六章 ~31話 …フィーナ
用語説明w
大崩壊:神らしきものの教団や龍神皇国の貴族が引き起こした人為的な大災害。約百万人に上ぼる犠牲者が出た
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
フィーナ:ラーズと同い年になった恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職。現在はクレハナの姫として、内戦終結のために勤しんでいる
フィーナから連絡が来た
久しぶりに街でデートだ
最近、フィーナとぶつかってしまっていたから、今日は楽しみたい
「ここの緑茶おいしいね」
「あんこと合うよな」
今は内戦でゴタゴタしているため店自体があまりないが、クレハナはお茶の名産地だった
その為か、クレハナでは紅茶よりも緑茶の文化が強い
お茶屋さんでお茶とおはぎを楽しみ、その後に買い物へ
「…ラーズ、目が行くお店がおかしいよ?」
「え? いやいや、行ってないって」
つい、武器防具のジャンク屋に目が行ってしまった
携帯用小型杖の、自動魔石装填装置だと!?
小型杖は三つしか魔石が装填できず、手で魔石をはめ替える
後付けで自動装填ができるなら便利じゃね? と思ってしまったのだ
…だが、その一瞬のフリーズをフィーナは見逃さなかったようだ
「見たいなら見ていいよ?」
「…フィーナと会ってる時くらい、戦闘のことは忘れないと。オンオフは、どんな状況でも必要なことだろ」
「うん…。じゃあ、私あのお店行きたい」
かわいいアクセサリーのお店
服、小物のお店
俺達は、普通のデートを楽しんだ
良かった、前みたいにフィーナと楽しく過ごすことが出来た
こういう時は、ただ歩いているだけでも楽しいもんなんだな
・・・・・・
昼食の後、小高い丘の上にある閑散とした広場にやって来た
「ラーズ。ここって、あの丘の上の公園を思い出さない?」
「そういえば、少し高台にあるから似てるかも」
シグノイアにあった丘の上の公園
俺たちが住んでいた、メゾン・サクラというアパートの側にり、高台から海を見渡せる公園だ
そして、俺がフィーナに告白した場所でもある
俺は、あの公園で夕日に輝く海を見るのが好きだった
ここからは、海の代わりに内戦下でも頑張って生きている町を見下ろせる
「…ラーズ」
「ん?」
しばらく町を見ていると、フィーナが言う
「………」
フィーナが、じっと俺の顔を見る
「ど、どうした?」
「前の戦闘で、目や耳、鼻から出血していたけど大丈夫だったの?」
「ああ、ゆっくり休んで治療したよ。少し無理しすぎたみたいだ」
「…」
フィーナの目が、不思議な色に光った
「解析魔法で勝手に人を見るなよ…」
付き合う前は、よく勝手に解析魔法を使われて、隠していた怪我を見破られたりしていたな
フィーナが、俺の胸に手を添えて回復魔法をかける
「…心臓と腎臓にダメージが蓄積しているかもしれない。多分、急激な血流量の増加が理由だよ。あまり無理しないで」
「あ、あぁ…、ありがとう」
全力トリガーの反動は体の内部に来るな
気を付けないと
「…本当は、あの海の見える公園に行きたかったんだけどね」
フィーナが、町に目を戻す
「…内戦が終わったら、シグノイアに行けばいいじゃん」
「ラーズはいいの?」
フィーナが、少し言いにくそうに言う
大崩壊のトラウマのことを言っているのか?
確かに、どこかで俺はシグノイアに行くことを避けていた
「まだ、1991小隊の隊舎や、メゾン・サクラにも行けてないからな。泉龍神社とか、行きたい場所もあるし」
「うん…」
シグノイアか
なんとなく避けて来たけど、そろそろ戻ってみるのもいいかもしれない
「…」
少しだけ沈黙
俺達は、町を見下ろす
今日は風もなく、陽気で気持ちい
「フィーナ、飲み物でも買ってくるよ」
甘いものが飲みたくなってきた
「…ラーズ、話があるの」
フィーナが、俺の方を向いた
「え、何?」
「……」
フィーナが、じっと俺を見る
え?
急に何?
フィーナが、小さくため息をついて口を開く
「………私、あなたが好きだった」
「え?」
「…あなたとの生活が好きだった。でも、それが好きだった私が変わってしまったのかもしれない」
「な、何の話?」
「…ふぅ……」
フィーナが、小さく息を吐く
「…私達、別れましょ?」
「………え?」
「私、決めたの。…クレハナを背負うって。もう、シグノイアにも皇国にも戻らない」
「…それって……」
「王族として生きるってこと。ゆくゆくは、女王になる可能性もある。…もう、ラーズとは違ってしまうから」
「…そ、それだと、俺とは付き合えないってことか?」
「…住む世界が違いすぎるから」
「…!」
突然、目の前のフィーナが今までと別人のように感じる
急に何で?
