五章 ~1話 セフィ姉の真意
用語説明w
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
俺はエマに見送られて退院した
ミィとフィーナが喫茶店で待っているというので向かう
大仲介プロジェクトとやらに抜擢され、プレッシャーはあるがセフィ姉の役に立てるという嬉しさ、セフィ姉が選んでくれたという誇らしさもある
「ラーズ、こっちー!」
「おー」
フィーナが手を挙げてくれ、席はすぐに分かった
ファブル地区は森と草原が広がる自然豊かな地区で、町も中心部から少し外れると草原が広がり始める
その草原を利用したオープンカフェは、ファブル地区南部の名物にもなっている
ここのカフェはパラソルを刺した丸机が草原に並んでいて、そのうちの一つにミィとフィーナがいた
「きれいに治ったわねー、さすがエマ」
ミィが俺の顔を見つめる
俺が負った火属性の熱傷はきれいに治った
医療カプセルとエマの回復魔法のおかげだ
熱傷を負った直後にフィーナとエマが回復魔法をかけてくれたのも大きい
「もう少ししたらセフィ姉も来るって」
フィーナが、珍しくカフェオレを飲みながら言う
俺もフィーナも基本は紅茶派だが、カフェオレも普通にうまい
「真実の目については何か分かったのか?」
「全然よ。発掘調査のバビロン教授や研究室の人達の取り調べがやっと終わって、これから再発掘の計画を立てるところだもの」
「再発掘…、崩落しちゃったからか」
「そうよ。でも、地主のマイケルさんは全面協力してくれるみたいだからじっくりやるわ」
神らしきものの教団が狙った遺跡、か
真実の目と言われる、三角形の中に目が描かれたマークがある
このマークを彫り込んだ遺跡が世界各地にあり、この遺跡を作った者達の正体は謎に包まれている
四千年前の謎の集団、ペア形成時のロマン溢れる時代の遺跡
興奮する、もしかしたら世界で最初の発見者になってしまう可能性も…!
「楽しそうだね?」
フィーナが言う
「歴史のロマンだろ。大仲介プロジェクトが終わったら、真実の目について勉強しようかな」
「私は金策に走るわ。発掘はお金がかかるから」
うむ、経済力のミィは頼もしい
ロマンだけでは飯は食えないし、ロマンを追いかけることも出来ない
ロマンは目的地、車が自分や仲間、金がガソリンだ
ザワッ…!
突然、周囲の客からどよめきが起きた
「…何だ?」
「あ、あれはブルトニア家のボンボンだよ」
フィーナが声を潜める
「ブルトニア家?」
確か、セフィ姉をナンパしたモヒカン野郎共の雇い主の貴族だったな
「あいつら、評判が悪いのよ。態度も悪いし」
ミィも顔をしかめる
「おい! 早く注文取れ!」
声を荒げる男
貴族にもああいうのがいるんだな
セフィ姉やピンクは穏やかだから、ああいう常識ない貴族は初めて見た
男達が大声で騒いでいる
「くそっ、何で大仲介プロジェクトに貴族でもないゴミ虫が選ばれるんだ!」
「本当ですよね」
「しかも、変異体だと!? 使い捨ての生物兵器ごときが、なぜセフィリア様に!」
「大仲介プロジェクトは派閥や利権を越えて完遂する必要があるとか…」
「黙れ! このプロジェクトに関与できたら、どれだけ名が売れると思ってるんだ! くそっ、所詮は一般兵のくせに…!」
男は歯噛みしながら、今度は店員に当たり散らし始めた
「…俺、めっちゃ恨まれてる!?」
小声で言う
「関係ないよ。大仲介プロジェクトはセフィ姉の主導、リスクを負いながらずっと積み上げてきた成果なんだから。誰を選んだって文句なんか言わせない、蜜だけ吸おうとするあいつらがクズなのよ」
ミィが小声で吐き捨てる
「そろそろセフィ姉が来るから店変えようよ」
フィーナの言葉に、俺達は頷いて席を立った
・・・・・・
別のオープンカフェ
俺はチャイティーを頼む
甘ったるく、スパイス少な目が俺のお気に入りだ
「だから店を変えたのね」
セフィ姉も紅茶を飲んでいる
「周りに当たり散らして凄かったよ」
「今回の大仲介プロジェクトは、貴族の介入を最小限にしている。だから、部外者で私と個人的な繋がりしかないラーズがいいのよ」
「いや、うん…。でも、さすがに俺以外にも適任が…」
「ラーズじゃなきゃダメなの。それを今から話すわ、聞いてくれる?」
「うん…」
この状況で、セフィ姉の話を聞かないという選択はなくね?
はっ、まさかこれが貴族の交渉術!?
セフィ姉が頷いて、俺を選んだ理由を話し始めた
「…ラーズ。私はとても優秀で、実力もあると自負しているの」
「え!? う、うん…」
セフィ姉が自慢話って珍しいな
「でも、それは私が血筋が良く、小さいころから英才教育を受けて来た、いわゆるエリートだから」
「うん…」
セフィ姉の血のにじむ努力あってこそのエリートだけどな
セフィ姉を基準にしたら、エリートと名乗れるのは世界に数人しかいなくなると思う
「そんな私に、私がやりたいことに、一番必要なものって何か分かる?」
「え、いや…」
何だ?
