六章 ~8話 フウマ
用語説明w
流星錘アーム:紐の先に、重りである錘が付いた武器。紐は前腕に装着した本体のポリマーモーターで巻き取り可能
この木造の校舎、どう見ても廃校だ
「…ここがフウマの里?」
「フウマの組の一つって所だ。廃校を買い取って、そのまま拠点に使ってるんだ」
「組って?」
「ここは、フウマの里の中のマキ組だ。忍者組織は複数あって、その組織単位を里と呼んでいる。ま、流派みたいなものだな。そして、その里の中にいくつもの組と呼ばれる忍者衆が所属しているってわけだ」
「はー、なんとなく分かった」
「マキ組の組長はマキっていう女だ。怖い女だが、龍神皇国の騎士団とずっと繋がってくれているから信用できる」
「マキ…」
校門を入ると、校庭に人影が見えた
全部で…、四人か
女が二人、男が二人
「マキ組は、戦闘員が四人と情報担当が一人の零細組織だ。仲良くやってくれ」
「ああ、分かった」
すると、女が近づいて来る
「…ヤマトさん、零細組織で悪かったですね」
ショートカットの女性でノーマン、年はセフィ姉と同じくらいだろうか
…雰囲気がある、強いな
この人が組長だろう
「マキ、こいつがラーズだ。完成変異体で、あの大崩壊を生き延びた兵士だ。俺の騎士学園時代の相棒でもある、よろしく頼むぜ」
「…それに、怖い女で悪うございましたね?」
「…聞こえてたのか?」
「私、耳が良いいので」
「…失言だったな、悪かったよ」
マキ組長は静かに微笑む
だが、その眼は全然笑っていなかった
あ、この人、絶対に危ない人だ
間違いない
「…ラーズさん、お話は聞いております。マキと言います、よろしくお願いしますね」
「はい、ラーズです。マキ組長、よろしくお願いします」
礼儀正しいな
挙動の一つ一つが美しい
動きに淀みがない
身体バランスが違うというのか…
「三人とも、いらっしゃい」
マキ組長は、振り返って校庭の三人を呼んだ
「この三人と私がマキ組の戦闘員です。紹介しますね」
「ルイだ。俺はスナイパーだ、狙撃なら任せてくれ」
ルイは赤髪の獣人男性だ
「コウだ。補助魔法と銃を使う。よろしく」
コウは青髪の魚人男性
「ヤエです。私は回復魔法を使えるわ。でも、潜入が主な仕事だから戦闘力は期待しないでね」
ヤエはノーマンの女性
「ラーズです。元シグノイアの軍人で、モンスターハンターを主にやっていました。銃器や小型杖、モ魔を使っています」
俺も挨拶する
「「「よろしくー」」」
お、結構和やかじゃないか
内戦中の戦闘員だから、もっとすれてるかなって思っていた
「皆さんは忍者なんですよね? 忍術って使えるんですか?」
「…」「…」「…」
興味本位と話題提供の意味で聞いてみたら、あれ?
誰も答えてくれないぞ?
「…ラーズさん、忍術の最大の弱点は情報です。忍術を知ってても言葉にしませんし、ましてや初対面の人間に教えるなんてことはありませんよ。他人の忍術についても口にしないのがマナーです」
「あ、なるほど。すみません、軽率でした」
「ただ、全員がそれぞれ独自の忍術を使いますので、戦場や任務で見ることもあるでしょう。組に溶け込んで、お互いに戦力と認め合えれば自然と共有していくことになるでしょう」
「はい、よろしくお願いします」
さすがプロの忍者集団だ
軽く聞いていいことじゃなかったな
話していると、校舎の中からエルフの男性が出て来た
「あ、ジョゼ。さっき話した、マキ組の新人のラーズですよ」
マキ組長が男を呼ぶ
「…あぁ、よろしくな。俺はジョゼ、情報担当や交渉役をやっている」
「よろしくお願いします」
「それじゃあ、マキ組長。俺は買い出しに行ってきますよ」
「ええ、よろしくお願いします」
マキ組長が答えると、ジョゼは校庭に止めてあった車に乗って行ってしまった
「…では、ラーズさん。さっそく、親睦を深めてみませんか?」
マキ組長の雰囲気が変わる
…殺気を出し始めやがった
本気の殺気じゃない、挑発するような殺気だ
「…どういう意味ですか?」
「私たちの信用とは、戦力となるか、それだけです。それを知るためには、お互いの能力を試してみるのが手っ取り早い」
そう言って、マキ組長は腰に付けた倉デバイスから武器を取り出す
その武器は、二本の鎌だった
それぞれの鎌を、一メートルほどの紐でつないでいる二丁鎌だ
「…ラーズ。マキは強いし怖からな、気を付けろよ」
ヤマトが耳打ちしてくる
「ふぅ…」
俺は息を吐きながら、流星錘とナイフを取り出してヤマトに頷く
ちょうどいい
俺もマキ組長の雰囲気を見て気になっていた
この人はどれだけ強いのか
この人に俺の技は通じるのか
試してやろうじゃないか
