四章 ~19話 雇用契約
用語説明w
ペア:太陽系第三惑星であり、惑星ウルと惑星ギアが作る二連星
龍神皇国:惑星ウルにある大国。二つの自治区が「大崩壊」に見舞われ、現在復興中
俺は、セフィ姉の書類にサインを行った
これで、正式な契約をなったらしい
この契約書類には魔術の術式が組み込まれており、物理的に契約者を拘束するらしい
え、怖いんだけど
「これでラーズと私、そして龍神皇国との契約が成立したわ。改めてよろしくね?」
セフィ姉がにっこり笑う
「…ちょっと待って、龍神皇国との契約って何? 何で国と契約するの?」
「私がラーズに頼むことは、龍神皇国にとって重大な意味を持つ。失敗すれば、私の首が飛ぶどころじゃなくなるの」
「…お、俺って何をやらされるの!?」
国にとっての重大な案件を俺に託すのかよ!?
結局俺は何をすればいいの?
セフィ姉との雇用契約だと思ったら、全然話が違うくないか!?
「私が主導して行っている、大仲介プロジェクトという計画のため。…これは絶対に他言無用よ」
セフィ姉が話し始めた
大仲介プロジェクト
セフィ姉とドルグネル家が主導する国家的プロジェクト
宇宙にある拠点ストラデ=イバリと、異世界イグドラシルの国家ヨズヘイムとの交易を仲介する一大プロジェクトだ
それぞれ、宇宙戦艦と宇宙技術、次元転移魔法陣と空間属性技術を交換する
どちらも簡単に手に入る技術ではなく、双方にとって喉から手が出るほど欲しい技術だ
そして、それを仲介するこ対価として、その技術を龍神皇国も手に入れることができる
国家機密に該当する技術と兵器のやり取りになるため完全に秘匿プロジェクトとなり、担当する人間の選任は重要となる
裏切りがあれば、異世界と宇宙というそれぞれとの交流が途絶え、龍神皇国の国力が落ちることになりかねず、賠償金も天文学的な金額となる
「…ちょっと待って」
「何かしら?」
セフィ姉がニッコリと微笑む
「予想より重くない?」
国家的プロジェクトって何?
なんで一個人の俺に頼むわけ?
責任重すぎるよね?
もしかして、さっきのフィーナとミィの無表情の理由はこれか?
フィーナとミィがあからさまに顔を逸らしているし
「重要だけど、内容はただのお使いよ。ラーズなら大丈夫」
「いやいや、責任重すぎるって! そんなの騎士団の騎士から選ぶべきだろ!」
「騎士団にも派閥があって、重要プロジェクトに使ったらあの派閥ばかり…とか、いろいろあるのよ。その点、ラーズなら龍神皇国の派閥は関係ないし、信用もできるし、それに…」
「それにって、まだ何かあるの?」
「宙の恵みの被検体は今後の動向が注目されているから、しばらく龍神皇国を離れるのはいいと思うの」
「え…?」
実は、宙の恵みの調査過程で、顧客として各国の有力者の名前が浮上した
国を跨いだ人身売買組織の壊滅であり、その被検体達への関心は高い
俺を含めて、しばらくは厳重な監視対象となってしまったらしい
「世間や監視の目を逸らすためには、しばらく合法的に出国するのがいいと思って」
「しばらくって、どれくらい?」
「二年よ」
「えっ!?」
ストラデ=イバリとは、ペアのある太陽系の第五惑星の衛星に建造された拠点だ
ペアから宇宙進出した唯一の生命体であり、宇宙技術を持った唯一の民族でもある
第三惑星であるペアからの距離は約七億キロメートル、宇宙船での移動は最短でも一年だ
「一年って…、往復で二年間宇宙船ってことか」
「そうなの。ただ、宇宙船は技術面とコストの関係で生活空間は作れない。冷凍保存技術を使うことになるわ」
「冷凍保存…」
冷凍保存とは人体を冬眠状態にさせて保存する技術
あの施設でタルヤが施されたものだ
本人にとっては、寝て起きたら宇宙についているという感覚だ
「龍神皇国は宇宙技術の購入実績がある。すでに何度かストラデ=イバリまで行っているから、冷凍保存技術の信頼性は保証できるわ」
「そ、そっか…」
ただ、二年間もフィーナと離れるのか…
俺にとっては一瞬なんだろうけど
「最初は異世界イグドラシルのヨズヘイムという国に転移魔法陣で行く。そして戻って来たら起動エレベーターから宇宙船でストラデ=イバリへ行ってもらう予定よ」
「…やっぱり、俺には荷が重い気がするんだけど」
「ラーズ、やってもらうことはただのお使いよ。ただ、これは本当に信頼できる人間にしか頼めないの。分かって?」
「…」
セフィ姉が真剣な目で俺を見る
…まぁ、もう契約はしちゃったんだし、ぐちぐち言っても仕方ないか
セフィ姉には本当に世話になりっぱなしだし
「…うん、分かった。セフィ姉のためなら」
