序章~1話 目覚め
用語説明w
変異体:遺伝子を改変した強化人間、またはその人体強化術。完成確率は百万人に一人
この施設:変異体因子が覚醒した被験体を集め、強制進化を行い完成変異体を作り出す研究施設。ラーズが強制収容されている
薄暗い蛍光灯が目に入る
薄暗い部屋の、薄暗天井に付いた照明
また目が覚めてしまった…
「…うぅ……ぅ…」
体を起こそうとした瞬間、凄まじい頭痛に襲われる
痛みが吐き気を誘発、視界が歪む
辛すぎて身悶えするが、一切改善しない
胃から何かが込み上げて来る
だがここで吐くと、この状況で汚れたベッドと触れ合い続けることになる
体を引きずりながら、何とかベッドの横にある洗面器を掴んだ
俺の名はラーズ
ラーズ・オーティルという
シグノイアという国の軍隊に所属していた兵士だ
だが、この国に大崩壊が起こって、何もかもが無くなってしまった
…そして、俺は気が付くとこの場所にいたのだ
「おうあぁぁ…」
ビチャビチャ…ビチャ…
口から吹き出す液体
胃液のすえた臭いと苦み
そして何かの薬品の味
毎日大量に飲まされ続けている薬の味だ
「うぅ…ま…た……」
そして、目の前の景色に重なる意味不明な文字、記号
突然鳴り始める無作為で耳障りな音
肌を虫が這い回るような感触
嘔吐を誘発する気持ちの悪い金属のような味
あるはずのない、曖昧な感覚が脳に届けられる
「うぅ…」
そして、臭いもだ
臭いだけは曖昧ではなく、いやにはっきりと感じる
血の臭い
鉄が焼けた臭い
肉が焦げた臭い
そして、少し傷んだ腐臭…、死の臭い
本当にそこにあるかのような臭いだ
「あぁ…ぅ…あぁぁぁぁ……」
…否応なく思い出される事実
仲間の死
大崩壊の直後に殺された仲間
国のために戦ってきた
敵国と
テロリストと
モンスターと戦った
頼もしい同僚
整備のみんな
小隊長
先生
戦友
みんな死んだ
いなくなった
「うあぁぁ…あぁぁ……」
哀しみに耐えられない
目から、口から、鼻から、液体が流れ出る
俺は…
・・・・・・
しばらくすると、俺の部屋に年配の白衣を着た女が入って来た
ここの研究者らしく、いつもの回診だ
「うぁ…」
まともに体が動かない
口さえも思い通りに動かない
しゃべれない
抗議もできない
質問もできない
注射、採血、点滴
胃に管を入れられる
無理やり液体を流し込まれる
肛門と尿道にはカテーテルを入れられている
体が動かずに垂れ流しだからだ
一通り作業が終わると、年配の女はニヤリと下品に笑う
そして、動けない俺の体をまさぐる
触診とは違う
この行為は、この女の欲求に基づく行為だ
最初は医療行為の一つだと思っていたが、どうやら違うらしい
いやらしくにやけるババァの表情が見えた時に分かった
気持ち悪い…
やめろ…
だが、声が出ない
力が入らない
吐き気
意識が朦朧とする
もう寝てしまいたい
だが、この女に何をされるか分からない
意識を保たなければ
「はぁ…はぁ…」
女は、息遣いを荒くしながら俺の体を撫でまわす
股間に手を伸ばしてくる
このクソババァ…
動けるようになったら殺してやる
ガチャッ
しばらく気持ちの悪い感覚に耐えていると、俺の部屋のドアが開いた
「…おい、終わったのか?」
「終わってるよ」
「またかよ…。好きだな、あんたも」
「ちっ、邪魔するんじゃないよ」
舌打ちをしながら女が立ち上がる
やっと解放された…
「どうなんだよ、そいつの進み具合は?」
「順調だよ。もうすぐ、ステージ1に上がれるさね」
「そうか、よかったぜ。死んじまったら、またチーフにどやされちまうからな」
なんだ…ステージ…?
「あんたの担当、三人連続で死んでるんだって? いたずらしすぎじゃないのかい」
「あんたと一緒にするな! だいたい、動けもしねぇ野郎をまさぐって何が楽しいんだよ?」
こいつらの話声がうるさい
一人にしてくれ…
「くっくっく…。動けない、苦しんでる、そして変異しかけている体。これがあたしの興奮のツボなんだよ」
「…本当に救いようのない変態だな。だが、あんたのお気に入りのそいつも、もうすぐステージ1に上がっちまうからお別れだろ。残念だったな」
「どうせこいつもすぐ死ぬんだ、その時に会えるさ。死にかけた時の最期の愛撫が一番興奮するんだよ」
「…」
年配女の恍惚の表情に、同僚の男は言葉を無くした
そして、そのまま年配の女と部屋を出て行った
…ようやく一人になれた
意識がゆっくりと沈んでいく
倦怠感、吐き気、頭痛、そして五感の暴走
そして、思い出される仲間の死
記憶が曖昧だ
仲間が殺され、俺は仇を討つために戦った
だが、変異体因子の暴走で意識を失ってしまった
俺は、いったいどうやって生き延びたんだ?
そして、ここはいったいどこなんだ?
浮かんで来る仲間たちの顔は、なぜかシルエットように真っ暗で輪郭が朧気だ
全員が口を動かして何かを言っているが、俺にまで声が届かない
…なぜ、お前だけ生きているんだ?
まるで、そう言っているように見える
「…うぅっ!」
激しい頭痛
脳が動いている
体が変異していく
失った
家族のような仲間
大切な俺の居場所
もう…戻れない…
俺は許さない
仲間を殺した奴らを
そして、何もできなかった俺自身を…
変異体・被験体カルテ
氏名 ラーズ・オーティル
人種 竜人
コード D03
タイプ ドラゴン
状態 未完成
サイキック 未発現
得意戦闘 不明