五章 ~15話 宇宙への旅立ち
用語説明w
ペア:太陽系第三惑星であり、惑星ウルと惑星ギアが作る二連星
ウル:ギアと二連星をつくっている惑星
ギア:ウルと二連星をつくっている相方の惑星
ストラデ=イバリ:ペアのある太陽系の第五惑星にある第二衛星に作られた宇宙拠点。核融合や宇宙技術など独自の科学文明が発達している
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
いよいよ宇宙へと旅立つ日だ
俺がペアに戻って来た時、ペアでは二年の月日が経っている
「ラーズ、気を付けてね」
「うん、行ってくる」
「…」「…」
フィーナと見つめ合う
次に会うのは二年後
フィーナと同い年、ミィは年上になっているのか
不思議な、複雑な気分だ
「フィーナに、俺の知らない二年間があるって嫌だな…」
「…ラーズがいない間に、私にいい出会いがあったらどうし…、うわわっ!?」
フィーナがいたずらっぽく言う
ちょっとイラッときて、フィーナの言葉を遮って抱き締めてやる
「…嘘だよ、ちゃんと待ってる。だから早く帰って来てね」
「うん…」
急に心配になってくる
フィーナは普通に可愛いと思う
性格も悪くないし、騎士としての実力もある
そして、クレハナの姫という立場まである
もてないわけがない
男が近づかないわけがない
めちゃくちゃ不安になってきた
「どうしたの?」
フィーナが、俺の顔を除き込む
「いや、二年間って長いなーって思ってさ」
「今更? ラーズにとっては一週間じゃない」
「…」
…俺なんかがフィーナを二年間も拘束していいのだろうか?
そもそも、考えてみたら俺とフィーナは釣り合っているんだろうか?
「ラーズ? ラーズ? おーい!」
考えてみたら、俺は国籍も立場も微妙な変異体の被験体だ
セフィ姉が保護してくれているとはいえ、そんな俺が、フィーナとなんて…
ネガティブになると、なぜか次から次に嫌な考えが涌き出て来る
「ラーズ!」
「うわっ!? 脅かすな!」
フィーナがめっちゃ顔を近付けていた
「ラーズが突然フリーズするからだよ」
俺達はシャワーを浴びて着替える
もうすぐ出発式の準備の時間だ
式典で皇帝陛下の話を頂いた後、俺は冷凍保存されて宇宙船に乗り込む
そして、軌道エレベーターで宇宙に出発し、次に目が覚めたらストラデ=イバリだ
「なぁ、フィーナ」
「え、何ー?」
俺は着替えているフィーナに声をかける
「もし、この二年間でフィーナにいい出会いがあったらさ…」
「え?」
「…俺に気を使わなくていいからさ」
本音は待っていて欲しい
でも…
「…どういう意味?」
「いや、だから、二年間も待たせるわけだし、その…」
「だから?」
「え? だから、フィーナが幸せになるなら俺は…」
ガシッ…
「ぐがっ!?」
フィーナが自然な動きで俺の額を手で掴む
「今まで散々待たせておいて? なんでそんなこと言うの?」
「ぐがっ!? フィ、フィーナ、ちょっとまっ…、があぁぁ!?」
小さい手がとんでもない力を発揮する
細い指が額にめり込む!
「私、ずっと探してたの。会いたかったの。ラーズに会うために頑張ったの。それなのに、気にしなくていいって何? 散々心配かけたの分かってる? なんで勝手に自己完結してるの? 何様なの? 調子に乗ってるの?」
フィーナの真紅の目が見開かれている
言葉と握力で次々と畳みかけてくる
Bランクの腕力に頭蓋骨が負ける!?
「フィーナさん、待って! 痛…ぎゃあぁっ!」
い、痛ぇぇぇぇ! 変異体の骨が歪む!?
このままじゃ死ぬ…!
「ま、待っていてください! 待っていて欲しいです! 格好つけましたぁぁ!」
「はぁ? 何で待っていてほしいの?」
「す、す、好きだからです! 好きなんです!!」
「ちゃんと帰って来れる?」
「があぁぁぁっ! か、帰って来る! 絶対に帰って来るから!!」
「…よし」
ドサッ…
フィーナがようやく手を放し、俺は床に倒れ伏せた
「………!」
頭が歪むかと思った…!
沸点低すぎだろ!?
