四章 ~27話 フィーナの愚痴
用語説明w
ドラゴンタイプ:身体能力とサイキック、五感が強化されたバランスタイプの変異体。背中から一対の触手が生えた身体拡張が特徴
PIT:個人用情報端末、要はスマホ。多目的多層メモリを搭載している
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
データ:戦闘補助をこなすラーズの個人用AI。戦闘用端末である外部稼働ユニットのデータ2と並行稼働している
俺は、立ち入り制限地区に近いある低山にやって来ている
頂上まで登っておにぎりを食べる
コンビニのおにぎりは捨てたもんじゃない
俺の立場は、表向きはミィに仕事を回してもらっているモンスターハンターとなった
しかし、一つ問題が出た
俺はあの施設にぶち込まれていたため、モンスターハンターという現場から離れていた
だからこそ、勘を取り戻すための訓練が必要だ
だが、その訓練場所がない
ただでさえ、変異体という目を付けられやすい存在になってしまった
騎士団の支局でも、あまり訓練などはしない方がいいだろう(一度ミィに怒られたし)
とりあえず、俺が訓練をしたいのが飛行能力だ
これは背中の触手を使うため、特に人目に付く場所では訓練ができない
そこで、人が来なさそうな山の上まで来たというわけだ
夕方にはフィーナがBランクモンスター狩りから戻って来るので、それまでの時間を有効活用する
シャツを脱いで、触手を出す
そして、ピンと張る
「…!」
ブォッ…!
精力を込めて、飛び上がる
触手に注いだ精力を、テレキネシスとして発動
ブワッ…!
直線に飛び、同時に重力に逆らうようにテレキネシスを発動し続ける
推進力はテレキネシスの爆発、浮遊はテレキネシスの維持ってイメージだ
一度降りて、もう一度精力を溜め直す
飛んで、急降下、急カーブ…
溜め直し
直線で跳んで急ブレーキ
溜め直し
走ってジャンプからの急加速飛行
溜め直し…
……
…
「はぁ…はぁ…」
疲れた…
ダメだ、滞空時間が延びない
推進力としてはかなり使えるが、お空の散歩というわけには行かない
滞空に使用する精力の方が、空中で溜められる精力よりも多いからだ
これじゃ、大気圏ダイブの時のような長時間の滞空時間が無いと、空中で精力を溜め直すなんてことはできないな…
・・・・・・
「ただいまー」
「お、お帰り。雪山で討伐って大変だったな」
フィーナが、帰って来るなりソファーに倒れ込む
「疲れたよー…」
「ご飯、作っといたけど食べる? お風呂ももう少しで沸くと思う」
「…えぇっ! じゃ、じゃあ、ご飯食べたい!」
「オッケー、ワインも買っといたけど飲む?」
「明日休みだから飲む!」
俺が食事を並べてる間に、フィーナが着替えに行った
俺達は大学の頃から同居していて、家事はお互いにやっていた
飯も、試行錯誤しながら作っていたからそれなりに作れる
ネットにレシピとか上げてくれる人、あなた方のおかげで俺達は料理が上手くなりました
「ラーズ、体調はどうなの?」
「大丈夫だよ。フィーナが雪山登ってる間にクエストと賞金首狩り終わらせたんだから」
「そっか、よかった。…精神的なものは? 大丈夫?」
「…うん、大丈夫。仕事して、外歩いて、人と話して。あの施設以外の世界を体験すればするほど、現実に戻って来れた気がするよ」
フィーナにはかなり情けない所を見せた
心配かけちまったな…
「ふーん…、そっか。でも、焦ると治るものも治らないかもしれないよ?」
フィーナが、若干もじもじして俺を見る
「どういうこと?」
「…だからさ、やっぱり一人じゃないんだってちゃんと感じなきゃダメだと思うんだよ」
「一人じゃ?」
「…つまり、ちゃんと…いるって…、確かめないと…」
「いるって誰が?」
「…私が……」
フィーナが上目遣い
ぐはぁぁぁぁぁぁっっっ!?
これは不意打ちだ!
突然甘えてくるのずるくねーか!?
いいんですか!?
ぎゅっとしていいんですか!?
