四章 ~28話 セフィ姉の査定
用語説明w
サードハンド:手を離した武器を、一つだけ落とさずに自分の体の側に保持して瞬時に持ち替えることができる補助型のテレキネシス。大型武器の補助動力としても使用
倉デバイス:仮想空間魔術を封入し、体積を無視して一定質量を収納できる
モ魔:モバイル型呪文発動装置。巻物の魔法を発動できる
魔石装填型小型杖:使いきり魔石の魔法を発動できる
ヴァヴェル:魔属性装備である外骨格型ウェアラブルアーマー。身体の状態チェックと内部触手による接骨機能、聖・風属性軽減効果、魔属性による認識阻害効果を持つ
ホバーブーツ:圧縮空気を放出して高速移動ができるブーツ
騎士団ファブル地区南支局の近くのカフェで、セフィリアとミィがお茶をしていた
「ラーズの様子はどう?」
セフィリアが紅茶の香りを楽しみながら言う
「今のところ、特に問題はなさそうだけど。他の被検体だった人たちはどうなの?」
「極限状態に置かれて拷問まで受けているから、まだまだカウンセリングが必要みたいね」
「…心壊してまで、あの宙の恵みって何をしたかったんだろ?」
「教団から、被検体の完成を急ぐようにプレッシャーをかけられていたみたいね。そう簡単に変異体を安定して作り出すなんてできないのに」
「龍神皇国でも、変異体を作り出すのは難しいだもんね」
セフィリアが主導して行った、変異体の違法研究施設の壊滅
全ての施設に共通するのが、技術力の低さだ
人体実験を繰り返して、結局は被検体を使い潰してしまう
過酷な環境で、変異体の完成例が増えるはずもなく、特に精神面に置いて不調が見られた
だからこそ、セフィリアとミィはラーズの様子を観察している
他の被検体達は、助かって安全な環境となった途端に、トラウマ、鬱、パニック、その他精神的な疾患を発症
破壊衝動や自殺企図、その他自傷他害に及ぶ例が非常に多い
…そして、それはラーズも例外ではないはずだからだ
「ただ、私の目から見てもラーズの戦闘技術と斥候の力は凄いと思う。軍での経験則と変異体の五感、そして戦闘術は突出してる。他の一般兵とは比べものにならないわ」
ミィが、クエストを思い出しながら言う
「そう…、ミィがそこまで言うなら、楽しみにしてるわ」
「ただ、あいつ…」
「どうしたの?」
「戦闘を楽しんでる気がする…。なんて言うんだろう、舐めてるとか油断とかじゃなくて…」
「…」
セフィリアが口を開きかけたその時、待ち合わせていたラーズの姿が目に入った
・・・・・・
俺が待ち合わせ場所に行くと、セフィ姉とミィはすでに来ていた
「ラーズ、今日はよろしくね」
セフィ姉は、俺を見つけると立ち上がった
「こちらこそ。いい所見せなきゃね」
「それじゃ、出発しましょ」
ミィが手を上げると、空で待っていた空飛ぶじゅうたんが降りて来た
空での移動中に、ミィが倉デバイスからロボットを取り出す
「ラーズの外部稼働ユニット、受け取っておいたよ」
「おー、ありがとう。データ、データ2だぞ」
「ご主人、電源入れて!」
データ2
AIをインストールして運用する外部稼働ユニット、マテリアルドラゴンのtypeC7…、要はロボットだ
データと同じAIで並行稼働しており、定期的に記憶を同期することで人格を均一化している
形は肉食恐竜型のロボット、大型犬サイズで四足と二足を使い分け、武装は以下の通りだ
・口に付いた牙での近接戦闘
・頭から角のように突き出た銃身からの射撃
・口腔内の小型杖で、装填した魔石の単発魔法を発射
・モバイル型魔法発動装置(通称:モ魔)を搭載し、使い切りの呪文紙(通称:巻物)に封印された範囲魔法(小)を発動可能
データ2の、小型杖による拘束や軟化の魔法弾、いわゆるデバフ効果の蓄積は、何度となく俺を救ってくれた頼りになる使役対象だ
データに言われて電源を入れると、さっそくデータがデータ2と記憶の同期を始めた
二年間の放置だから、しばらく時間がかかりそうだ
「それがラーズのホバーブーツね?」
ミィが俺の履くブーツを指す
「そうだよ。前回は使わなかったけど、圧縮空気のジェットで高機動できる靴だ」
ミィが、騎士団の支局経由でいろいろと発注してくれたおかげで、軍時代の装備は全て取り戻すことができた
後は使役対象だけだ
データ2が戻って来て、式神のリィと竜牙兵はヴァルキュリアが封印を解いている
小竜のフォウルは、今度フィーナが実家に帰った時に連れて来てくれる予定だ
「そういえば、フィーナが凹んでたよ。来たかったのにって」
「フィーナは働き過ぎなの。無理やりにでも少し休ませないと」
セフィ姉が言うと、ミィも「本当だよ」と同意している
俺も、フィーナは少し休んだ方がいい気がする
ストレスも溜まってそうだし
・・・・・・
三人で立ち入り制限地区に入って行く
「で、今日のクエストって何なの?」
本来は、クエスト内容と場所、気候、モンスター等を精査したうえで準備して臨むべきだ
だが、セフィ姉に本番まで内緒と言われた
つまり、雇主からの査定ということだろう
実際に、俺の絆の腕輪に魔力を込めて、セフィ姉は後ろで見物する
「いた」
「あれね…」
俺とミィが同時にその姿を見つけた
讙
輝く隻眼を持った狸のようなCランクモンスターで、しっぽが三本ある
体長は二メートルほど、妖怪の一種だ
「あれを狩ればいいの?」
「ええ、やり方は任せるわ」
セフィ姉が頷く
「私はどうする?」
ミィが聞いてくる
「…とりあえず、俺一人でやるよ。向こうもやる気満々みたいだし」
讙は、俺達を見つけて牙をむき出しにしている
逃げる素振りがあるなら手伝ってもらおうと思ったが、向かってくるなら俺一人でいい
「え!? だって、あれはどう見たってCランクモンスターじゃない!」
「CランクをBランクの騎士様が攻撃しちゃったらすぐ終わっちゃうだろ。俺の査定にならないって」
そう言って、俺は前に出る
「データ、データ2、準備はいいな?」
「「ご主人、オッケーだよ!」」
「データ、倉デバイスの操作権限を渡す」
「了解だよ!」
「データ2、デバフを撃ちまくってくれ。拘束優先な」
「了解だよ!」
俺は陸戦銃を構える
俺の実力を試せる、なんかワクワクする
さぁ、狩り合いだ!