何を言ってるんだ?
「…俺達、楽しくやって来たのに……」
「そうだね…」
「それなら、何で…」
「ラーズがいない二年間で、私は変わったのかもしれない」
「え?」
「…子供の時代は終わり。私達ももうすぐ、本当の意味で大人になるんだよ」
「俺達の生活は、子供時代の遊びだったってことか?」
急にそんな…
俺達は、互いに悩みながら、新社会人として一生懸命やって来た
仕事だって恋愛だって、迷いながら、苦しみながら、そして楽しみながら
それを、子供の無責任な遊びと一緒にするなんて
「…ラーズには、私なんかよりいい人がいるよ」
「…っ!? …本気で言ってるのか? 俺は、フィーナとこれからも……!」
「………ごめんなさい。…もう、身分が違う」
「他に好きな人が出来たってことか?」
「…」
「…身分が違うからなんなんだよ。俺は、フィーナと離れたくない」
あ、俺、めちゃくちゃ女々しい
泣き付いてるのか?
…だって、離れたくない
別れたくないんだ
「…付き合う人って、私が一緒にいたい人のこと。私が決めるってことだよ?」
「俺とは、もう一緒にいたくないってことか?」
あー、まずい
悲しいとか、そう言う感情が無い
感情がマヒしている
これって、ショックで思考力が低下しているパターンだ
「…だって、ラーズには闘氣が無い。Bランクの力が無いじゃない」
「…っ!?」
「…今思えば、チャクラ封印練が別れるきっかけだったかもしれない」
まさか、フィーナがそこを否定してくるとは
俺だって、生半可な気持ちで騎士の道を諦めわけじゃない
セフィ姉という、理想の騎士像を目指すために決断したことだ
「…それは違うよ。俺は、チャクラ封印練のお陰で、1991小隊の仲間と出会えた。そこで得られた自信のおかげで、お前と付き合う資格を得たと思っている」
「………」
フィーナがピクリと反応した
「…どっちにしろ、一般兵のラーズと私の住む世界が違っちゃったのは事実。これから、私は本腰を入れて王族に戻る」
「フィーナ…」
「もう、ラーズがクレハナにいる理由はないでしょ? セフィ姉には言っておくから、怪我をする前に帰って?」
「…」
「………私、もう一人で戦えるから。さよなら、ラーズ…」
フィーナと俺は、数秒間見つめ合った
そして、フィーナは視線を外して、公園の出口に方へ歩いて行く
俺は、その背中を見つめる事しかできなかった
・・・・・・
「…」
しばらく、ぼーっと町を見ていた
振られた
これが俗にいう振られたというやつだ
「…」
まずい
予想以上にダメージがでかすぎる
何かに焦っている気がする
不安が渦巻いている
だが、解決方法が時間しかないことを理解している
「…」
ため息も出ねぇ…
帰るか…
俺は、公園の出口の方へと足を進める
ビックリするくらいに足が重い
フィーナ…
王家に戻ったら、やっぱり俺とは付き合えないのか?
それとも、本当はもっと好きな人が出来た?
「…っ!?」
突然、気配を感じる
…この気持ちの悪い、妙に薄い気配
「ジライヤ…」
「…さすがマキ組の中忍だ。よく、わしの気配を感じ取ったな」
「何の用だ?」
今は、お前なんかに絡みたくない
「…忠告に来た。お前は、もうフィーナ姫とは何の関係もない一般兵だ。分を弁えて、二度と近づくな」
「…あ?」
失恋は恐ろしい
一瞬で感情が振り切れる
ゴッッ!
ストレートがジライヤの頬にめり込む
ジライヤが手のひらで受けたが、俺の拳が片手で受けられるわけがない
「…なんだ、振られたからといって殴りかかるのか? 予想以上に小物だな」
「……お前、俺をからかいに来たのか? いいぜ、その喧嘩を狩ってやる」
知っていて絡んでくるとは大したもんだな
決めた
この野郎、とことんやってやる…!
俺は、トリガーを意図的に入れる
「…こんな町中で殺気を振りまくな。わしは弁えろと言っているだけだ。…フィーナ姫とクレハナが今、どれだけ重要な局面にいるか、分からないわけではないだろうが」
「それと、俺への挑発と何の関係があるんだ?」
「それは、振られたお前が勝手に挑発と受け取っただけだ」
「…」
「忠告はした。元々お前はクレハナとは関係のない人間だ、全面戦争の前にさっさと去れ」
そう言って、ジライヤは踵を返した
…この場には誰も居なくなった
俺は、クレハナで何をしたかったんだろうか?
ただの一般兵が、騎士ではない俺が、何でフィーナの力になれると思ったのだろうか
好きな女の気持ちも分からない
そんな俺に、誰かを守るなんてできるわけがなかった
…現実に打ちひしがれる
俺には何の価値もない
俺には何もできない
できることなんか、何もない
…俺は……