一章~12話 選別四回目
用語説明w
変異体:遺伝子工学をメインとした人体強化術。極地戦、飢餓、疲労、病気、怪我に耐える強化兵を作り出すが、完成率が著しく低い。三種類のタイプがある
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
守衛のパワードアーマーに、無理やり選別室へと追いやられた
ひんやりとした冷たい土
こうこうと照らす明るい照明
また、この選別か…
ズキズキと頭痛がする
しばらく体調がよかったため、余計に痛く感じる
また体調が悪くなるとは、変異体の強制進化は終わってないということか
そして、こんな状況でも選別という名の殺し合いをさせられる
モルモットだけあるな、くそったれ
…俺の前には、魔導師の男が立っている
今回の相手はこいつか
この魔導師はズボンしか履いていない
ガリガリに痩せてあばら骨が浮いた上半身を見せている
なぜ魔導師と分かったのか
それは、魔導師用の杖を持っているからだ
魔導師用の杖
魔法とは、魔力に法則性を与えて起こす物理現象のことだ
魔力とは、精神の力である精力と霊体の力である霊力の合力のこと
人間が魔法を発動すると、様々な理由で威力が減衰し、更に発動まで時間がかかる
しかし杖を使うことで、威力の減衰と発動までの時間軽減が可能となる
つまり、魔法の威力アップと発動時間短縮が可能になるのだ
杖には二種類あり、魔導師用の一メートル以上ある長い杖と、魔石の魔法を発動するだけの小型杖がある
小型杖は携帯に便利な反面、魔法強化などの術者を補助する機能はついていない
魔導師の男が、一メートルほどの杖を両手で構えた
何かの魔法を発動するつもりか
何の攻撃魔法だ?
投射魔法? 範囲魔法?
土属性か? 雷属性か? 聖属性か?
俺が警戒して一歩下がると、魔導師の魔法が発動した
ホワァッ…
「…っ!?」
魔導師の体が仄かに光るが、特に何も飛んでこない
何だ、何の魔法なんだ!?
何も起こらない魔法に警戒していると、魔導師が杖で殴りかかってきた
杖での直接攻撃は、一見すると威力が低いという誤解を与える
だが、魔導師用の長さがある杖で強度が充分にある場合、先端に重心があるハンマーやメイスと同等の武器となるのだ
ブォン!
「うわっ!」
振り回した杖を躱すが、凄まじい風圧を受ける
スイングのスピードも尋常じゃない
「…身体強化魔法か!?」
「ほぉ、よく知ってるな」
魔導師が肯定する
魔法は、大きく三つに分けられる
攻撃、補助、回復魔法だ
攻撃魔法は、何らかの物理現象を起こして対象に直接作用させる効果
補助魔法は、対象の性質に変化を与える効果で、固くしたり柔らかくしたり、筋力を強化したり姿を隠したりするなど多岐にわたる
銃弾を数発止めてくれる防御魔法、魔法ダメージを軽減する耐魔力魔法は、戦場の軍人にとっては本当に心強い存在だ
そして回復魔法は、人体の損傷を治療する魔法だ
今回の身体強化魔法は補助魔法に該当し、対象の人体の筋力を一時的に増強する効果を持つ
俺も軍にいた頃にかけてもらったことがあるが、かなり筋力が増し、一時的にここの守衛が使うパワードアーマーのような力を得られる魔法だ
ドゴォッ!
「…がはっ……!!」
振り回される杖が土煙を巻き上げる
「はぁ…はぁ…!」
…怖い
あっとういう間に息が上がる
俺の心の中でいつもの何かが起き上がっている
攻撃を見るたびに、無言の叫びを上げながら恐怖を巻き散らす
くそっ、前回の犬の時には暴れなかったのに!
心を鷲掴みにされ、体が硬直する…
まるで、戦うなと言われているようだ!!
おかげで、強化された腕力による杖の振り回しをまともに受けることになった
咄嗟に右腕を曲げて杖を受けるが、前腕と二の腕が同時にひしゃげる
ゴシャッ…!
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
衝撃で、前腕の肉を骨が突き破る
体が浮き、そのまま吹っ飛ばされてゴロゴロと地面を転がった
「ぐ…」
衝撃と痛みで気を失いそうになる
だが、追撃が来る
なんとか体を起こして、すぐに立ち上がった
頭痛がする…
俺の体の中で、心の中で、何かが俺を支配する
影のような何かは、必死に叫んで俺を戦わせないようにしているのだ
…その手段が、この圧倒的な恐怖
怖すぎて、恐ろしすぎて、体が震えて耐えられない
パニックになりかけ、体も思うように動かない
戦うという選択肢が削り取られてしまう
魔導士が、また杖を振り上げて殴りかかって来る
「ひっ…!」
ドゴォッ!
