六章 ~23話 フィーナの怒り
用語説明w
回復薬:聖属性を帯びた液体薬で、細胞に必要なエネルギーを与えて細胞を保護し代謝を活性化
カプセルワーム:ぷにぷにしたカプセルタイプの人工細胞の集合体で、傷を埋めて止血と殺菌が出来る
真・大剣1991:ジェットの推進力、超震動装置の切れ味、パイルバンカー機構、ドラゴンキラー特性を持つ大剣、更に蒼い強化紋章で硬度を高められる
フィーナ:ラーズと同い年になった恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職。現在はクレハナの姫として、内戦終結のために勤しんでいる
戦場には大きな変化があった
ナウカ軍が撤退し始めたのだ
その理由の一つは、戦場にある者が降り立ったこと
その名は、漆黒の戦姫と呼ばれている
拠点となる漆黒の城を呼び出す
そして、ウルラ軍に回復と加護を与え、戦力を格段にアップさせる
更に、自身が攻撃魔法の使い手であり、範囲魔法(大)を放って戦場を殲滅する
戦場に立つ、ウルラ領の姫だ
「フィーナ姫、あそこにナウカの魔人がいる」
五遁のジライヤは、フィーナの護衛に当たりながら周囲の情報を入手していく
フィーナの目にも、魔属性の魔力が渦巻いているのが分かる
おそらく、あそこに悪魔族を呼び出している召喚士がいる
「いったい、どうやってあれだけの悪魔族を呼び出しているんだろう…」
召喚術とは、基本は自分の魔力で召喚対象を呼び出す
それ以外では、特殊な魔法陣やアイテムを準備して外部的な魔力を利用する施設を作り出す必要がある
だが、ナウカの召喚士は自分の力のみで、多くの下位悪魔やグレーターデーモンまでもを呼び出しているようだ
「ウルラの忍術に負けないクレハナの秘術、ナウカの鬼憑きの術じゃ。敵に回すと厄介この上ない」
下位悪魔を炎で焼き尽くしながら、ジライヤが言う
しかし、ナウカの部隊が召喚士を守っており、その後ろで次々と悪魔族を呼び出されていく
「…」
フィーナは杖と羽衣を構える
得意のプラズマ魔法を発動
そこに、オーバーラップした宵闇の城から受けた電力を魔力に変換して上乗せ、羽衣の魔玉で強化して撃ち出すブースト魔法だ
キュンッ
……
…
……ッガァァァァァァン!!
フィーナの放った魔法はプラズマビームとなり、大地に膨大な熱量を与える
直後に大爆発が起こり、ナウカの部隊ごと下位悪魔の集団を焼き尽くした
・・・・・・
グレーターデーモンはしぶとかった
片腕となったが、腹の傷はほぼ塞がってしまった
それなら仕方がない
死ぬまで1991を叩きつけるだけだ
集中力が研ぎ澄まされている
グレーターデーモンの口が開いた瞬間…
ゴォッ ズガァッ!
「ゴフッ!!」
飛び込んでのジェット突き
流星錘アームから錘を引き出して、紐を首に引っかける
背中側に回って背負うように投げ落とす
流星錘の紐を切断、サードハンドで1991を保持し、ハンドグレネードを置き土産にして距離を取る
ついでに自己生成爆弾、ノームを転がす
ドッガァァァァァァン × 2
Bランクでも上位であろう、グレーターデーモン
こいつに勝てれば、俺は戦力としての価値を持てるだろうか?
トリガーの発動
…身を委ねる
超集中、ゾーンに入る
トリガーの先
見える、戦友達の死
過去の戦場
俺に必要なのは、この力
純粋な殺意に身を委ねる
余計なことはいらない
こいつを殺す
ただそれだけだ
ヘルマンに言われた言葉
「トリガーは最終手段として、一か八かの時に使え」
意図的に、全開でのトリガーを発動
…俺は、ヘルマンの助言を捨てた
・・・・・・
ゴッガァァァァン!
