閑話13 大仲介プロジェクト
用語説明w
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
クレハナ:クレハナ:龍神皇国の北に位置する小国。フィーナの故郷で、後継者争いの内戦が激化している
ヨズヘイム:ペアと次元を重ねる異世界イグドラシルにある王国。三つの国を巻き込む戦争ラグナロクの真っ只中
ストラデ=イバリ:ペアのある太陽系の第五惑星にある第二衛星に作られた宇宙拠点。核融合や宇宙技術など独自の科学文明が発達している
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
竜神皇国 中央区
龍宮殿
セフィリアは、龍神皇国の政治を担う面々に謁見していた
皇帝陛下と元老院
首相、そして内閣
龍神皇国の政権運営は、貴族に与えられた領地や独立自治行政区などの例外を除けば、元老院と内閣によって意思決定されている
すなわち、セフィリアは龍神皇国の意思と相対しているということだ
セフィリアは片膝をついて首を垂れている
「…面を挙げよ。龍神皇国の未来についての意思決定を行うのだ、儀礼は必要ない」
「はい、それでは…」
セフィリアは立ち上がり、美しい金髪を煌めかせた
「…それでは私から、改めて」
首相は、コホンと咳ばらいをする
「外務大臣、報告を」
「はい」
外務大臣と呼ばれた初老の男性が立ち上がる
「イグドラシルのヨズヘイムと、正式に条約を締結しました。大仲介プロジェクトの成功を条件として、我が国との国交の確約を取り付けました」
「うむ」
首相が頷く
異世界イグドラシルとは、ペアと次元的に重なっている異世界
イグドラシルの文明はペアよりも魔導法学技術が進んでおり、国交を確保することが出来れば優れた技術が入って来ることが期待される
ヨズヘイムとはイグドラシルにある国家である
現在はイグドラシルの三つの国での戦争、ラグナロクの真っ最中だ
「では、次に元老院のカエサリル様。ストラデ=イバリとの条約についてお願いいたします」
「はい」
答えたのは、キリエ・カエサリル
貴族の序列一位、カイザードラゴンの血を引くカエサリル家の当主
燃えるような赤髪の竜人女性だ
「ストラデ=イバリとは正式に条約の調印を行いました。一年後を目途に、宇宙戦艦三隻を完成させて譲渡するとのことです」
「一年間で用意できるのですかな?」
首相が尋ねる
「もちろんですわ。なにせ、条件が龍神皇国からの支援とヨズヘイムの魔導法学技術ですから、死に物狂いで間に合わせるでしょう」
キリエは、相手が首相でも全く物怖じしていない
貴族の序列一位は伊達ではない
龍神皇国は、現在数隻の宇宙戦艦を保有している
当然、ストラデ=イバリから買い受けた物であり、最高級戦艦にオーバーラップ技術を使って一人の戦闘員に接続している
Sランク戦闘員、ディスティニー
宇宙戦艦の力を操る超高火力戦闘員だ
キリエは、この宇宙戦艦ディスティニーの買い受けの際にストラデ=イバリとの交渉を行った、宇宙拠点とのコネのある貴重な人物だ
「…ヨズヘイム、ストラデ=イバリの双方が調印し、大仲介プロジェクトは成立するに至ったということですな。それでは、セフィリア殿」
「はい」
セフィリアが報告を始める
「まず、再確認です。今回手に入る宇宙戦艦は三隻、
我が皇国に一隻そして、ヨズヘイムに一隻、クレハナに一隻、それぞれ所有させることになります」
「うむ」
「そして、ヨズヘイムからは空間魔法術式の魔導法学技術者を招き、我が皇国とストラデ=イバリにて術式構築を行います。それが大仲介プロジェクトであり、我が皇国の利益となります」
全員が頷く
「そして、大仲介プロジェクトにおいてクレハナに宇宙戦艦を提供する意義。それが、クレハナの内戦を止めるための手段です」
「…簡単ではないぞ?」
首相が険しい顔をする
「はい。しかし、フィーナ姫の合意は得ており、ある程度の介入の権利をウルラ領のドースとも契約することが出来ました」
「ほう…、ドースが応じたか」
「やはり、不利な状況ですから」
クレハナの内戦は、ウルラ家、ナウカ家、コクル家の三つ巴の王位継承権の争奪戦だ
しかし、ナウカ家とコクル家が連合を組んだことで、ウルラ家との全面戦争となることが予想されている
「大仲介プロジェクトのついでにクレハナへ利益を渡し、内政に干渉か。大したものだな」
首相が言う
