六章 ~3話 タルヤとの再会
用語説明w
宙の恵み:ラーズが収容された謎の変異体研究施設、通称「上」とダンジョンアタック用の地下施設、通称「下」がある。騎士団によって制圧済み
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
エスパータイプ:脳力に特化した変異体。サイキックと魔法能力が発達し、脳を巨大化させるため額から上の頭骨が常人より伸びる
タルヤ:エスパータイプの変異体。ノーマンの女性で、何かに依存することで精神の平衡を保っていた。サンダーエスパーの二つ名を持ち、雷属性魔法を使う。重症を負い冷凍保存された
ヘルマン:ドラゴンタイプの変異体。魚人のおっさんで元忍者、過去に神らしきものの教団に所属していた。変異体実験の副作用で死亡
セフィ姉は言った
「タルヤさんと、ヘルマンさんの息子が見つかったわ」
…あの地獄のような施設で、俺が生き残れた理由
最後まで、生きる意思を保てた理由
それが仲間、あの二人がいたからだ
ヘルマンのおかげで、俺は武の呼吸の域にたどり着けた
そのヘルマンの息子、名をウィリンという
「ウィリン・カミネロ、今年二十一歳、魚人の男性。現在は龍神皇国の大学に通いながらクレハナのウルラ領にあるドミオール院に仕送りをしているわ」
「じゃあ、龍神皇国に!?」
「ええ。ただ、定期的にクレハナに帰国していて、今も、ちょうどドミオール院に戻っていると報告を受けたわ」
「そうなんだ…」
「そして、これがヘルマンさんの荷物よ」
セフィ姉がドラムバッグを一つ、渡してくれた
「宇宙ステーション内で保管されていた、被検体個人の荷物の区画から見つけたわ」
「これは…」
俺は、その中から変わった形の刃物を見つける
手甲に刃がついたような剣、ジャマハダル
ヘルマンが使っていた武器だ
「…セフィ姉、ありがとう。これをウィリン君に渡すって、ヘルマンと約束したんだ」
「あなたがクレハナに行けば、ウィリン君とも会えると思う。もう、コンタクトは取ってあるから」
「うん…」
セフィ姉のおかげで、思ったよりも早くウィリンと会えることになりそうだ
…これでヘルマンへの借りを少しでも返せる
「それで、タルヤさんの方なんだけど…」
「会えるの?」
「大丈夫なんだけど、病院に入院していて少し問題があるの。詳しい説明はエマに聞きなさい」
「え…? う、うん、分かった」
タルヤの治療はエマが担当してくれていた
エマが病院で治療を続けているらしく、セフィ姉の歯切れの悪い言い方が気になったが、後で会えることになった
タルヤが入院している病院は、俺があの施設から戻った時に入院したファブル地区の病院だ
騎士団本部がある中央区から電車で移動する
フィーナは、少し一人になりたいと言って帰ってしまった
…クレハナのことは、俺もフィーナも少し一人で考えた方がいいな
エマとの待ち合わせまで少し時間があったので、俺は騎士団のファブル地区南支局に顔を出した
ミィに話がしたいと呼ばれていたからだ
「ラーズ、来たわね」
「ああ、ミィ。どうしたんだよ?」
「ラーズがクレハナに行っちゃう前に話しておきたかったの。…真実の眼の遺跡のこと」
「ああ、そうだったな。どうなったんだ?」
神らしきものの教団が発掘を狙う、真実の眼という謎の民族の遺跡
その正体は、流浪の民とも、秘密結社とも、学術集団とも言われるが、その正体は分かっていない
皇国内のファブル地区で発掘された真実の眼の遺跡
ここには壁画があり、その内容は地図であるという
そして、その地図は現在のクレハナを示していることが分かった…と、いうのが、俺が宇宙に行く前の出来事だ
「発掘の資金集めは順調、人材も揃ってきているわ」
「さすが、クレジットクィーンのミィだな。後は発掘に移るだけか」
「そんな簡単にはいかないわよ。発掘するのクレハナでは内戦真っ只中なのよ?」
「諦めるってわけじゃないんだろ? どうすればいいんだよ」
「まずは、ウルラ領の領主であるドースさんの許可。そして、現地の情報が欲しい。これはクレハナに行くラーズの仕事よ」
発掘には、当然に国の許可がいる
そして、発掘隊と遺跡の安全を確保するための情報、必要な予算、兵力、人数、設備などがある
これらを得なければ、海外での発掘など不可能だ
「…なるほどな、分かった。情報は俺が集める」
「頼むわ。クレハナにはヤマトもいるから頼ればいい。私もたまにクレハナに行くから、その時に情報共有しましょ」
「オッケー。だけど、わざわざクレハナに来るのかよ」
「行くわよ、フィーナも心配だし。ラーズはもっと心配だし」
「え、俺?」
「当たり前でしょ、闘氣も使えないんだし。アイオーンに参加したければ、ちゃんと生き残りなさいよね」
「え、ミィもアイオーンが何か知ってるのか?」
「知らなーい! じゃあ、またね!」
「あ、おい!」
そう言って、ミィは明らかに誤魔化しながら去って行った
何なんだ…
時間になったので、エマの待つ病院に向かった
「ラーズ…」
エマが出迎えてくれる
「エマ、タルヤには会えるの?」
「会えるけど、タルヤさんの状況は良くないの…」
「どういうこと?」