「グゴォォォォッ!!」
召喚士を焼き付くし、ナウカ軍は撤退した
残っているのはグレーターデーモンのみ
しかし、ウルラ軍は遠巻きに見ていることしかできない
なぜなら、たった一人で戦っている者がいるからだ
「ラ、ラーズ…!?」
フィーナが、一人戦っているラーズの姿を見て目を見開く
「あの小僧、笑っているのか?」
五遁のジライヤが言う
ラーズの様子がおかしい
あれはトリガーだ
笑いながら、明らかに格上の悪魔と戦い続けている
今日のラーズのトリガーは、いつもよりも更に様子がおかしい
フィーナは、あのラーズの目が嫌だった
フィーナにも、自分自身にさえも見向きもせず、戦いに向っていく
集中力の向上なんて言うけれど、あんなのはただの暴走だ
1991小隊の復讐、トラウマと悔恨、そして、あの施設での闘いの日々
それらが作り出したラーズ側面
それは、フィーナとの生活に背を向けるであろう、もう一人のラーズだ
「ラーズ、待って…」
フィーナが思わずつぶやいて足を踏み出したとき、ジライヤが前に出た
・・・・・・
「………」
記憶が曖昧だ
気が付くと、何者かに戦いに割り込まれていた
次の瞬間、何かの魔法を受けて動きを止められた
そして、グレーターデーモンは狩られた
「…ラーズ、分かりますか?」
「…マキ組長……?」
マキ組長に、顔を覗き込まれていた
その横には、へたっているフォウル、リィとデータ2がいた
「…小僧、素に戻ったか」
声の方を見ると、戦いに割り込んでグレーターデーモンを狩った男がいた
「お前、五遁のジライヤ…!」
「お前は獣だな」
「…あ?」
「戦いを、いや、殺しを楽しんでいる」
ジライヤが吐き捨てるように言う
「な、何だと?」
「…あの 大立ち回りと表情を見れば分かる」
そう言って嫌悪感を露わにし、ジライヤは行ってしまった
…俺の体には、大小さまざまな傷が刻まれていた
そのダメージ、そして疲労感で、俺は立ち上がることもできない
ナノマシンシステムとカプセルワームで治癒を促進、そして回復薬をがぶ飲み
いつもの流れだ
今回はナノマシンシステムまでもが沈黙しかけており、俺は倉デバイスから携帯用充電器を取り出してナノマシン群に電力を送る
今回はトリガーを全開放、要するに抑制しなかったのだが、思ったほど記憶は飛んでいない
どうやって戦ったのかを覚えている
意識して発動した分、戦いに集中できて、動きもそこまで緩慢にならなかったように思う
「ラーズ…」
「あ、フィーナ。今回は大活躍だったんだって?」
たった今、フィーナが戦場を殲滅したと聞いたばかりだ
「…ラーズ、大丈夫なの?」
フィーナが俺の顔を見る
「え? 見ての通りピンピンしてるよ。グレーターデーモンはさすがに強くてさ、フィーナ達が来てくれて助かったよ」
ジライヤに仕留められたのは腹が立つ
あんな奴に助けられたみたいになったのが気に喰わない
「どうしてラーズが、あんな強い悪魔族と戦ってたの?」
「本隊からの指示だよ。俺達マキ組で、フィーナ達が来るまで足止めしろってさ」
「…本体から? Cランクのラーズにグレーターデーモンを相手にさせたるなんて…!」
フィーナが、怒った顔をする
「俺だけじゃない、マキ組長とマキ組全員さ。マキ組長やルイの狙撃、ジョゼの情報収集が無かったら、とてもじゃないけど足止めなんかできなかった」
「…そんなの、ラーズが、ただの一般兵がするような任務じゃないよ! 私、本隊の司令部に言ってくる!」
「ま、待てって! 何を怒ってるんだ? 俺達は忍び、斥候のプロフェッショナルなんだぞ。足止めを請け負うのは妥当だろ」
俺は慌てて、飛び出そうとするフィーナを止める
「だって、大けがを負って死にそうになってるんだよ!? そんな危険な…」
「フィーナ、周りを見てみろって」
「え?」
俺は、フィーナの言葉を遮る
今のフィーナは、姫として司令官の立場がある
うかつなことを言わせられない
「今回の戦闘でかなりの死傷者が出ている。みんな、フィーナ達の補助が無い状態で、ウルラのために戦い続けた勇敢な兵士たちだ。俺達は一般兵としてできる限りのことをする、当たり前の話だろ」
「…っ!」
「俺は兵士としてクレハナで戦っている。そして、民や仲間を、そしてフィーナを守りたいと思っている。俺だけを特別扱いするな」
「ラーズ…」
フィーナが俯く
俺を心配してくれる、その気持ちは嬉しい
だが、俺は自分の目的のためにこの国で戦っているのだ
「私、やっぱりラーズに戦ってほしくない。こんな危険な任務についてほしくない」
フィーナが顔を上げる
それを聞いて、今まで黙っていたマキ組長が口を開いた
「フィーナ姫。グレーターデーモンは強敵であり、部隊での対応は被害が大きくなる可能性がありました。私とラーズは斥候として一流であると自負しています。攻撃を避けることに特化した、私達マキ組での対応が最適だったと断言できます」
「それが、最終的にラーズ一人でグレーターデーモンを相手にするという、あの状況ですか!?」
フィーナが、珍しくマキ組長に喰ってかかる
「そうです。私が力及ばずに離脱してしまうことになってしまいましたが、その穴をラーズは見事に埋めてくれました。その結果が本隊の温存、フィーナ姫の補助を最大限生かせた今回の戦果です」
「ラーズは戦いで自我を失います! あんな戦い方は…」
「フィーナ姫。ラーズは戦士として戦場に立ち、自分の信念と目的のために戦っています。そして、それは私達も同じです。部外者のあなたがとやかく言うものではありません」
「なっ…!?」
「戦う理由は様々、それでもクレハナのために戦っていることに違いはありません。自分で戦場に立った戦士に対して、戦うなとは決して言ってはいけない言葉です」
マキ組長が、フィーナの言葉をピシャリと否定した
フィーナは言葉に詰まり、そして俺を睨む
「…ラーズ! 何なのよ、この人は!?」
「え? いや…、俺の上司だけど」
「ラーズのことを知った風に…!」
「いや、フィーナ。俺も戦場で施しは受けたくないよ。俺はできることを精一杯やって、フィーナと対等な関係でいたいんだ。…フィーナに庇われたら、俺とフィーナの関係が壊れちゃうから」
「…っ!」
「戦場は平等であるべきだ。フィーナは政治でウルラを導く、俺は戦場で勝利に少しでも貢献する。そして、内戦が終わったら、また…、な?」
「…ひ、人の気も知らないで!」
フィーナは俺を睨むと、怒って本隊の方へ戻って行ってしまった