四章 ~13話 ヴァルキュリア1
用語説明w
ヴァルキュリア:異世界イグドラシルのスカウト部隊。ラーズはヴァルキュリアの一人が宙の恵みに持ち込んだらしい
セフィリア:龍神皇国騎士団の団長心得。B+の戦闘力を持つ。ラーズの遠い親戚で、五歳年上の憧れの竜人女性。使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
フィーナ:ラーズの二歳下の恋人。龍神皇国騎士団にBランク騎士として就職している。魔法に特化した大魔導師
ミィ:龍神皇国騎士団経済対策団のエース。戦闘能力はそこまで高くないが、経済的な観点で物事を考える。海の力を宿したオーシャンスライムのスーラが使役対象
強制進化の再調整の影響で、ふらつきながら俺は立ち上がる
セフィ姉が何かの力を使うと、体が軽くなった
そして肩を貸してくれる
…セフィ姉の金髪、めっちゃいい匂いがする!
俺達は一緒に、病院の入口前にあるベンチで待つ
「ラーズ、大丈夫? 辛そうだったら、ベッドで待っていてもいいのよ」
「いや、俺も話を聞きたいんだ。ヴァルキュリアが俺を施設に持ち込んだ時の状況をさ」
「…ええ、それはちゃんと聞かないとね」
暫くすると、フィーナ、ミィがヴァルキュリアを連れてやって来た
もう一人、サイボーグの女性がいるが俺は始めて見る人だ
「オリハ、やっと連絡が取れたのね」
セフィ姉が女性騎士に言う
「はい、本日騎士団本部に来て頂きました。そちらが完成変異体のラーズですか?」
「ええ、そうよ。ラーズ、騎士団の情報部のエース、サイバービーナスのオリハよ」
「初めまして」
オリハはサイボーグの女性騎士だった
そして、奥から甲冑を纏った女性が現れた
間違いなく、俺が大崩壊の時に出会ったヴァルキュリア…、だと思う
この神聖な気配が懐かしく感じるな
その後ろを、フィーナとミィが一緒に付き添って来た
「…金髪の龍神王、セフィリアで相違ないか?」
「間違いありません。死の乙女ヒルデですね?」
ヴァルキュリアが頷き、そして俺に顔を向ける
「…久しいな、変異体の小僧」
「お、おお、そうだな。久しぶり…」
神話の元となった、本物のヴァルキュリア…
一度話したとはいえ、改めて会うと緊張するな
ヒルデって名前だったのか
「それで、この会談の目的を聞こうか?」
ヒルデがセフィ姉に言う
「先にお伝えした通りです。そして、追加でこのラーズについてもお答えください。…クレハナにある、宙の恵みという変異体研究施設の地上施設に持ち込んだのはあなた自身である、これは間違いありませんか?」
セフィ姉はヒルデの目を真正面から見る
「…ああ、それは間違いない。私の独断で行った。だが、あれは生者に関わらないというヴァルキュリアのルールに反する行為だ。あまり掘り返されても困るな」
「…あなたがラーズを持ち込んだ施設は、非人道的な実験を繰り返す、違法な被検体の研究施設でした。なぜ、あの施設に?」
「ペアの人間の施設など、イグドラシル出身の私に分かるわけがない。…その変異体の小僧が持っていた名刺に、クレハナの施設が書いてあったから選んだだけのことだ。変異体因子の暴走で体の崩壊が始まっていて、すぐに持ち込まなければ命を落とすと判断した」
バルキュリア、死の乙女ヒルデの説明
大崩壊後、ハカル領内でラーズが死にかけていたのを発見
変異体因子が暴走しており、すぐに処置を行わないと命を落とすところまで変異が進行していた
ラーズとは縁があり、死んだ場合はエインヘリヤルという死者を転生させた戦士としてイグドラシルに連れて行くつもりであった
だが、どうせなら完成変異体となってからエインヘリヤルとした方が戦力になる
そう考えたヒルデは、本来、生者に関われないというルールを破って変異体研究施設に持ち込んだ
施設については、大っぴらに生者に関わることを許されず、他に宛も無かったため、ラーズがドースにもらった名刺の他に選択肢が無かったということらしい
「…命の恩人ってことになるのか?」
俺がヒルデに言う
「そうなるだろうが、礼には及ばない。お前は変異体として生き延びた。私は、変異体のエインヘリヤルを得る目的でやったのだから目的は半分達成している」
ヴァルキュリアがペアの住人に関わるのは、本来は死んでからだ
あれ、俺が死んだら、またヒルデが迎えに来るの?
その時、俺の背後で闘氣のプレッシャーが吹き上がった
「え…、フィーナ?」
振り返ると、フィーナが闘氣を発していた
「…何がエインヘリヤルよ。私は、あの時ラーズを助けに向っていた。あなたが勝手なことをしなければ、ラーズはあんな施設に二年間も閉じ込められなくてよかったのに…!」
「私は自分の信念と判断で行動する。小娘に是非を問われる理由などない」
「あなたがやったことで、一人の人間を壊しかけたよ? それを…!」
「私はこの小僧を助けるために動いたのではない。あくまでエインヘリヤル獲得のための投資だ。結果的に、命を救う行為にはなったようだがな。…お前は龍神皇国の騎士か。文句があるなら実力で言ったらどうだ?」
そう言って、ヒルデが病院の前に広がる草原を示す
「…分かった」
フィーナが、羽衣に氣力を通す
おいおい、何でそんな喧嘩腰なんだよ!?