金も権力も美貌も人間性も持っている
他に必要なものなんかない気がする
ミィもフィーナも首を捻っている
「…それはパートナーよ」
「パートナー?」
「エリートには持ち得ない視点、技、考えを持つ者。そして、更に信頼し合える相手」
「…」
「ラーズは諦めなかった。夢を実現するために考え続けた。あなただけは、才能を理由に私から離れて行かなかったわ…」
セフィ姉は続けた
才能がないからとチャクラ封印練を決断し、足掻いてもがきながらも力を付けた
騎士の資格を失ってまでも、私と一緒に働くことを目指してくれたこと
一般兵という危険な仕事をしながら、モンスターや敵兵と戦って来た
騎士学園では手に入らなかった力を、あなたは銃弾と魔法が飛び交う戦場で手に入れた
…その力は、騎士とは違うもの
丁寧に手間をかけて育てられた果実とは違う、雑草のような生命力
負けても、泣いても、それでも諦めきれずにあがき続ける力
あなたは、もう折れない
そういう強さを手に入れた
「そんな…」
「ラーズ、あなたは特異点よ。極限の戦闘と環境を生き残り、エリートとは相反する力と生命力を手に入れた。私達騎士には持ち得ない力を持つ者、それがラーズだった」
「セフィ姉…」
「ラーズが私のパートナーとなり得る力を持ったことが嬉しかった。私は、大仲介プロジェクトであなたの存在を龍神皇国の幹部に見せつけたい。そして、いつか私のパートナーになってもらう。…それが私が望み。黙っていてごめんなさい」
セフィ姉が頭を下げる
「え、やめてよセフィ姉!」
「…ラーズ、パートナーの件は私のただの希望よ。これから先、ゆっくり考えてくれればいいわ」
「う、うん」
「そして、大仲介プロジェクトの報酬の話をしておくわね」
「報酬? タルヤとヘルマンの息子の関係のことだけで充分だよ」
「国家プロジェクトの報酬がそれじゃ割に合わない。私が用意するのは、これよ」
セフィ姉が額に龍族の強化紋章を発現させる
「…え!?」
「セフィ姉?」
「まさか、その紋章を!?」
俺だけでなく、フィーナとミィも驚く
龍族の強化紋章は、セフィ姉のドルグネル家に伝わる紋章
全ての技を強化する秘宝だ
そ、そんなもの貰えないよ!?
俺、Cランクだし!
「龍族の強化紋章とは違うわ。この紋章には対となる紋章が有るの」
「対となる紋章?」
「そう。…竜族の呪印よ」
「…呪印って、めっちゃ危険な感じがしない?」
「実際に危険な紋章なんだけど…、強力な紋章には違いないわ。ただ、トリガーを使うラーズなら使いこなせる可能性があるわ」
「そ、そうなの…?」
紋章には二種類がある
プラスの効果を持つ、強化紋章と呼ばれる紋章
硬化能力がある、サイモン分隊長から受け継いだ蒼い強化紋章や、セフィ姉が持つ、何でも強化してしまいそうなチート級龍族の強化紋章などだ
そして、もう一つがマイナス効果を与える紋章で、呪印などと呼ばれる
呪印を与えた者の動きを阻害したり、徐々に蝕んだりと、与えることによって対象を攻撃するものだ
…呪印は、普通に考えれば持つことにメリットはない
だがセフィ姉が言うんだから何か理由があるんだろう…、と信じる
まさか、用済みになった俺を暗殺…!?
いや、セフィ姉が剣を振ったら俺なんか一瞬で細切れだ
そんな手間のかかるやり方をする必要がないか
「それじゃあ、大仲介プロジェクトに向けて体調を整えておいてね」
セフィ姉は仕事があるらしく、先に帰って行った
…いろいろ聞かされて、頭が一杯だ
「…ラーズ、嬉しそうだね」
フィーナが言う
「いや、そりゃ…、セフィ姉みたいな完璧超人にあんなこと言われたら、なぁ…?」
「にやけちゃって…、知らないよ。でも、夢が叶ってよかったんじゃない? セフィ姉の隣で戦える男になるのが夢だったんでしょ?」
「…まぁ、そうなんだけど。でも、よく考えたら何で俺なんかが? 闘氣も使えない、ただの一般兵なのに」
急に不安になってくる
「ラーズさ、まずセフィ姉を信頼した方がいいよ」
ミィがスコーンをかじりながら言う
それ、俺が頼んだやつだろ!
「え?」
「セフィ姉があそこまで言ったのに、それを信じないなんて失礼だよ。それに、自分に対する過度の過小評価は仕事にとってもマイナス。闘氣以外の光るものがあるってセフィ姉は言ってるんでしょ」
「はい…」
「仕事はしっかり対価を貰う、そして対価分働く! セフィ姉のために、まずは大仲介プロジェクトを成功させるわよ!」
「そうだな、やってやるか!」
愛する恋人と気の合う友人、憧れのお姉さま
俺は、久しぶりに前向きになれたのを感じた
五章開始です!