まさか、こんな重い任務だとは思わなかった
そして、セフィ姉が俺なんかをこんなに信頼してくれるなんて思ってもいなかった
「ありがとう、ラーズ!」
セフィ姉が、俺の両手を握りしめる
手、すべすべで気持ちいい…
こうして、俺は大仲介プロジェクト参加することが決定した
「それで、今日からラーズは、個人的に私が雇用する形になるわ」
セフィ姉が言う
「う、うん。それは何でもいいけど。セフィ姉が俺の雇用主ってこと?」
「そうね。雇用保険もあるし有休もある。お給料もはずむわ」
「い、いや、普通でいいって。俺を探してくれたセフィ姉にお礼をしたいっていうのもあるんだから。いろいろお願いしちゃったし」
「ええ、ちゃんとやってるわ。そうそう、ヘルマンさんの息子さんはまだだけど、タルヤさんは見つかったのよ」
「えぇっ、本当!? 無事なの?」
「大丈夫。冷凍保存の状態だったけど復活はできるって」
「良かった…」
あの施設のステージ3、ダンジョンアタックで重傷を負ったタルヤ
それなのに、治療も受けさせずに冷凍保存、処遇は今後決めると言いやがった
本当に無事でよかった
肉にすると言いやがった時は襲いかかりそうになった
「ただ、あそこの冷凍保存の設備があまり質が良くなかったみたいなの。タルヤさんは重傷を負っているみたいだから慎重に解凍する必要があって、それが一年くらいかかるって…」
「そ、そうなんだ…」
また、質が悪い設備かよ!
何なんだよ、あのクソ施設は!
何回クソって言ったか分かんねーよ!!
「でも、安心して。エマが見てくれて、ちゃんと解凍して治療できるから」
「うん、ありがとう。エマなら安心だ」
タルヤ、よかった…
「それで、今後のことなんだけど…」
「ちょっ、ちょっと待って?」
セフィ姉の話を遮って、フィーナが入ってくる
「どうしたの、フィーナ?」
「タルヤさんって誰、女性だよね?」
フィーナが俺に言う
「ああ、言ってなかったっけ。タルヤは俺と同じ、あの施設の被検体だよ」
「…どういう関係?」
「タルヤは、俺が守ってあげられなかった人だ」
「ま、守っ…、ま、まさか、私以外の女で…!?」
「そういうんじゃない、仲間だよ。あそこを生き抜くために、一緒に頑張って来た。ヘルマンも一緒だ。でも、結局脱出できたのは俺だけだったんだ…」
「仲間…」
「あそこは、俺一人じゃとても生き残れなかった。…ヘルマンとタルヤに力をもらったんだ」
「そう…」
フィーナが微妙な顔をする
「それで、お使いに行ってもらうまでのことなんだけど…」
セフィ姉が続ける
「うん、何をすればいい?」
「仕事内容は、ミィのお手伝いってところかしら」
セフィ姉はいう
セフィ姉の私兵
セフィ姉が個人的に使う戦力で、騎士団には所属していない
基本的にはBランクの戦闘員を私兵としており、急なモンスター退治などに使う場合が多い
俺はBランクではないので、セフィ姉がいろいろな雑務を頼んでいるミィの手伝いをしてもらうとのこと
「ミィが俺の雇い主になるのか…」
「出向先の店長って感じじゃないかな? よろしくね」
ミィがニカッと笑う
ちなみに、ミィとは騎士学園時代からよく組んでいて、結構気が合う
俺が緊張しないでしゃべれる貴重な女子の一人だった
「それで、しばらくはミィと、心と体の安定に専念してもらおうと思ってるわ」
セフィ姉が続ける
「安定?」
セフィ姉が急にまじめな顔になる
「ラーズ、今のあなたは不安定よ。過酷な環境を生き抜くために、社会での適応性を無くしている」
「…」
「かといって、あなたを部屋に閉じ込めておくことも精神衛生上よくないわ。だから、私はあなたに戦う場所を与えようと思うの。むやみにその刃を振るわないように、コントロールできるように」
「戦う場所…」
セフィリアは考えた
ラーズに潜む、危険な感情に手綱をつける
このままでは、自分から死に向かいすぎる
暴走しないように、戦闘狂とならないように
…そしていつか、その狂気に近い感情を一本の剣とできるように
「私がミィに頼んでいるのは、突発的なモンスターハンターやバウンティハンターの仕事が多いわ」
セフィ姉が言う
「モンスター退治と賞金首狩り?」
「ええ、まずはリハビリね。そして、今後を見据えて実力を付けて欲しいの。信頼できるラーズにしか頼めない、そんな仕事はたくさんあるから」
「…今後? うん、とりあえず分かった」
「まずは、明日。ヴァルキュリアのヒルデが来るわ。ラーズにプレゼントを持って来るって」
そう、セフィ姉が話を締めくくった
参照事項
ストラデ=イバリ 閑話4 国境での秘匿作戦
冷凍保存 三章~20話 冷凍保存