つの力になった部分
この部分が次第に増えていく
「ぐうぅぅ……!?」
そして、増えていくにつれて、身体からエネルギーが吸い取られていく
腕輪が重く…
何だ!?
何が起こっている!?
怖いんだけど!?
「はぁはぁ…」
腕輪に入って行く精力を止めた
何が起こっているのか分からなくなり、怖くなったのだ
「…そろそろ、装具の形を決めるときかもしれないな」
刃物にしようと考えているが、具体的な形はまだ全然決めていない
俺は、いそいそと出かける準備を始めた
今日は、ミィが来ることになっている
はっきり言って、会いたくはなかった
失恋のことを言わなきゃいけないし、人と会いたい気分でもない
だが、ミィからは、真実の眼の発掘の調査結果の話と言われている
俺の感情だけで、ミィがやってくれていることをふいにはできない
・・・・・・
クレハナの町の居酒屋
大衆的な店で、簡単な料理と酒が出る
内戦中でも酒の需要は常に一定以上あるのだ
特に、ウルラ領は龍神皇国からの支援があるため、町では食料がそれなりに出回っている
「あっはっは!」
会っていきなり、ミィが大笑いをしている
「…何だよ?」
「分かりやすく沈んでるわねー。聞いたわよ?」
「誰に?」
「もちろん、フィーナによ。さっき会って来たから」
「そうですか…」
「ま、飲みましょ? 愚痴聞いてあげるわよ」
ミィが酒を注文して、俺達は飲み始めた
ゴクゴク
「ぷはー! クレハナの酒もおいしいじゃない、冷えてるし」
グビグビ
「そうか? クレハナのビールって少し薄い気がするんだけどな」
ゴクッゴクッ
「酔えれば同じでしょ。今のラーズの目的は酔うことなんだから」
グビッ
「ほっといてくれない?」
「おじちゃーん、ビール二つ! …それで、何で別れることになったわけ?」
グィッ
「いや、俺が知るかよ。いきなり振られたんだから。…なんか、王家に戻るから、もう付き合えないってさ」
「…何それ? もう、王家に戻ってたじゃん」
「知らないよ。所詮、一般兵の俺とは釣り合わないってことだろ? 色々なお偉いさんとも会うんだろうしさ」
「ふーん…?」
「それに、クレハナに来てから、何度も喧嘩になっちゃってたからな…」
ミィがビールを受け取る
ついでに、内臓を煮込んだ鍋料理を注文
…通称モツ煮込みだ
「喧嘩って、何で?」
グビグビッ
「フィーナは、やっぱり一般兵の俺が戦場で戦うのが嫌みたいなんだ。龍神皇国に帰れって言われてたし、…心配させちゃったんだろうな」
ゴクゴクッ
「そうなの? まぁ、確かに私達騎士にとっては、一般兵って紙装甲だからね。死傷者を出さないように戦うのも気を遣うから」
グビッグビッ
「そうは言っても、一般兵の力ってのは小さくないと思うんだ。人数を揃えた強さってのは確実にあるんだし」
「おー…、いい飲みっぷりね。それは、もちろん分かってるわよ。でも、一般兵は使い捨てじゃないし、一人も死んでほしくないって気持ちがあると戦わせるのが怖いのよ」
騎士が出る戦場は、イコール強力な軍隊や、凶悪なモンスターが相手ということだ
当然に、一般兵の死傷率は高い
「…それでも、俺には一般兵としてのプライドがある。シグノイアを守ってきたっていう自負だってある。心配はされるかもしれないけど、やっぱり騎士に守られる存在ではないと思っている」
「それでいいじゃない。価値観が違えば、別れるのはしょうがないわよ」
「それとこれは違う…。俺は別れたくなんかなかったっての!」
「それはフィーナの考えもあるからねー」
「…簡単に言いやがって」
「そんなことより、仕事の話をしましょ? おじちゃーん、ビール追加!」
うむ、酔っぱらって来た
ミィはまぁまぁ酒が強かったため、まだ余裕がありそうだ
「仕事って?」
「真実の眼の発掘よ。忘れたの?」
「あぁ…、いや、それどころじゃなかったからな」
「大変なのも分かるけど、私達も皇国でいろいろと準備してるんだからね?」
「そっか、ごめん」
また、おじちゃんがビールを持って来た
ゴクッ
「でも、ラーズのおかげで、フィーナを説得できそうね」
グィッ
「どういう意味? そういや、ドースさんは発掘の許可を渋ってるんだったよな?」
「そうよ。それは今も変わらないし。フィーナもあんまり乗り気じゃないし」
「どうやって説得するんだよ?」
ゴクゴク
「まぁ、そこは任せてよ。それよりも、問題はラーズだけど大丈夫なの?」
グビッグビッ
「俺?」
「振られたショックで、発掘なんかどうでもよくなってないかってこと」
グビグビ
「…いや、大丈夫だ、やろう。失恋を忘れるためには、仕事に没頭すべきだ」
ゴクゴク
「思ったより簡単に割りきったのね」
「割り切ってねーよ!ただ、何かに没頭しないと死ねるんだよ!」
「私はモチベーションの理由にこだわりはないわ。しっかり仕事をしてくれればオッケーよ」
ミィは、特に気にした様子はない
ミィの、この割り切った感じは嫌いじゃない
本当に気軽に飲める女友達、ありがたいな
それに、真実の眼の遺跡発掘は神らしきものの教団にも関わって来る
ちょうどいい
俺は、フィーナよりも戦いを取った
復讐を取ったんだ
そう割り切って、真実の眼に集中する
「…ふぅ、結構飲んだわね」
「ああ、腹いっぱいだ」
「それじゃあ、明日、もう一度フィーナとドース様に会って発掘許可をお願いしてくる。ラーズは、その準備をしておいてよ」
「発掘現場はどこだっけ? ウルラ領の東側だったよな」
「領境に近い、低山となってる場所ね」
「領境か、ナウカ軍が怖いな。前も、領境に侵入してきたんだ」
「…ラーズのお父さんが怪我した時のことね。…マキ組にも依頼を出すから。護衛についてもらいましょう」
「それはいいと思う。マキ組長の腕は凄いし、メンバーも頼りになる」
「ウルラから軍の派遣もお願いしようかな」
「…フィーナに頼るのは気まずいな」
「男らしくないわね」
「振られた直後だぞ? …俺の心が持たねーわ」
「まぁ…、それはそうかな。分かった、ウルラには許可だけにしておくわ」
うぅ…、結局、かなり飲んでしまった
変異体でも二日酔いにはなってしまうらしい
だが、ミィと飲めたことで少しは気が晴れた
話を聞いてもらうって大事なんだな
発掘準備 六章 ~14話 ミィの依頼