杖が地面に叩きつけられ、また土埃が舞う
どうする?
どう逃げる?
いや、待て
もう四回目の殺し合いだ
分かったことは、絶対に逃げられないこと
あいつを倒すしか、ここから出られないってことだ
怖い…
だが、いいかげんに慣れろ!
戦えないと、また失う
ブォンッ!
盛大に、杖が空を切る
だがこいつは、補助魔法の力で振り回しているだけ
戦い方は素人だ
冷静に見ろ!
しっかり見れば当たらない!
俺は自分に言い聞かせながら、暴れ続けている恐怖心に抵抗する
杖で殴りかかって来る魔導士の動きをしっかり見る
大丈夫だ、絶対に当たらない!
恐怖をもう一度押し退ける
ドォン!
地面に叩きつけられる杖
横に避ける俺
折れてない左手で、フックをこめかみに叩き込む
「うがっ!?」
反撃を予想していなかったのか、魔導士が尻餅をつく
チャンスだ
技さえ出せれば、体に染みついた動きが勝手に出せる!
俺は、思いっきり魔導士の頭を踏みつける
もう一回
もう一回
しかし、倒すには至らずに魔導士が杖を振り回した
強化された腕力で、寝転がった状態でもそれなりの強さで杖が腰に当たる
「ぐっ…」
痛みでフラフラと後ずさる俺
魔導士が立ち上がる
ようやく補助魔法が切れたのか、荒く肩で息をし始めた
…それだけじゃない
涎を垂らして、目の焦点も合っていないように見える
薬物中毒か?
何かの禁断症状か?
死刑囚、壊れかけの哀れなサイボーグ、犬…
選別の相手って、まともな人間がいないのかよ!?
別にまともな人間と戦いたいわけじゃないけども!
だが、これは俺には有利な情報だ
魔導士が補助魔法を使って、また身体能力を強化した
そして、ワンパターンで殴りかかって来る
スタミナまで回復したのか元気に動いている
補助魔法、ずるいな…
避ける
殴る
杖で殴られる
杖で殴られる
耐える
避ける
避ける
杖で殴られる
殴る
必死に戦う
泥臭く、がむしゃらに
心の中で何かが叫ぶ恐怖と戦いながら、必死に殴る
死にたくない、負けたくない
…もう失いたくない
がむしゃらに戦っていると、少しだけ恐怖が引っ込んできた
さっきまであった頭痛も引いてくる
…代わりに、焦りのようなものを感じる
また失うという、焦燥感
戦場で学んだ、当たり前のこと
負けたら失う
その全てをだ
失ったことが無ければ分からない、失うことの恐怖、絶望、後悔
杖を避け、相変わらず俺を拘束する恐怖を抑え込むため、俺は一瞬目を閉じた
そして、頭から思いっきり魔導士にぶつかっていく
ゴッ!
「ぎゃっ!?」
魔導士の顎に頭突きが決まり、また魔導士が尻餅をつく
俺は魔導士の顔を蹴り上げ、落とした杖を拾う
そして、両手で杖を振り上げた
…ん?
さっき右腕を骨折したよな…?
いや、どうでもいい!
これで決める!
殺されるという恐怖が、俺の中で叫んでいる何かを押し退ける
同時に、体が勝手に動き出す
魔導士に対する殺意で頭が塗りつぶされていく
邪魔をするな…
殺されてたまるか…!
ドガァッ!
ゴッ
バキッ!
ゴシャッ!
何度も杖を打ち付ける
死にたくない
負けるのは嫌だ
生き残るのは俺だ!
「…終わりだ!」
選別場のスピーカーが叫ぶ
「…っ!!」
はっと我に返る
俺の目の前には、ぐしゃぐしゃに潰された魔導士が転がっていた
ま、まただ…!
殺されかけた時、大きな殺意に塗りつぶされるような感覚
殺意に引っ張られるような…
高揚感を伴うような…
この感覚…
俺は、いったいどうしてしまったんだ…!?
別室
選別場のモニターを見ながら白衣の研究者が話している
「D03の右腕、開放骨折を自力で治癒させました?」
「治癒力が格段に上がった、強制進化は順調だな。背中の触手もかなり動いていたじゃないか」
「ドラゴンタイプでは、こいつが一抜け出来そうですね」
「D型は最近リタイアが多かったからな。完成してくれないと困る」
「昏睡していたD13は、結局ダメだったみたいですね」
「ああ、肉にして出荷した。…またチーフに怒られたよ。素材の出来は俺達のせいじゃないってのに」