「お願いします…。でも、その前に…」
「はい?」
試し合いの前に、俺が動きを止めたのを見てマキ組長が首を傾げる
「フォウル、リィ、竜牙兵、データ2。今日からお世話になるマキ組だ、挨拶しろ」
「ガウ」「ヒャン!」「…」「よろしく!」
口々に、挨拶をする俺の使役対象達(竜牙兵は無言でお辞儀)
誤射を防ぐために、やはり仲間たちには存在を覚えてもらう必要がある
「よ、四匹も使役対象がいるのかよ!」
コウが驚いた顔をしながら、クンクンしていたリィの頭を撫でる
「ちっちゃいドラゴン、かわいー!」
ヤエもフォウルを撫でる
それぞれ、思い思いに動き回り始めたので、俺はマキ組長に向き直った
「…お待たせしました」
「使役対象の複数同時使役…。戦場であなたの戦い方を見るのが楽しみになりました」
そう言って、改めてマキ組長が二丁鎌を構えた
マキ組長が両手に鎌を持って構える
俺は右手に流星錘、左手にナイフだ
ちなみに、この流星錘は普通の物で、流星錘アームではない
ハイテク武器を使うのはずるい気がしたからだ
静かに歩み寄る俺とマキ組長
余計な探り合いは無し、お互いにギリギリと思う距離まで最短距離で近づく
「…ふっ!」
「…っ!?」
俺が下手投げで錘を投げると同時に、マキ組長も鎌を投げて来た
だが、鎌の方が大きい分、小さい錘を投げたのは俺の方が早い
だが、マキ組長は軽く避けながら一気に走り出す
俺も鎌を避けながら飛び込む
お互いに武器を引き寄せながらの近距離戦闘
マキ組長の鎌の先での突き
躱す…
「うわっ!?」
と、同時に首筋を狙った切り裂き
バックステップで錘を投擲
躱しながらのマキ組長の蹴り
その時に気が付いた
マキ組長の靴は、踵が尖ったハイヒールのような形状になっていた
ザシュッ!
俺の頬を尖った踵がかする
直撃したら刺さるやつだ!
ナイフの刺突を腿に、同時に右手のロシアンフック
ドガッ!
よし、当たった!
だが、マキ組長のはその勢いで回転しながらの鎌の斬撃
横からの鎌を、ダッキングで潜る
「なっ…!?」
ザシュッ!
マキ組長は、もう一回転しながらしゃがみ込む
そして俺の脛を切り裂いた
崩れる俺
だが、そのままマキ組長の肩を持つ
渾身の頭突き
膝をついた状態での右アッパー
鎌を合わせられて、何とか避ける
「ん?」
よく見ると、避けた鎌の柄からつながった紐が伸びている
マキ組長の肩を経由して、その先にあるもう一本の鎌を踏みつけていた
まさか、この紐はゴムなのか?
ビュンッッ!
踏まれた鎌が、マキ組長の足から解放
ゴムが収縮し、肩を支点にして高速で飛んで来る
ドシュッ!
「ぐあっ!?」
そして、俺の肩にがっつり刺さる
予想外の動きに反応できなかった…!
その衝撃で動きが止まった瞬間に、もう一本の鎌が俺の首に添えられていた
「そこまで!」
ここで、ヤマトが止めに入った
「ヒャンヒャーーーン!」
「ガゥゥ!」
「待て待てーー!」
「…」
このギリギリの空気のすぐ先では、俺の使役対象達がのんきに鬼ごっこを始めていた
・・・・・・
カプセルワームを貼り付けて傷の治療
ヤエが回復魔法もかけてくれた
「あなた、凄いわねー。組長とやり合えるなんて、クレハナ全体で考えてもそうそういないわよ?」
ヤエが驚いたように言う
「マキ組長は凄い。…勝負にならなかったよ」
勝てなかった、それが分かる
マキ組長は、間違いなくデモトス先生やヘルマンと同じ人種だ
「…ラーズさん、あなたの実力は分かりました。さすが、通り過ぎる影と呼ばれたデモトス、そして、蘇りのヘルマンの弟子ですね」
「し、知っているんですか?」
「セフィリア様から聞いています。どちらも、クレハナの業界では有名ですよ」
マキ組長が話してくれたこと
デモトス先生は、通り過ぎる影と呼ばれた凄腕の忍者だった
イガの里出身の一匹狼だったらしいが、十年以上も前にクレハナから姿を消した
ヘルマンは、フウマの里のウツミ組に所属していた
だが、ウツミ組がマフィアとの抗争で壊滅、その後はソロで依頼を受けていたらしい
土の中に埋められても這い出てくることから、蘇りの二つ名で呼ばれていた
おそらく、ヘルマンの遁術である土遁土竜成りに由来するのだろう
使える遁術だったんだろうな
「クレハナでは戦場が多すぎて、傭兵も忍者も足りていません。マキ組はあなたを歓迎します」
「よ、よろしくお願いします」
…セフィ姉の根回しが合ったおかげで、俺はすんなりとマキ組の一員になることが出来た
ここが俺のクレハナでの出発点
ここで、俺はウルラ領のために戦っていく
ヘルマンの遁術 二章~34話 ヘルマン
デモトス先生 二章~27話 ナノマシンシステム