六章 ~4話 家族の食事
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
「エマ。タルヤのこと、よろしくね」
「ええ…。ラーズも気を付けて…、また戦争になんて心配…」
俺とエアが所属していたシグノイア防衛軍は、シグノイア・ハカル戦争の結果、仲間が皆殺しにされ、国が消し飛ぶ大惨事で幕を閉じた
「フィーナの国をそうさせたくない。俺に何ができるかは分からないけど、出来ることをやるよ」
「うん…、ロン君と待ってる…」
「そういえば、ロンの試合はどうなったの?」
宇宙から帰って来て、バタバタしていて忘れていた
「試合に勝って、タイトルマッチが決まったんだけど…。去年、新型ウイルスの大流行がウルで起きて試合が延期になっちゃったの…」
「そ、そうだったんだ」
「ロン君、ちょっと落ち込んでて…」
「負けたわけじゃないんだ、元気出せってメッセージ送っとくよ。クレハナから帰ったら、ガチでスパーやろうって言っておいてよ」
「ええ、分かった…」
俺はエマと別れて、病院を出る
思ったよりタルヤと話し込んでしまった
でも、思ったより元気そうでよかった
この後は、久しぶりに俺の両親、そしてフィーナと一緒に食事を取ることになっている
フィーナがクレハナの王家に復帰する
オーティル家として四人で食卓を囲む最後の晩餐会となるのだろう
ま、フィーナが戸籍を抜けたからといって、家族の絆が無くなるわけじゃない
騎士学園時代、フィーナは家族でもないのに毎年俺の実家に遊びに来て絆を作って来たんだ
関係ないさ
「ラーズ!」
レストランに入ると、もう両親とフィーナが来ていた
パニン父さんとディード母さん
二人ともあまり変わっていなかった
「父さん、母さん、久しぶり。心配かけてごめん、無事に帰ってこれたよ」
「…よく、帰って来たな」
「最後に会ったのって、もう五年くらい前よ…」
二人は、心配そうな、嬉しいような、何とも言えない表情をしていた
「ほら、料理が来るよ? そろそろ座ろう?」
フィーナの言葉で、俺達は席に着く
「とりあえず、ラーズが無事でよかったな…」
「そうだね」
父さんの言葉にフィーナが頷く
「本当よねー…」
母さんも同意
「うん…」
父さん、母さん、フィーナ、心配させてごめん
食事を食べながらの団らん
やはり、家族というものはいい
大崩壊やあの施設を経験したからこそ、本当にそう思う
「戻って来たと思ったら、異世界やら宇宙やらに行って二年間戻って来ないとか。あんたはいったい何をやってたの?」
母さんが言う
「いや、俺はついて行っただけで特には何も。結果的にセフィ姉が喜んでたからいいんだけど」
「セフィリアちゃんにはお世話になったんだから、ちゃんとお礼を言うのよ?」
「俺は子供か。ちゃんと言ってるよ、めちゃめちゃ感謝してるんだから」
「ラーズ。フィーナもお前が行方不明の間ずっと頑張ってたんだ。しっかりお礼を言って優しくしてやるんだぞ」
「分かってるよ。フィーナにも、感謝してもし切れない。本当にありがとう」
「う、うん…、素直に言われると、ちょっとこそばゆいよ」
俺が両親に会ったのは大崩壊前だ
あの時は、こんな状況になるなんて思いもしなかったな
「あー…」
団らんの仲、突然ため息をつく父親
「あなた、どうしたの?」
「ラーズがやぁぁっっっと帰って来たと思ったら、次はフィーナが家から出て行ってしまう…。あー…」
「あなた、女の子は遅かれ早かれ家を出て行ってしまうものよ。でも、男の子と違って、女の子は頻繁に帰って来てくれるから」
そう言って、俺をチラッと見る母親
あれ? 俺、このタイミングで怒られてる?
拉致されてたんだからしょうがなくね?
「うん、また帰って来るから。ごめんね、心配かけて」
フィーナが言う
「しかも、戦争に行くなんて…。絶対に無事に帰って来るのよ?」
「うん、お母さん…」
母さんがフィーナを抱きしめる
「…父さん、母さん。俺も、クレハナに行くことにしたから」
「へ?」「…!」
「クレハナのために戦う。兵士として行くんだ」
「…フィーナから聞いてたけど、本当なのね」
「うん。俺は兵士だから、それしかできないから」
「…」
そんな俺を、フィーナが静かに見つめる
フィーナとしては、俺がクレハナに来ることを納得していない
望んでいない
それでも、俺にはクレハナに行く理由がある
フィーナのため
セフィ姉のため
真実の眼の遺跡発掘
ヘルマンの息子、ウィリン
そして、それだけじゃない
純粋な目的の裏には、不純な動機がある
それは、俺にとって戦場が必要な場所だからだ
…俺にとって、戦いから離れることは恐怖を伴う
あの施設の出身者は、全員が血塗れだ
それは、タルヤが壊れてしまうほどに
血まみれの俺に、平穏など許されない
俺自身が許せるわけがない
忘れるな
忘却こそが恐怖だ
歩みを止めるな
「よし、決めたよ」
不意に、父さんが言う
「あなた…」
母さんの不安そうな顔
何の話?