「タルヤさんは…」
エマが、状況を説明してくれた
重傷を負い、冷凍保存されたタルヤ
あの施設から無事に助け出されて、俺が宇宙に行っている二年の間に無事に解凍され、治療も受けられた
エマの適切な処置により、タルヤは身体的には完治して意識を取り戻したのだ
「さすが、エマの治療だね。問題なさそうじゃん」
「問題は身体的な問題じゃないの…」
しかし、タルヤを待っていたのは、あの施設での記憶
殺される恐怖、殺して来た悔恨、人に依存して生き延びて来た後ろめたさ
タルヤは龍神皇国で再処置を受ければ、完成変異体となれる状態だ
エスパータイプの変異体として完成できる可能性が高い
だが、身体が強靭な強化人間となっても精神がついて行かない
自分は死ぬべきだ、生きていていいのか、また襲われるかもしれない
ヘルマンとラーズにもらった、施設を出るという目標
この集中すべき目標を失った途端に、自分の生きている理由が無くなってしまったのだ
…結果、タルヤの心は壊れた
すでに何度か自殺未遂を衝動的に図っている
安定剤を処方して、何とか精神の均衡を保っている状態
とても、一人では外に出せない状態だ
「タルヤが…」
「だから…、ラーズに会うことで、悪い方向に行くことも考えられる…」
「悪い方向?」
「あの施設にいた時の記憶が鮮明に蘇ってしまう可能性が…」
「…」
タルヤ…
タルヤは優しかった
人や施設のせいにできず、自分を責めてしまう
目標に向かいながらも、優しさを持ち続けていた
だからこそ、あの大けがも負ったし、自分が犠牲になることも厭わなかった
「エマ、それでもタルヤに会いたいんだ」
「分かった…。でも、危険と判断したらすぐに外に出てね…」
「ああ、分かったよ」
エマが頷いた
俺はエマと共に、ある病室の前に来た
プレートにはタルヤと書いてある
ドキドキする
この部屋にタルヤがいるのか…
コンコン…
ガチャッ
エマがノックをして病室のドアを開ける
続いて俺も部屋に入る
緊張する
タルヤ…
やっと再会できる…
「…」
ベッドには、ノーマンの女性が座っていた
俺と同じ変異体、エスパータイプの女性
間違いなくタルヤだった
だが、タルヤは入って来た俺達に全く興味を持っていない
顔も向けずに無関心、気が付いていないかのようだった
…あの施設の印象と違う
生気のない、無気力な表情、濃い隈
だが、それだけじゃない
エスパータイプは、少しだけ額から上の頭骨が伸びている
脳の質量を増大させているからだ
だが、今のタルヤは見た目があまり常人とは変わらないように見える
髪を下ろしているにも関わらず、頭骨が伸びていないように見えるのだ
「再処置をした際に、整形手術で頭骨を短くしたの…。エスパータイプは見た目を気にする人もいるから、出来る限り一般人の頭骨に近づけた…」
エマが俺の疑問を察して教えてくれた
「そ、そんなことができるんだ」
確かに、今の見た目からは変異体とは分からないほどだ
整形技術って凄いんだな
…目の下の濃い隈の方がよっぽど印象に残る
タルヤが、ようやく俺を見た
「あ…、え…?」
ふと、視界に入ったようだ
そして、ようやく表情に変化があった
「タルヤ…」
「……………」
タルヤの動きが止まる
俺に視線を合わせたままで止まってしまう
「…タルヤ、俺だよ。分かる?」
「………まさ…か…」
タルヤがワナワナと震えだす
「うん、ラーズだよ。…また、会えたね」
「ラー…、ラーズ…! 信じられない…!」
タルヤの瞳から大粒の涙が零れ落ちる
抱き付いてくるタルヤ
そして、泣きじゃくる
その姿は、まるで子供のようだった
………
……
…
しばらくして、タルヤが落ち着いた
「本当に無事でよかった」
「ラーズが助けてくれたって聞いたわ」
俺達は再会を懐かしみ、あのダンジョンでのことを話し、施設の崩壊の話をした
「ラーズ、タルヤさんが疲れるからそろそろ…」
エマが、タルヤの体調を考えて、今回の面会は早めに切り上げることになった
タルヤは、俺と話している限りだと、あの施設の時とあまり変わらないように見えた
このまま、精神的にも安定するといいんだが…
あの生活は、殺し殺されが当たり前、異常な空間だ
トラウマを抱えるのは当然のことだ
「ラーズ、また会える?」
「直接会いに来るのは少し先になるかもしれない。俺、クレハナに行くんだよ」
「クレハナ?」
「龍神皇国の隣にある、内戦が起こっている国だ。…そこで、ヘルマンの息子さんが見つかったんだ」
「ヘルマンの!?」
俺は頷く
「俺は兵士としてクレハナに行く。そして、ヘルマンの息子に会って、ヘルマンとの約束を果たしてくるよ」
「…」
タルヤが口を閉ざす
「タルヤ、クレハナからでも電話するよ。タルヤが心配だから」
「…ラーズ……」
「エマが名医なのは俺が保証する。ゆっくりと過ごして、俺の電話を待っていてくれ。ヘルマンの息子、ウィリン君のことを教えてあげるから」
「うん…、待ってる…」
俺は、エマにタルヤのことを改めて頼んだのだった
参照情報
タルヤ 四章 ~19話 雇用契約
ウィリン 二章~34話 ヘルマン
真実の眼の壁画 五章 ~13話 壁画の正体