「これは、フィーナ姫の助けがあってこそです。内政干渉とはなりますが、クレハナの内戦状態は看過できない状況にあります。大仲介プロジェクトの終了後、我が竜神皇国はクレハナの内戦終結のために動き出します」
ザワッ…
元老院と内閣の面々に動揺が走る
セフィリアが明言したクレハナへの干渉
これは、龍神皇国にとって大きな問題だからだ
龍神皇国は、元は龍神皇帝国という大国であった
そして、クレハナと他五つの国が独立したことで現在の龍神皇国となった
貴族たちは、未だに龍神皇帝国こそがあるべき姿であると考える風潮があり、これはある種の思想とも信仰ともなっている
そのため、クレハナやその他の独立した国を再度組み入れて、皇帝国を復活させることを悲願としているのだ
貴族たちにとっては、クレハナの内戦を終結して龍神皇国への組み入れるまでが目的であり、組み入れができないならば、下手に内戦に干渉する必要はないとまで考えている
…他国への干渉はリスクを伴うので、あながち間違っているわけでもない
「それで、セフィリアさん。大仲介プロジェクトの人選は決まったのかしら?」
キリエが微笑みながら口を挟む
今回の議題は、あくまで大仲介プロジェクト
クレハナの件はその先の話だ
キリエは、話の軌道を戻したのだ
「おお、そうだったな。セフィリア殿?」
首相が、冷静さを取り戻して言う
「はい。元シグノイアの軍属にして、大崩壊の実行犯検挙の手柄を立てた者。そして、変異体研究施設、宙の恵みの被検体にして貴重な完全変異体。道化竜…、いえ、トリッガードラゴンのラーズを推薦いたします」
「被検体だと?」
「道化竜って、ただの一般兵だろ?」
「貴族でもないのか」
内閣と元老院から、不信感をにじませた言葉が飛び出してくる
「ラーズは私の弟分。一般人ではありますが、遠い親戚でもあります。何より、私自身が信頼できること、Bランクでないことが使者としての適性であること、そして、ラーズ自身がC+ランクであり、生存能力が高いことが理由です」
Bランク以上の戦闘員は兵器扱い
対して一般兵の最高峰であるCランクは、あくまでも人扱いだ
敵意を否定する使者としてはCランクの方が向いている
更に、C+ランクとは数えるほどしかいない、選ばれし達人のランクだ
ラーズはシグノイア防衛軍時代、闘氣無しでBランクを倒してきた実績を評価されてC+ランクとなった
龍神皇国でも、完成変異体であり大崩壊の生き残りということでC+ランクと認定されている
セフィリアが有無を言わせない、そんな目で元老院と内閣の方々を見つめる
「その人選で万が一大仲介プロジェクトが失敗した場合、その責任は…」
「もちろん、私の全責任となりますわ」
セフィリアは、首相が言い終わらない内に言葉を引き継いだ
「おぉ…」「…」「それは…」
責任を引き受け、言い切ったセフィリアに対して、これ以上の文句は出ない
「…大仲介プロジェクトとクレハナ。二つのプロジェクトを手掛けるセフィリア殿に私から具申することはこれ以上ありません。皆さま、何かありますか?」
「………」
「…では、皇帝陛下」
「うむ。セフィリアよ、大仲介プロジェクトは龍神皇国の今後を左右する。頼んだぞ」
「はい、必ず成功させてみせます」
・・・・・・
中央区にある、貴族御用達の高級レストラン
そこの個室にキリエとセフィリアが来ていた
「お疲れ様。ばっちりだったわね」
「キリエさんの根回しのおかげです。ありがとうございました」
「頑張ったのはセフィリアさんよ? これからが大変なんだけどね」
「ええ、成功させて見せますわ。頑張るのはラーズですけど」
「ふふっ、裏方の私たちの仕事は終わりだものね」
キリエとセフィリアは笑い合う
貴族同志とはいえ、この個室ではただの仲のいい二人に戻る
「ピンクは頑張ってますよ」
「そう? あの娘、自信ないところあるからね…」
「そこは経験でカバーできると。采配や法律にも興味を持っているみたいなので、戦闘員以外の道もありかなって」
「火力特化の割に、結構インドア派なのよね。BランクなのにMEBの試験を受けようとしてるんだから」
「あら、それならラーズのMEB使ってみればどうですか?」
「ラーズ君の?」
「何でも、大崩壊の貢献報酬を全額使ってオーバーラップタイプのMEBを買ったみたいなんです」
「へー、一般人が高い買い物をしたわねー」
「どうせ二年間は使えませんからね。言っておきますわ」
「ありがとう。ピンク、喜ぶんじゃないかしら」
セフィリアとキリエは、おしゃべりを続ける
こうして、ラーズの知らないところで、話はどんどん進んでいくのであった