「お父さん、何を決めたの?」
フィーナが尋ねる
「父さんもクレハナに行く!」
「は?」
「えぇっ!?」
俺とフィーナが同時に変な声を出す
「父さんはジャーナリストだ。クレハナの内戦の現状を伝える。国の勝ち負けとは違う、実際の難民の生活を世界に知らせる」
「お、お父さん…」
「王族であるフィーナにとっては、不都合なことになってしまうかもしれない。それでも、父さんはフィーナの優しさを知っている。フィーナが本当に救いたいものも知っている」
「…」
「父さんは、戦争が早く終わるために、そして、今後起きないために活動する。それが、フィーナのためでもあると思うから」
「あなた…」
母さんは、不安な、でもすでに諦めた顔をしている
既に父さんと話し合っていたみたいだ
「…戦場は危険だ。命の危険だってある。それに父さんが怪我したら、フィーナがどれだけ心配…」
「子ども扱いするな、子供のくせに」
父さんが俺を睨む
「父さんはな、後悔しているんだ。シグノイアとハカルの大崩壊、その前のシグノイア・ハカル戦争の時に何もしなかったことを」
「何もって、何もできないだろ?」
「ジャーナリストの仕事は戦うことじゃない。ペンは剣よりも強し。戦争の悲惨さ、現状を届けることは世論という最強の力を動かすことができる。…ラーズが行方不明になってから後悔しても遅かったけどな」
「…」
「フィーナは、王家に戻っても父さんと母さんの娘だ。親は子供を依怙贔屓できる権利がある。そのためには戦場にだって飛び込むし、自分が正しいと思うことをできるんだ。戦争を批判することは、フィーナにとっては害になることもある、それでも戦争を止めることがフィーナのためになると父さんは信じる」
「お父さん………!」
フィーナが泣き出して、父さんに抱き付いた
「…お父さんは、フィーナが王家に戻るって聞いてからずっと悩んでいたの。でも、ラーズが行方不明になった時と同じような後悔はしたくない。フィーナのためにできることをするって。本当は危険だからやめてほしかったんだけどね」
母さんがため息をつきながらも微笑む
…俺の両親は、俺が思っていたよりもはるかに立派だった
そして、俺が思っていたよりもはるかに俺やフィーナのことを思ってくれていた
親の心子知らずとはよく言ったものだ
確かに全然分かっていなかった
父さんに死んでほしくない
だけども、止めても無駄だとも思う
嬉しさと不安と…
俺は、相反する感情が制御できないほど膨れ上がることを感じていた
・・・・・・
楽しい家族での食事会が終わり、レストランを出ると…
「あ、セフィ姉から電話だよ」
フィーナが電話に出る
「え、今から? …うん、大丈夫だよ、…お父さんたちとご飯食べてたの、ラーズも一緒…」
フィーナが電話を終えるとこっちを向いた
「セフィ姉が、今すぐ会いたいって。騎士団のファブル地区南支局で待ってみたい、お父さんとお母さんも来てって」
「急だな、何かあったのか?」
「そうみたい」
俺達は、ちょうど通りかかった魔法のじゅうたんタクシーを拾う
渋滞が無く便利な移動手段だが、当然割高だ
支局に着くと、セフィ姉が待っていた
「セフィ姉、どうしたの?」
フィーナが言う
「ええ、クレハナのことで…、悪いわね、急に呼び出して。おじ様、おば様も申し訳ありません」
「大丈夫よ。気にしないで、セフィリアちゃん」
セフィ姉は生粋の貴族で、うちは普通の一般人なのだが、実は遠い親戚にあたるらしい
ひいじいちゃんの代で、貴族に嫁いだ女性がいるとかいないとか
そんなわけで、セフィ姉が小さいときからうちの両親は知っており、たまに家にも遊びに来ていたのだ
今では騎士団長心得であるセフィ姉が親戚ってのも改めて考えれば凄い話だ
俺にとっては、たまに遊んでくれる年上のかわいいお姉さんって感じだった
「ラーズもよく聞いて。クレハナで大規模な戦闘が起こった。ウルラ領の一部の領域にナウカ家の軍が侵攻したわ」
「何だって!?」
「間もなく全面戦争が起こる。時間がない、フィーナはすぐに王家に戻る必要がある。…ラーズも一緒にクレハナに行くということでいいのね?」
「…当たり前だよ」
俺は頷いた
ロン 五章 ~3話 ロンとのスパー