「そういうのは嫌い。男らしくちゃんと言って欲しい」
「…フィーナさん、好きだから待っていてください。捨てないでください」
「………仕方ないね」
ようやくフィーナが笑顔になった
うむ、早くフィーナの所に帰ってこよう
…俺にとっては一週間だけど
・・・・・・
大仲介プロジェクトの後半戦
宇宙拠点ストラデ=イバリへの遠征だ
この太陽系は九つの惑星を持ち、ペアは第三惑星となる
太陽系にはハピタブルゾーンと呼ばれる領域がある
生物の生存には、適度な温度、液体の水などの条件があり、そのためには恒星からの適度な距離が必要となる
遠すぎれば極寒、近すぎれば灼熱、ちょうどいい距離とはなかなかに難しい条件なのだ
ハピタブルゾーンは生存可能領域とも呼ばれ、液体の水や酸素が存在し、適度な気温を保つことが可能な位置だ
太陽系の中では唯一ペアのみが存在している
逆を言えば、太陽系内にペア以外の生存可能領域は無いということだ
その常識を覆したのが宇宙拠点ストラデ=イバリだ
ストラデ=イバリは、太陽系の第五惑星の衛星に建造された
第五惑星はガス型惑星であり、コアの周囲を水素やヘリウムが取り巻く巨大惑星だ
ちなみに、ペアは岩石型惑星であり岩石や金属で組成されている
第五惑星は、超高密度の水素やヘリウムの大嵐が常に吹き荒れており、その大気にペアがすっぽりと治まってしまうほどに巨大だ
その直径は、ウルの約十倍に相当する
コアに近づけば近づくほど高温高圧となって行くため、生物がすめるような環境ではない
そこでストラデ=イバリは、ペアと同じ岩石型の衛星を拠点とした
第五惑星は八十を超える数の衛星を持っているが、そのほとんどは直径が十キロメートルにも及ばない小さなものだ
しかし、ペアの月と同じレベルの大きさを持つ衛星が四つだけある
その第二衛星にストラデ=イバリは作られている
龍神皇国
龍宮殿
また、出発式だ
今回のメンバーが整列する
龍神皇国の外交官 ヘリン
ヨズヘイムの魔導技官 フレイヤ
護衛官 ラーズ
ヘリンは魚人の女性だ
「ラーズさん、フレイヤさん、長旅ですけどよろしくお願いしますね」
「寝てる間に終わっちゃいますけどね。こちらこそよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますー」
フレイヤも頭を下げる
ヘリンはこのまま宇宙拠点ストラデ=イバリに残る
俺達は、帰りはストラデ=イバリの外交官と一緒に戻って来ることになる
海外で仕事するのも凄いと思うのに、別の星に常駐するって勇気いるよな…
異世界遠征と同じく、また式典が始まった
皇帝陛下に…、首相に…
外務大臣のお話を…
(以下略)
…何回、式典やるんだよ!?
「国の威信をかけると、必要になっちゃうのよね…。国民の常識とはかけ離れてるとは思うのだけど」
相変わらず気品を纏ったセフィ姉が言う
「疲れた…。やっぱり緊張するよ」
「後は出発するだけだからリラックスしておいてね」
式典を終え、俺達は出発のための準備をする
準備とは、冷凍保存の準備だ
冷凍保存はコールドスリープとも呼ばれる、人体の保存方法だ
冷属性魔法を使って人体の代謝を下げて仮死状態にし、更に氣属性、霊属性魔法を使って肉体と霊体を封印する
このコールドスリープ状態を解除しない限り、理論上は何年でも人体を解凍可能な状態で保存することが可能だ
冷凍保存技術を使うことで、宇宙船に生活スペースを作る必要がなくなる
食料、医薬品、酸素、排せつ等、生命維持に必要な物品や施設は膨大だ
その全てを省略することで、宇宙船の大幅な小型化、コストカットが可能となるのだ
人間の精神は弱い
娯楽も何もない部屋に二年間も閉じ込められたら発狂する
それならば、寝ている間に宇宙の移動が終わった方が間違いなく有益だろう
俺達は、見ようによっては棺桶に見えなくもないカプセルにそれぞれ横になる
これが冷凍保存カプセル
低温を維持し、身体の状態を常に監視する優れモノだ
冷凍保存後に、このカプセルごと宇宙船に運び込まれるのだ
「それじゃあ、ラーズ。いい旅を」
「うん、行ってくるよ。フィーナやミィ、みんなによろしく」
「ええ、分かってる。…一年後、ラーズからの通信を楽しみにしているわ」
次に俺が目を覚ましたら、ペアでは一年が経っているのか…
不思議な感じだ
「…行ってきます」
「…おやすみなさい」
俺とセフィ姉は、それぞれ違う挨拶を交わす
セフィ姉が優しくカプセルの蓋を閉じると、カプセルの機能が動き出した
………
……
…
「フィーナ、ラーズに言わなくて良かったの?」
「うん…。大仲介プロジェクトに集中してほしかったから」
「ラーズが帰って来るまで、まだ二年間もあるのよ? 焦らないで、ゆっくり考えましょう」
「…そうだね。私、頑張る。まずは強くなるよ。ヒルデにだって勝てるように」
「フィーナ…」
「私、悔しかったの。ラーズのことなのに、力負けした。まずは仙人になる。それと忍術も。二年の間にできることをやる!」
「…私も協力するわ。一緒に頑張りましょう」
金髪と黒髪の二人の美女は、軌道エレベーターから打ち上げられた宇宙船を見上げていた
宇宙編開始です!