「…フィ、フィーナ、安心させてくれる?」
「はい、どうぞ」
フィーナをぎゅっと抱きしめる
「…」
「…」
温かい
ありがたい
改めて思う
俺、不安に駆られて何度も抱き締めちゃったけど
…どんだけ恥ずかしいことを人前でしてたんだ
冷静になったら、恥ずかしくて死にそうになる
いや、それを許してくれたフィーナ
好きです
「…うん、安心できたよ。ありがとう」
「いつでもしていいからね? 特に私が帰って来たときとか」
「…分かったよ。フィーナもお疲れさん、国民のためによく頑張ったね」
「…っ!!」
フィーナの動きが止まる
「ど、どうした?」
「ラーズ…! 聞いてよ、西の統括支局の局長がさ、人数は出せないとか、そのくせ討伐が遅いとか、もうめちゃくちゃ言ってきて来てさーーー!」
「お、おぉ…、とりあえずご飯食べながらにしよう。冷めちゃうからさ」
「うん、食べる!」
夕食は、フィーナの愚痴が止まらなかった
「まぁ、あんまり頑張りすぎるなよ?」
「うん、分かってるんだけどね…」
Bランクの騎士だって勤め人だ
ストレスだって溜まるよな…
食事を終えて、お風呂を終えて、片付けを終える
夜のリラックスタイムだ
「えー、明日クエストなの!?」
フィーナがワインを嗜みながら言う
ちなみに、さっき一本空けていたような気がする
「なんか、セフィ姉も来るって言ってたな」
「な、何でセフィ姉が? ああ見えて、騎士団のトップの一人なのに」
「さぁ…?ただ、俺はセフィ姉個人に雇われているわけだから、仕事ぶりの確認なんじゃないの?」
「私も行っていいか聞いてみよ」
フィーナがPITでメッセージを打ち始める
「なんのクエストかは知らないけど、来たって面白くないだろ」
「ラーズの絆の腕輪があるから、遠くで見ていても状況が分かるし面白いよ」
「それ、本来の使い方じゃないからな」
俺達は、話しながらサスペンスドラマを見ている
密室の中で人が焼け焦げている
犯人はいったいどうやって被害者を殺したんだ!?
…物語が進み、海沿いの崖の上
「わ、私が…、浮気をしたあの人が許せなくて…」
泣き崩れる女
「いったい、どうやって被害者を…」
「実は、隠していましたが私は魔導士の資格を持っていて…、火属性範囲魔法を部屋の外から発動させました…」
「…死んでも何もならない。罪を償って…云々」
…え? 魔法がトリックでいいの?
全然トリックになってなくない?
現場で魔法発動の痕跡を見逃した警察の失態じゃん
「そういや、フィーナに聞きたいことがあったんだ」
「なーにー?」
フィーナは、そろそろ飲みすぎな気がする
「俺は変異体のドラゴンタイプだからさ、飛行能力の訓練をしてるんだけど、全然滞空時間が伸ばせないんだよ。アドバイスが欲しいんだけど」
フィーナは後天的に発現した俺と違って、生まれながらのサイキッカーだ
「うーん…、私はテレパスの方が得意だからなー。それにサイキックの飛行能力って、飛行ユニットとか使う人でしょ? サイキックの中でも特殊な使い方だから、同じ飛行能力を使う人に聞いた方がいいと思うな」
「そっかー、ミィに誰か連れてきてもらうかな」
「そういえば、ミィ姉と本部で会ったよ。外部稼働ユニットのデータ2のメンテが終わったって」
「お、そうなんだ。よかったな、データ」
「うん! 楽しみ!」
データが元気よく答える
データ2の機体は、二年間放置していたためメーカーにメンテナンスに出している
戦闘用の機体のため、不具合が出ては危険だからだ
「あー…、家に帰ると、ラーズがいるっていいね」
さすがに真っ赤になったフィーナが、ワインを片手に言う
「そうだな。大学の頃から一緒に住んでたし、その前の騎士学園は寮だったし、一人暮らしって想像できないな」
「…私は二年間、ずっと一人暮らしだったんだよ。不安だったし寂しかった」
「そうだったな、ごめん」
「ラーズも一応個室だったんでしょ?」
「個室だけど、食堂は供用だったし、そもそもそういう環境でもなかったしな」
「こうやって、二人でご飯食べてしゃべるのが楽しい」
「…うん、本当にそう思うよ」
フィーナが、俺の肩に頭を乗せて来る
「ずっとこの生活が続いたらいいな…」
フィーナが言う
「うん、ずっとこの生活がいいな」
「…っ!?」
ずっとって、まるでプロポー…
フィーナもはっと気が付き真っ赤になっている
…ベタだが幸せだ