「…ラーズ、楽しそうね」
そんなラーズを見ながらセフィリアが呟く
「そう思うでしょ?」
ミィも頷いた
ボゥッ!
ホバーブーツの圧縮空気を推進力に変えるエアジェット
これを使って、一気に讙に接近する
「ウオォォーーーーン!」
「なに!?」
讙が遠吠えのように吠える
その音を聞いた瞬間、体が痺れるような感覚に襲われる
何だ…!?
「ご主人! 讙の特技だよ!」
データがモンスターハンターギルドのデータベースを参照する
讙の魔属性の特技
遠吠えと同時に、周囲に魔属性の輪力を巻き散らして霊体に魔属性効果を与える
「おー、これ呪いなのか。サンキュー、データ」
俺の鎧であるヴァヴェルは魔属性を持つ属性装備だ
つまり、聖属性の攻撃はカットするが、魔属性効果は素通りしてしまう
「何回もは使えないけど…」
俺は回復薬を頭からかける
回復薬は聖属性を帯びているため、魔属性効果の中和にも使えるのだ
「ゴァァァッ!」
讙の噛みつき
左に跳んで避けるが、讙の一つ目は俺から一切視線を外さない
向き直って再度牙を向ける
ボッ!
エアジェットで大きくバックステップ
同時に銃口を向ける
ドガガガガッ!
「グギャッ!」
讙の口の中を狙うが、同時に飛びかかられる
スライディングで腹の下に潜り込みながら腹に射撃、同時にモ魔で巻物の読み込みを開始
横に転がり、陸戦銃を手放して魔石装填型小型杖を持つ
バアァッ…!
「グギャッ!?」
閃光が当たりを包む
俺が小型杖に装填していた魔石は、火属性照明の魔石、魔石による照明弾だ
大きい目だから照明には弱そうだろ?
同時に、モ魔で風属性範囲魔法、竜巻魔法(小)を発動
ちなみに、モ魔はただ巻物を読み込んで発動させるだけの機能なので、発動する魔法の属性は巻物によって変わる
俺は、昔からか風属性が好きなので竜巻魔法の巻物をよく使っている
ゴオォォォォッ!
「ギャアァァァッ!」
竜巻が下半身に当たるように調整、讙の尻尾と後足をズタズタに裂く
「データ、霊札を」
俺の指示でデータが倉デバイスを動かす
倉デバイスは、空間属性魔法で作った亜空間にアイテムを収納できるのだが、取り出すという操作に時間がかかる
それをデータに任せることで、オート操作、行動の流れで予測した取り出し準備などを行うことができる
俺はこれを倉デバイス術と呼んでいる
効率的なアイテムの取り出しは、地味だがかなり有用、俺の行動を分析している個人用AIの真骨頂だ
そして、サードハンド
俺は小型杖を手放して、背中に保持していた陸戦銃に持ち替える
テレキネシスで腕を作り、一つだけ武器を浮かせて体の側に保持するサイキック
アイテムの持ち替えに特化した能力だ
「ご主人! 拘束の魔法効果を確認だよ!」
「オッケー、いいタイミングだ」
データ2が、小型杖で撃っていた力学属性拘束の魔法弾
普通は魔法弾一発で効果が出るのだが、妖怪のような魔法耐性が高い種族には複数発必要となる
対象物体の動きに対して反力がかかり、常にブレーキをかけられたようになる効果だ
ドガガガガガッ!
「グギャッ!」
讙の腹に向けてアサルトライフルの弾丸を収束させる
そして、倉デバイスから飛び出していた霊札を掴む
讙の跳びかかり
フェイントを使いながら前足を躱す
一歩進めて、讙の真横、銃弾で開けた穴の前
右ストレートの要領で、霊札を腹の中に突き入れる
讙が痛がり暴れるが、エアジェットで大きく距離を取る
ゴバッ…!
「ギャフッ…!」
わき腹から白い煙が噴き出す
霊札とは霊力が込められた札で、霊体構造を破壊する
妖怪は霊体の比率が高いため霊札の効力が高い
讙が、最後の力を振り絞って大きく息を吸い込む
魔属性を纏った、あの遠吠えか
観察
動き
呼吸音
…今だ
ボッ!
俺は、讙が遠吠えに移る瞬間
つまり、他の行動ができなくなる一瞬に、エアジェットで飛び込む
腰を下げて、大地の反力を拳に伝える全力の発勁
ゴガァッ
「…っ!?」
下あごをアッパーで強制的に閉じられて、仰け反る讙
内臓爆破のダメージにより、そのまま崩れ落ちた