俺のせいか?
でも、助けられてはいるからな…
正直、一番悪いのはあの施設な気がするんだ
「フィーナ、落ち着きなさい」
セフィ姉が言う
「…お願い、セフィ姉。どうしても許せないの」
フィーナが俯きながら言う
その肩が少し震えていた
「さっさとしろ。私をここに連れて来た時から、やるつもりだったのだろう? その殺気を抑えられないほどにな」
ヒルデが、先に草原に立ちフィーナに言う
「私には簡単に勝てるつもりなの…?」
フィーナが、俺の方をあえて見ないでヒルデと向き合う
「…フィーナは、ヴァルキュリアがあなたをあの施設に連れ込んだことがどうしても許せないみたいなの。あと数分待っていてくれたら、フィーナがラーズを保護出来ていたから」
セフィ姉が言う
「フィーナ…」 「…」
ミィとオリハが心配そうに見守る
ヒルデは、ロングソードを鞘から抜いて構えた
クレイモアという長剣だ
フィーナも、羽衣の先端に付いた魔玉を構える
…先に動いたのはフィーナだった
火属性範囲魔法(中)の魔法陣がヒルデを囲む
しかし、軽く飛び上がりながらヒルデが剣を振るう
ザシュッ!
魔力を帯びた斬撃が範囲魔法の魔法構成を破壊
魔法を不発に抑える
フィーナは一瞬驚くも、火属性の投射魔法を発動
火の玉を十個ほど投げつける
相変わらずスゲーな
黒髪の大魔導士の二つ名は伊達じゃない
耐魔力の障壁魔法を展開し、ヒルデが剣を持って突っ込む
微妙に二回、突進の角度を変えて火の玉を躱しながらフィーナに肉薄
だが、読んでいたフィーナが爆破魔法を発動
ゴッガァァァァァン!
「ほぅ…」
爆発の直前で急停止したヒルデが、障壁魔法でガード
障壁魔法は、身体に作用させる補助魔法の耐魔力魔法とは違って一方向からの魔法しかガードできない
しかし、その分防御力は高いため投射魔法とは相性がいい
しかし、爆破魔法は囮だった
フィーナが展開していたのは、複数の爆破魔法による爆縮が生み出すプラズマ魔法だ
個体・液体・気体に次ぐ、物質の第四の状態、プラズマを扱う魔法
爆縮による超高圧空間で生み出したプラズマを噴射するプラズマ砲だ
「プラズマか、そんな魔法まで使えるとはな…」
ヒルデが感心したように言う
「…余裕ぶらないでよ!」
フィーナがプラズマのビームを発射
同時にヒルデが、ビームの射線に身を晒したまま自ら間合いを詰めた
フィンッ…
「なっ…!?」
プラズマの軌道がヒルデの目の前で逸れ、後ろの草原に着弾
ゴッガァァァァン!
大爆発を起こした、その時にはすでに、フィーナがクレイモアを突き付けられていた
「くっ…! 雷属性の磁場…」
フィーナが悔しそうに唸る
ヒルデは、雷属性魔法で強い磁場を展開
電荷をもつプラズマの軌道を捻じ曲げたようだ
雷属性で電気を使わない魔法とかあったんだ…
すると、ヒルデはクレイモアを収めて振り返った
「練習は終わりでいいのか? 金髪の龍神王」
「…ええ、そうね」
そう言って、セフィ姉が立ち上がる
「フィーナ、下がりなさい。次は私が相手をさせてもらうわ」
フィーナとセフィ姉が交代
ヒルデと向かい合って立つ
「フィーナ、お疲れ」
俺は、戻って来たフィーナに声をかけた
「…強かった。全然相手にならなかった。ぶっ飛ばしてやりたかったのに………!」
フィーナが俺に引っ付いて悔し泣きを始めた
俺はフィーナの頭を撫でながら、ミィを見る
「…セフィ姉まで戦うの?」
「うん、ヴァルキュリアの実力を見るんだって」
ミィが頷く
「何のために?」
「…セフィ姉、ラーズのこと以外にもいろいろと考えてるからね」
ミィが首を振った
…ヴァルキュリアを呼び出す理由
俺のことの他にも何かあるということか
まさか、セフィ姉の戦いが見られるとは…
「だけど、セフィ姉は大丈夫なの?」
「心配はいらないでしょ」
「いやいや、本気出してやり過ぎないかがさ」
「それは相手次第だって言ってたよ」
ミィが言う
セフィ姉が、生きたアイテムであるヴィマナを呼び出す
同様に、ヒルデが大きな狼を呼び出した
「…あれ、フェンリルじゃない?」
フィーナが、ヒルデの狼を見て言った